第227話-2 彼女はロマンデのゴブリンと遭遇する
翌朝、テントから少し離れた場所で朝食をとることにする。軽くパンにサラダ、ベーコンを焼いたものに紅茶を添える。魔力持ち故に、簡単に調理も給湯も可能なのは嬉しいところだ。
「今晩は普通に泊まれるのかしらね」
「そうね。明後日はカトゥで一泊のはずだから、今晩もまた野営でしょうね。そういう予定よ」
「昼は盗賊、夜は
「まあ、朝と夕方はオフってことで良いのではないかしら」
と、街道を眺めながら朝食を済ましていると、遠くから騎馬の接近する音が聞えてくる。本体が到着したようである。今回は、ゴブリンの出没パターンを実地に見せる事も一つの課題となっている。
教官が二人に近づいてくる。
「お疲れだな」
「いいえ、待伏せしただけですから。いつもよりも楽でした」
「そうね~ 」
と愛想もなく切り返す。良く考えると、王国副元帥をゴブリン狩りの仕手を委ねるのはとても贅沢な采配である。二人はテントのある位置へと移動し、森から出て来るところからゴブリンの行動に関して確認していく。
「斥候職などの場合、足跡を残さないように踏み場所や履物にこだわりますが、ゴブリンの場合裸足なので、割としっかり足跡が残ります」
と、ゴブリンの実際の足跡を見せつつ進行方向やおおよその数について把握できることを確認する。勿論、冒険者であった騎士達には屋上屋だが、騎士以外の経験がない者にとってはたかがゴブリンされどゴブリンである。
「昨日の群れはホブゴブリンの率いた九匹の群れで、夜中過ぎに森から現れたわね」
おおよその襲撃時間、その手口、武器や行動に関しても実際の死体のある場所を移動しながら、説明していく……二人が。教官も一緒に聴講する側に回る。
「武器は粗末なダガーやクラブ? 石斧や木の棒のような槍が精々ね。でも、ここにいるような上位種はちょっと違う」
「……なにこれ……」
「ゴブリンよ。ホブゴブリンと言われているわね。経験を積んだゴブリンで、特別剣技や魔術が使えるわけではないのだけれど体は大人の男性ほどもあるかしら」
「「「……」」」
失血死しかかっているものの、今だ息のあるホブゴブリンを囲んで、騎士達は神妙な顔をしている。
「これは拾った片手剣を装備していたわね。手入れしていないから切れ味は悪いでしょうけれど、力まかせに叩かれれば下手すると致命傷ね」
「ゴブリンも子供と同じとは言え、それでも防護の無い部分を傷つけられるとかなり危険です。数も多いですから」
「出そうなところ、出そうな時間、襲われるパターンが分かれば危険はないのよね。見張を立てている騎士の集団は避けて女二人の方を狙うくらいの知恵はあるのよ」
という事で、ゴブリンの武器を土に埋め、ホブゴブリンに止めを刺して遠征学生騎士一行は次の目的地に向かう事になった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
その日は海沿いになる漁村の傍で野営をすることになった。ゴブリンと盗賊は少なくともその日の日中は襲って来なかった。漁村はかなり小さなもので、村というよりは集落といった程度のものであり、特に柵などで囲われるような事もされていない。
ある程度の規模の村であれば領主館か酒場兼宿が存在するのだが、この程度の漁村の場合は当然何もない。少なくとも、集落の中で安全に野営でき、水場もあるというのであれば他の場所に野営する必要は感じられない。
その夜の哨戒に関しても、前日ゴブリン討伐を行ったという事で、二人は免除され狼の毛皮テントで休んでいた。
「この漁村ってなんでこんな辺鄙な場所にあるのかしらね」
彼女は漁村の空気が少々緊張していることが気になっていた。騎士達が急に現れ、村の中で野営する事になったからではないかとも思えるが、昨日討伐した連合王国の偽装兵たちがどこを利用していたのかということが気になっていた。
「あー ここも人攫い村じゃないかって……思っているのね」
「そうね。空気が似ている気がしたのよ」
村の代表者以外はほとんど顔を見せない。特に、子供に関しては全く接触してこない。騎士が村に来て、その中に若い女性も含まれていれば、子供はたいてい話しかけてくるものなのだが、誰一人子供が出てこない事が不自然に感じるのである。
「それに……男ばかりじゃない? 女性もいるにはいるけれどお年寄りしかいないわね」
「……騎士団?」
「そう、兵隊と賄いのお婆さんの組み合わせと言ったところかしらね」
とは言え、いきなり家探しすることも難しく……警戒して全員で夜通し起きているということも対応が難しい。人攫い村の場合、村人も含め主だった人間は殺す前提であったし、夜中に包囲して撫で斬りにすることができた。事前の準備も行っていたし、不意を突いて各個撃破できた。
「ここでは無理よね」
「そうね。厳しいわね……」
この村で野営すること自体が……飛んで火にいる夏の虫のように思えるのである。
『主、探って参りましょうか』
「お願いするわ」
各家の様子を伺いに『猫』を放ち、彼女と伯姪は教官に相談するかどうか考える事にした。
しばらくして戻ってきた『猫』は……連合王国の協力者であるが、妻と子供を人質に取られている本物の漁師だが、この場所はあくまで仮の集落であり、連合王国兵の補給と海上移動する為の拠点であることが分かった。
「……村長しかいない村みたいなものではないのね」
『本来はロマンデ半島の人間のようです。ここには出稼ぎのようなもので連合王国に協力しつつ漁師をしているということです』
この場で漁師たちを捕まえる事も難しいし、失くしたとしてもまた別の場所に設ける可能性を考えると、気が付かぬふりをして通り過ぎるのも選択肢の一つであると言えるだろう。
「これって、今解決すべき問題ではないわよね……」
「あ! ルーンの騎士団に差出人不明の投書をするというのはどうかしら」
「……採用しましょう。先は長いのですもの。教官の負担にもなるでしょうし、ここは弁えるべきね」
と考えていると、彼女はふと思い出した。昨日捉えた偽装兵の指揮官から教官たちは何を聞き出したのであろうかという事を。本来の予定では、昨日同様今夜も野営のはずであったのが、急遽この漁村での宿泊となったのだ。
つまり、二人には直接告げなかったものの、知り得た情報からこの場所に潜入工作用の漁村(仮)が存在することを実際確かめ、その住人たちと接触し真偽を確かめたかったのであろうと思い至った。
「教官たちは聞き出したのでしょうね」
「ああ、昨日の……」
翌朝、二人は何も言わずに他の騎士達と連れだって漁村を後にしたのであるが、一睡もしていないであろう代表者と、天候も波も穏やかにもかかわらず、誰一人漁に出ていない村人の姿を見て確信したのである。
村から離れた後、教官からその旨を伝えられ「やはりそうか」と二人は納得したのである。漁民は勝手にあの場所を離れる事も出来ず、かといって抵抗してもほぼ切り殺されるであろう騎士の集団に手を出す事も出来ず、悶々と一夜を過ごしたのだろう。
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