第229話-1 彼女は聖大天使修道院に到着する

 馬に乗り続けること四日目、ようやくロマンデの西の端である『聖大天使修道院』に一行は到着する。途中、偶然見かけたゴブリンを幾度か討伐したものの、野営をすることもなかったために、前半の様な本格的な討伐は行われていない。

 冒険者ギルドの仕事との線引きの問題もあり、王都近郊のように定期的に騎士団が巡回する体制は整えられていない為、あまり進んで行わずに地元の冒険者に任せるという事になっていたのだ。


「王都で稼げなくなった中堅のパーティーがかなり移っていると聞いているわ」

「なるほどね。冒険者らしき人たちを割と見かけるのはそのせいもあるのね」


 護衛ではなく討伐系の受注を好むパーティーがロマンデに移ったのだろう。『薄赤』パーティーがルーンの新冒険者ギルドに招かれる以前から、討伐系のパーティーは王都を離れてロマンデに移動していたようなのだ。


 馬上から海に浮かぶように見える『聖大天使修道院』を眺める。


 王国が成立する以前から、その海からそそり立つ丘は聖地として崇められる場所であったという。今を遡ること九百年ほど前に、丘の対岸にあるアヴィの司教の元に三度大天使が現れ礼拝堂を建てるように啓示したことが起源であるとされる。


 その後、ロマンデの無怖公爵と称される三代目公爵の時代に修道院とされ、さらに、長い時間をかけ修道院とそれを取り囲む全島を要塞化した城塞都市となっている。百年戦争時のレンヌ公国との対峙が行われた際は、戦線の最北に位置し、また、対岸のアヴィは連合王国軍に何度も破壊されている。


「時代時代の建築様式を付け加えて……島全体が巨大な要塞なのよね」

「海面も潮の流れが激しく変わるから、船でも近寄れないみたいね。干潮の時間に陸から近寄るしかないんだって」


 干満の差は最大15mと言われており、また、最大18㎞もの沖合まで潮が引き、その後勢いよく潮が満ちる為、過去、巡礼者が幾度となく命を落としたことがあるという。


「山頂の修道院は胸壁を加えて拡大しているし、百年戦争の時期には島を外城壁がぐるりと取り囲んで長期の包囲に耐えられるように街を取り込んで今の姿に変えたみたいね」


 その姿はガイア城の威容に匹敵し、恐らくは内海にある騎士団が守る島の要塞と似たものなのであろうと彼女は想像する。


「大砲の砲撃にも耐えて、長期間立て籠もれるのなら陥しようがないじゃない」

「その場合、古来から落城は内通者によるものになるわよね」


 内通者を得ることが出来なかった連合王国はこの海に浮かぶ要塞を落す事ができなかったのだった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 馬を対岸のアヴィに預け、フルール隊一行は一足先に到着しているブルーム隊を追いかけて島の宿舎へと向かう。ここから先は研修旅行のようなものだ。


 王都内の要塞などは情報漏洩を防ぐために一般の騎士の立ち入りを制限している為、堅牢さでは匹敵する修道院の管理する城塞を見学させてもらう事になるのだ。とは言え、到着した日の午後に見学し、一泊した後に明日には来た道を戻ることになるのだが。


 



 海水の残る砂の上を徒歩で渡る。要塞の大きさはさほどでもなく、小さいと感じていたノーブルよりもさらに小さい。しかしながら、海に近い外城壁と接する街に関しては石造もしくは煉瓦造であり、途中で何箇所かの城門をくぐらなければ主郭である修道院までたどり着くことができない。


「城壁を備えた都市とは全然違うわね」


 街を含めて要塞の一部となっているのは全島を防御拠点として考えている故に特殊な仕様だろう。普通は、商人や職人が住むような場所はまだまだ木造の建物が少なくない。それは、内海でも有名な要塞を有するニースにおいても街はそこまで堅牢ではない。


 荷物を背負い、ガチャガチャと鎧をきしませ、つづら折りとなっている市街を抜けると、修道院の入口の鎧戸に辿り着く。かなりの階段をここまで登ってきた。修道院の胸壁の麓に穿たれた入口である。


 中に入ったとしても、壁と壁に挟まれた狭い通路をグルグルと歩き回らねば目的地には辿り着けない……着けない……全然着けない。


「南側は街だったけど、北側はどうなっているのかしら」


 伯姪の呟きに、教官が「胸壁と崖と海だな」と答え、後で見学に行くからその時に確認できると付け加える。


「修道士ってここで何年も生活するのよね……」

「でも、自分の得意な仕事をし続けるだけだから、ある意味パン焼き職人とかメイドの仕事みたいなことをして過ごすんじゃない? 生活自体が修行だから住めば都だって言うわよ」


 伯姪の言葉の裏は、ジジマッチョの友人であるあの修道士たちの体験談であろうと推測できる。筋肉を鍛える事が修行の、遅れてきた『聖征修道士』達には悪くない生活なのだろう。


「でも、私たちのリリアル生活も似ているわよね」

「……否定できないところが怖いのよね。それに、修道士修道女は還俗して自分の人生に戻れるけれど、私にはその権利すらないのよね……」

「修道女以上に修道女な生活してたね!!」


 本当に嫌な気持ちになってきたので、前向きに考えを変える事にする。


「リリアルの学院の周りを強化するのに、何か良い素材がないかと思っているのだけれど、何かアイデアはないかしら」


 伯姪と彼女は今回の遠征で、意外と放置された修道院が多い事が気になっていた。ゴブリンや猪が住み着くのであれば、石材を移築してリリアルで再利用できないかと考えたりするのである。


「修道院というか、修道騎士団の支部で使われていないものを転用するという提案はあるのよね」

「……不要なものは撤去したいと」

「ええ。聖都のグール城塞みたいになりかねない場所は、減らしておきたいという事ね」


 普通の修道院であればともかく、修道騎士団の支部はこの『聖大天使修道院』を小型にしたような城塞の中に礼拝堂や宿舎に穀物倉庫などを抱えたかなりの規模の防御施設であった。


「その辺りはもう何年か先の話でしょうね」

「あっという間のことだと思うのだけれどね。こういう機会に、修道院の堅牢な建物を拝見するのはいい経験だわ」


 リリアルは元が狩猟用の城館であり、一応の防御施設はあるものの城塞とは程遠い。騎士団本部の移転の目途がある程度付けば、次はリリアル周辺の再開発という話になるのだと推測する。それが「数年後」という話の根拠だ。


――― その後、魔力の底上げを目指すリリアル生たちが身体強化や魔装馬車を用いた石材の移築の現場に多数参加し、築城技師たちが驚く速度でリリアル城塞が建設されることになるのは別のお話。


 と修道院の中を歩いていくと、良く知る主従と出会う。


「お疲れ様ですわ二人とも」

「本当に疲れたわ」

「帰りはそっちが大変なんだから、覚悟した方がいいわよ!!」


 既に部屋に荷物を置き、装備もあらかた外したカトリナたちがそこにはいた。


「今回もお二人と相部屋ですの。部屋の場所は……」


 教官が案内する前に今日の宿坊の場所が判明。食事まで自由にある程度見て回っていいと既に自由行動になっている……ぶん投げたなブルーム担当教官と彼女は思う。


「修道院故に、酒場などはないから観光するような場所ではないのよ」

「胸壁の上をぐるっと見て回りたいわね」

「そうですわね。北側は凄い景色でしたわ。お二人からすれば大した事はないかもしれないですけれど。オーホッホ」


 散々城壁は登っているので、確かにあまり感激することはないかもしれない。とは言え、公の場の令嬢風カトリナはお互いに疲れる。


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