第228話-1 彼女はカトゥに仲間と到着する

 ロマンデ第二の都市であり、政治経済の中心地である『カトゥ』は、ロマンデ公爵がこの地に封じられて以来中心都市であり、巨大な城塞『カトゥ城』を抱えている。


 この城は王国でも最大級の城塞の一つであり、周囲900m程もある巨大なものだ。英雄王が千人もの騎士と謁見した場所でもあり、また、百年戦争でも激戦地となっている。


 現在はロマンデの代官の居留地であり、ロマンデにおける政治経済の中心と言えるだろう。また、歴史的に古い修道院・教会が非常に多いロマンデ公ゆかりの古都と言えるだろうか。


 つまり、今日はこの城の一角にある宿舎で泊まることになり、風呂と食事が提供されるのである。


 初めて訪れる騎士達がほとんどであり、ロマンデにわざわざ旅行に来るものはそう多くはない。商用か出身地かであり、王都に住む人間が来ることはあまり考えられないのは、基本的に陸路で移動しなければならないからだろう。


「修道院が多いのは分かるけれど、かなり……」

「百年戦争で破壊されたままの場所も多いのでしょうね」


 流石に王家の管理する城塞は修復されているものの、市街の石造の修道院はかなり損害を受けた物は放置されているものもある。


「でも……あれは……」

「何かしら、小さな城塞があるわね」


 カトゥ城には遠く及ばないが、それでも周辺の修道院や教会から比べると『城塞』と言うべき姿をしている。もう少し小さな規模の街であれば、立派な政庁兼防御施設と思えたであろう。


 教官曰く『修道騎士団』が残した支部の一つであるという。王都においても、尊厳王の時代の城壁の外側、今の山手の一角に王宮城塞に匹敵する『寺院』と綽名される城塞が建っており、今は王太子府として利用されている。


「あの王太子府を作った騎士団の支部ね。納得の仕様だわ」

「『聖征』の時に作られた騎士団でしょ? 巡礼者を守るために引退した騎士達が有志で街道警備を聖王国で始めたのが由来とか」

「聖王国が滅んで解散になったのよね……対外的には」

「ふふ、まあそう言わないと王国の貴族はまずいんでしょ? ニース領はすぐ側にいくつも『聖征』用に築かれた避難港兼城塞が内海沿いにあったから、割と皆知ってるわよ」


 騎士団が解散させられたのは百年戦争が始まる少し前の話であり、今から三百年近く前の話だ。当時のニースは法国の一部であり、貿易港として恐らく『聖征』に携わる兵士の立ち寄りも少なくなかったのだろう。


「最初の十字軍は酷かったみたいだしね」


 貧民が手ぶらでカナンを目指したため、途中で飢えて……色々大変なことになったという。当人たちもその立ち寄り先の住人もである。徒歩でカナンを目指し、法国の東辺りで全滅した集団が多数現れたという。王国の貴族が主催した騎士たちも、海路陸路を組み合わせて相当難渋した。


「巡礼路を護る騎士団が、巡礼先を失った後は……どうなるかって事よね」

「何でも、また『聖征』をしようって言い出したみたいね。教皇様もやるやらないの二択なら『やる』と言うだろうし、修道騎士団も、それ以外の教皇配下の騎士団も大義名分が無くなるから、賛成に回るでしょう」

「それを世俗の王侯貴族は認めなかったのよね」


 いくつもある教皇配下の騎士団を一つに纏めようという動きもあったという。その中で、修道騎士団が取り潰され、『聖母騎士団』に集約された。『聖母騎士団』は、巡礼者の救護を行う病院がその端緒である。


『聖征』にかこつけて寄進で財を増やした修道騎士団は、特に王国内で強い力を持つようになる。聖王国に物資と人を安全に送る為に、騎士団の支部を王国の主要な街道沿いに設立しネットワークを築いた。その間隔は20㎞と言われている。


「今ある大きな街道はその時に整備された物なのよね」

「古帝国時代の物を直せるところは直したみたいね。小さな貴族や教会領の間で警備もままならず盗賊もやり放題の時代に、修道騎士が街道沿いに配置されているという事は良い事だったのでしょうね」


 その胸壁だけが残された半ば瓦解した城塞を眺めつつ、二人は『修道騎士団』があちらこちらに痕跡を残していることに改めて気が付いたのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「おーほっほっほ アリー メイ お二人ともご無事でしたかしら?」

