第224話-2 彼女は遠征実習に出発する

 狼の毛皮テントのお披露目が終わり、テントの中は彼女と伯姪の二人だけとなった。


『主、巣を見つけました』

「そう。場所は近いのかしら?」

『街道からかなり入った崖の横穴にできています。街道からは全く見えませんし、今のところ数は二十ほどですから気が付かれていないのでしょう』


 彼女は数多くの騎士が集団で移動していたら、当然、魔物や賊は警戒して姿を現さないであろうと考えていた。それでも姿を現すなら、勝てると見込んでいる集団か余程の阿呆であるに違いない。


 故に、野営の際は警戒する担当でないなら、時間を作ってこっそりと二人で出来る範囲の討伐を行うつもりなのである。最終的には、各冒険者ギルドに学院からノーブルのギルドで行ったような討伐旅行に研修目的で魔術師見習を送り込む予定でもある。


 先任は指揮官としての、新人は冒険者としての基礎を学ぶために遠征は有効であると考えるからだ。薬師に向いている子も自衛の技術を学び、旅や野営、魔物との接触、王都以外の生活圏を体験する為に同行も考えている。


「じゃあ、明け方にでも討伐してしまいましょう!」

「そうね。あなたは、周辺に脱出口や他の魔物がいないかどうか、再度詳しく偵察してもらえるかしら。賛課(午前三時)に出発するわ」

『……承知しました……』


 昼夜逆転のゴブリンの活動時間において、夜明け前は人間でいうところの夕方であり、一番疲れている時でもある。また、明るく成りかかりの時間は夜目が利くゴブリンにとっても見にくい時間でもある。


「まあ、気配隠蔽していくから、関係ないんだけれどね」

「それでも、巣に戻る時間に合わせて討伐したいのよね」


 狼の毛皮にくるまりながら、二人は眠りにつく事にした。





 夜空の端が明るくなり始める頃、二人はそっとテントを抜け出し、気配を隠蔽したまま林間の道を足音だけを残して進んで行った。


 街道からの死角、周囲に大きな集落などもなく規模も小さな群れなので、森の中の小動物や木の実などを食べ生活できている故に、あまり街道で人を襲う必要もないと思われる。


「あの時の生き残り?」

「さあ。分からないわね。それに、ルーン近辺は冒険者も少ないから、討伐も進んでいないでしょう」

「ロマンデは手付かずだもんね」

「ルーンですら王都の傍であの状況ですもの、カトゥはもっと親連合王国の商人や聖職者も多いと思うの。協力者もね」


 今回のロマンデ遠征の裏の目的は、ルーンで途切れている連合王国の工作を探る為でもある。王都からルーンまで二日、さらにカトゥまで二日。最終目的地の修道院までは更に三日。片道一週間はかかるのだ。


「近くて遠い場所ね」

「王都のある盆地とは隔たっているとは言うものの、移動できる場所で尚且つ、人の目の入りにくい地域でもある。潜んでいるのも納得ね」


 ゴブリンキングの群れが消えて約二年、王都圏で大規模な群れは見つかっていない。とは言え、王都圏の辺縁部である『ワスティンの森』にはそれなりの規模の群れが存在していた事を考えると、ロマンデにはそれ以上の群れが複数存在している可能性もある。


「王都の安全を守るために、その周辺にも手を入れるべきというわけね」

「微妙に南都同様、代官支配なのよね。王領ではあるけれど、目が行き届いていない……そんな場所よ」

「西側は反レンヌのソレハ伯領もあるしね」


 レンヌ公爵家の枝葉であるソレハ伯はレンヌ大公の座を狙って、連合王国と繋がりを持っているという噂は消えていない。


「ゴブリンでも山賊でも海賊でも、連合王国とのつながりがありそうな物を駆除していけば、反応があると思うのよね」

「……仕事増えるわよ!」

「はっ!」


 はっじゃないわよと思いつつ、今回の遠征、久しぶりの二人組なので楽しみなのはお互いさまでもある。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 森の中をニ十分ほど走ると、『猫』の見つけたゴブリンの巣穴が近づいてきた。


『そのまま突入しますか?』

「前回同様、毒の煙を使います。私が入口を魔力の結界で塞いで、毒の煙を洞窟内部に送り込むから、戻ってくるゴブリンをお願いできるかしら」

「勿論任せてちょうだい。ばっさばっさと斬り倒してあげるわ!!」

『主、念のために別の脱出口がないかどうかもフォローします』


 今のところ見つかっていないが、煙に燻られ出て来るかもしれない。『猫』が巣穴周辺のチェイサーを買って出ることになる。


 自然にできた横穴を人が拡大したのであろうか、それなりの大きさの洞窟が崖下に形成されている。素掘りではあるが、ゴブリンが手で掘ったわけではなさそうな横穴だ。


『ロマン人の襲撃から隠れる為に掘られた穴かもしれねぇな』


 見つかりにくい場所にわざわざ横穴を人力で掘る理由はその辺りだろうか。元は『アルモリカの民』と呼ばれる、古の帝国以前から定住してた先住民が多く住んでいた地域でもある。彼らの残した隠れ里の痕跡なのだろうか。





