第228話-2 彼女はカトゥに仲間と到着する

 カトゥには色々思うところもあった彼女だが、当然演習中であるので予定通り、次の街に向かう事になる。ここからすべて街に宿泊することになる。最初はカトゥの前の領都『バイエウス』、古帝国時代からの歴史ある街だが、百年戦争の傷跡が深いという。


 五日目に『ブリオベール』、ここは金細工・金貨の鋳造所が存在する金属加工で有名な街でもある。またカトゥ、バイエウスに次ぐ規模の都市なのだ。


 さらに、グロンヴィルと言う港町に宿泊し、七日目に『聖大天使修道院』に到着する。


 ロマンデ半島の北端には『カルスブルグ』という港が存在するのだが、そこは『自治都市』扱いであり、また距離もかなりある為今回の演習では立ち寄らないことになっている。


「ここから先は馬で移動して、帰りにここから内陸側を兎馬車で移動することにする」


 と担当教官に言われているので、兎馬車をカトゥに預け二人も含め騎乗で出発することになる。





『バイエウス』はロマンデ公が連合王国を征服する際の決定的な勝利を得た戦いの様子を描いた巨大なタペストリーを飾る大聖堂で有名な街でもある。


 百年戦争の際に、連合王国軍に数度にわたり略奪され、多くの家屋が破壊され街として大いに棄損した中で、大聖堂は大きな被害を受けずに済んだのは、タペストリーのおかげであろう。


「こじんまりとした街だけれど……」

「カトゥ以上になんだか寂しい感じだわ」


 比較的低い堡塁のような外壁しか持たない街であり、それ故に戦争に被害も受けやすかったのかもしれない。ある程度の規模の資産を持つ商家が纏まって移り住んでから少しずつ経済的には回復していると言うが、いまだ元に戻るには程遠いと言えるだろう。


「元々は自分たちの出身地だったろうにね」

「ほら、食べられない料理に灰を入れるという感じなのではないかしら」


 ロマンデは百年戦争の間は連合王国の支配に長く入っていたものの、その前後は王国の一部であり、どちらにとっても戦場とし易かったのかもしれない。考え方としてはどうかと思うが、心理的には抵抗感が弱かっただろう。


「王都も占領された時期がそれなりにあったじゃない?」

「ああ、『救国の聖女』様が奪還しようとして失敗して……ってこともあったわね」


 その後、しばらくして連合王国軍に捕まり、魔女とされルーンで火刑に処せられたのだ。名誉の回復は随分前になされているが、聖人として公式に認められたのは最近の事である。





 翌日、南西方向に移動し半日ほどで『ブリオベール』に到着する。ゴブリンの痕跡や途中聞き込んだ範囲では盗賊の類もなく、やはり東部のルーンとカトゥの間に集中している可能性が高い。海から離れると比較的安全であるというのは……理由が明らかだ。


「この辺の小さな都市は治安が良いわね」

「出入口が限定されていて、基本、都市内で職を持たない人は住めない環境だから、何か事件を起こしてもすぐに素性が割れるわよね」


 王都に住む五十万人の中には様々な者が含まれている。その中には貴族の屋敷を根城にする犯罪者も含まれているし、スラムや墓地、廃墟も存在する。故に、貧困層・犯罪者予備軍や犯罪者そのものも隠れやすい。


 都市に住む場合、様々な税を納めるだけの金銭的収入が無ければならない。ギルドに所属しなければ職人も商人も成り立たないし、その為には資金が必要であり、売り買いできる商品が必要でもある。用意できないものは、都市に住むこと自体が難しい。


「街が小さいから、こっそり住み着くわけにもいかない訳ね」

「だから治安がいい。その代わり、発展性は無いわね」


 ルーンの街はロマンデ最大の商都であったが、既にシュリンクしつつある存在であった。ランドルほど手工業者を抱えているわけでもなく、連合王国との関係も希薄であり、王都の商業港としても機能しなくなっていた。


「王国が王都を中心に大きな市場を形成しようとする時代に、この場所で小さく商売をすること自体にサキボソリ感しかないのよね」

「金細工職人だって、いきなり王都で商売するわけにいかないでしょうし、スポンサーだって必要じゃない。社交界で贔屓にしてくれる貴族とかね」


 ロマンデをウロウロする姉の姿を見てその辺り考えている可能性も否定できない。ニース商会の行商から始めて、ロマンデも王都の商圏に組み込んでいきたいのだろう。


「でも、西にはレンヌ公国……ソレハ領があるのよね」

「連合王国寄りの大公殿下の叔父様だったかしら。この辺りとの関係が深いというところから来るのでしょうね」


 レンヌ大公家は旧都経由で王都との関わりが強い反面、ソレハ領は陸続きのロマンデ地方と海を挟んで連合王国とも近いという事もあり、王家とは距離をおいている。というより、王国の保護領となった主家に従っていては自分が成り替わることができない故に連合王国との関係を深めていると言えるだろう。


「そう考えると、この街やカトゥには仲介役となる存在がいたりするのかも知れないわね」

「それと、ロマンデの政治的中心地であったコンカーラに近いアランスの街も気になるわね」


 コンカーラはカトゥから南に下った場所にあるロマンデ公が居城を構えた場所で、宮廷があった城でもある。そこからさらに南に下るとアランスの街があり、ここは近年王族の公爵が配される地でもあるが、現在はアランス公爵はおらず代官が配置されている。この街も百年戦争では大きな被害にあっているのだが、近年、レース編みなどの手工業で経済的に復興しつつある。そのまま南に下るとラマンの街があり、王都の西では最大の王領の都市となる。


 今回の遠征ではコンカーラの廃城やアランスに立ち寄る事はない予定なのだが、機会があれば立ち寄ってみたい場所でもある。


『余計なこと考えていると、また事件に巻き込まれるぞ』


 『魔剣』の呟きが現実になるか否かはいまだはっきりとはしていない。





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