「普通に話しなさいよカトリナ。その姿で令嬢風はおかしいでしょ?」

「そうね。カミラも幾ら主人とは言え、諫めるべきところは諫めるのがあるべき従者の姿ではないのかしら」

「……正直……申し訳ない……です」


 固まるカトリナ。そう、この遠征中「おーほっほ」し続けていたらしい……頑張った!! 感動した!! いろいろな意味で。


 四人は女性四人の従者部屋に通されている。公爵令嬢とはいえ、ここでの特別待遇はないという事なのである。


「そっちはどうだったのよ?」

「特に何もなかったな。ロマンデは意外と治安が良いのであろう」

「それはどうかしらね?」

「……そっちではそれなりに色々あったようだな。話せる内容だけでも聞かせて貰えるか」


 ひたすら馬に乗り、ただ城館の宿舎に泊まる日々を繰り返してきた二人にとって、偽装兵、ゴブリンの夜襲、そして偽装漁村の話はとても興味深いようであった。


「その、う、羨ましいぞ!! 帰り道では我々も!!『無理でございます』……む、それはわからんでわないか」

「いいえ、そもそも、あなたたち二人が……いいえ、カトリナが村娘や行商人の真似ができるとは思えないのだけれど」

「そうね、3㎞先からでも『公爵令嬢』ってわかるもの」

「そ、そんなことは『香水臭いわよ』……そ、そうか。ん、控えるとしよう」

「大体、着替えがないのではないのかしら。それと、姿勢が良すぎて庶民に化けるのは無理よ」


 加えて、馬車の馭者は……どうやらカミラが務める事ができるとのこと。カトリナは男装しても強そうなので無理だろう。いや、教官的に許可が下りない。


「二人とて貴族令嬢ではないか!」

「私たちは冒険者で良く釣り出すから、慣れたものよ」

「そうそう。いると思ってブルーム隊が出発した後に兎馬車で囮になることにしたの。因みに、この兎馬車はニース商会からの借り物で本物の行商人用の物だから」

「そのくらい、即買い『致しません。公爵様に剪断されます』……それはそうかもしれんな。だが、良い事を聞いた。我領内でも同じことをしようではないか」

「……許可はご自分でお取りくださいませ」


 囮となるのは構わないが、囮の護衛が物凄い事になりそうで、全く盗賊が寄ってこない未来がカトリナ以外の脳裏をよぎる。囮の前衛とか付いているだろう。


「それにしても、凄くロマンデって修道院が多くない?」

「ふむ、それは理由があるのだ」


 カトリナ曰く、連合王国を征服したロマンデ公はランドル伯の娘と結婚したのだが、従兄妹同士の結婚であったという。


「当時の教皇庁から『近親婚』と判断されて、結婚を認める代わりに、沢山の修道院をロマンデに作らされた……という事らしいな」

「……なんでまた……」

「ロマンデ公が連合王国内の荘園を寄進したりで、それなりに成立していたのよね」


 今の女王の父親の代に修道院の持つ荘園を取上げる政策を打ち出した結果、ロマンデの多くの修道院が困窮しているという。修復されないのはそれも理由の一つなのであろう。


「連合王国内の修道院は皆解散させられて、有名なところも屋根をはがされて売られたり……大変みたいね」


 先代の連合王国王は教皇庁から独立した国教を制定し、国内において教皇庁の支配下にある修道院を解散させ、その財産の大半を国王のものとした。それは、その二百年ほど前に王国で行われた『修道騎士団』の解体に似た動きでもある。


――― 王家を中心とした国づくりを進める際に、その財源を宗教勢力の占有する財産に求めたのは時間を異にするが共通なのである。


 王国は『修道騎士団』を解体し王領となる地域を拡大させた。連合王国は、王国内にあった領土を百年戦争で失ったのち、連合王国内の修道院の財産を得て力を持つに至った。


「ロマンデって戦場になるわ、修道院は貧乏になるわでいい事無いわね」

「王都と比べると……寂れた感じはするわ。趣があって良いけれど、活気は余りないかもしれないけれど」

「いや、細工物等は伝統的に優れている物が多い。レース編みとか金細工とか色々あるな」


 貴族とは言え、庶民派王都下位貴族の次女と、王族に連なる公爵令嬢では、ロマンデとの接点が異なるので、知らないことも多い。残念ながら。


「修道院の多さもその辺に寄与しているのかしらね」

「仕事を与えてくれたのであろうな。今、その代わりを王都が務める事になる時代に変わって、丁度変革期なのだろうな」


 地面の上は枯れているけれど、土の下には新しい芽が育っていると言いたいのだろう。その芽がどのようなものなのか、いささか心配ではある。


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