 彼女は音もなく洞窟入口に屯う数匹のゴブリンを殺すと、魔力による結界を形成し洞窟の中央を塞ぐ。下と上を20㎝ほど残してである。


『あれは、空気より重い気体だから、下が開いている方が奥までよく流れ込むだろうな』

「今回は、魔力を一緒に流し込んでみるつもりよ」


 『結界』の応用の『走査』をさらに進めて、指向性のある魔力の疎な塊を毒の煙に加え移動させようと考えているのである。


「走査の能力に付加することになるのかしらね」

『ああ、位置情報は曖昧になるが、接触したことは分かるみたいな感じか』

「同心円状ではなく、洞窟の形に添って移動していくから、なんとなく形が把握できるようになるかもしれないわね」


 仮に魔力による『浸透』とでも名付ける事にしようかと彼女は考える。


 硫黄と木炭に幾つかの可燃物を加えた『硫黄玉』に火をつけ、洞窟の奥に向け投げ込み、さらに、結界の下の開口部から魔力を流し込み、奥へ奥へと魔力を浸透させていく。


 涙と嘔吐を垂れ流しながら、出口に殺到するゴブリンの集団……だが!!


『GuWoooo!!!!!』

『GyaGyaGya!”!”!』


 バンバンと目に見えない壁を叩きながら転げまわっているので、結界で完全に塞ぐことにする。洞窟内の酸素を消費しながら、硫黄玉は煙を出し続け、やがて結界の向こう側は白く霞んでしまう。


「大体、近づいてくるゴブリンは倒し終わった感じね」

「そう、お疲れ様。こちらはあと少しかかりそうよ。それに、中には生身の人間は入れないのよね」

『主、私が確認してまいりましょう。生き残りの止めも刺しておきます』

「ええ、お願いするわ」


 外に入口で屯っていたゴブリンを含め十匹、中にも同数のゴブリンが存在した。上位種は特に含まれていないようで、はぐれたゴブリンが自然発生的に集まったものである可能性が高いと思われる。


「さて、そろそろ戻ろうか」

「ええ、しばらく結界も残るでしょうから、あとは任せて私たちは先にテントに戻りましょう」

『お任せください』


 という事で、二人は『猫』に後事を託し野営地に戻る事にした。





 野営地に戻ると既に周囲は明るくなり始めており、テントの前で隠蔽を解除し、早々にテントを撤収する。


「おお、戻ったようだな。お勤めご苦労様……というところか」

「……気が付かれちゃったわね」

「それはそうだろう。首尾は?」

「上々? かしら。今回の遠征の問題も掴めたし、ルーンに到着したら教官に意見具申するつもりよ」

「何かあったのか?」


 カトリナ主従は二人をテントに招き、朝のお茶を振舞いつつ、今しがた二人が行ってきた討伐の件を聞く事にした。


「騎士がこの数集団で移動していたら、普通の旅人を襲うような賊や魔物は逃げてしまうのではないかしら」

「それはそうかも知れぬな。それに、この騎士の集団を襲うくらいの戦力なら、更に一大事だろうな」

「つまり、やり方を変えなければ、無駄足になるってことよね?」

「そう。だから、ルーンで別れてからはこちらは何時もの偽装工作をするわ」

「ん? どういう事になるのだ」


 彼女は「近衛の貴族の子弟には無理だろうが」と断りつつ、『行商人に化けた先行者が賊を吊りだし、後続の本隊がそれを討伐する』という作戦を提案するつもりだと告げる。


「面白いが……本隊が追いつくまでの時間、少数で生き残らねばならんではないか」

「ええ。リリアルだとよく仕掛ける方法なのよ。だから、私たちは問題ないの」

「というか、私たちだけで討伐可能なんだけど、それだと遠征の実習にならないから、私たちは馬車を護るだけに徹しないとね」


 囮は如何にもなマッチョ騎士ではなく、彼女たちの様な女性が好ましいだろう。


「!!……カミラ!」

「はい、冒険者の装備も勿論、整えております」

「ふふ、流石だな。我々もその案に乗ろうではないか!!!」


 これ、相談した時点で即実行に移すことになるな……と彼女は理解した。





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