第225話-1 彼女は遠征実習でルーンの新市街に到着する

 もう何年も前に来た気がするルーンの市街。半年少々で、随分と橋を挟んだ新市街は活況を呈しているようである。


「前回来たときは王都の外にあるような仮設の建物ばかりだったけど、本格的な街になったわね」

「ええ本当に。冒険者ギルドには、あの人たちもいるのかしら」


『薄赤』パーティーは最近ルーンに常駐しているということで、久しぶりに会えるかもしれないと二人は考えていた。


「石造りの建物は騎士団駐屯所と冒険者ギルドくらいね」

「おいおいではないかしら。地盤も緩いでしょうから、もう少し街が広がった後になるでしょうね」


 元は河川の周囲にある湿地帯に近い場所であり、乾燥させ踏み固める必要もあるだろう。木造の建物の中には、近隣の廃村などから持ち込んだ建築廃材を再利用した物もあり、騎士団曰く「新街区の建築と、危険な潜伏先の排除の両立」を狙った行為だという。提案は……ニース商会。勿論、その作業の下請け業者でもある。





 騎士団の宿舎は余裕があり、蚕棚の如き多段式ベッドも完備である。但し、女性四人に関しては一般の宿泊先を予約してあり、貴族令嬢としてある程度配慮されたものとなっているのはありがたい。


 夕食を食べた後、彼女は伯姪と共に騎士団の駐屯地にいる教官に意見具申に向かう事にした。明日から長期の野営行軍となること確定のフルール隊の担当教官は、ルーンの街で酒を飲むような余裕はない。数日とはいえ、水と食料、いざという時の医療品など手配の再確認も多々ある。生徒が休んでいる時間でも、教官はいろいろ為すべきことが少なくない。


 二人は教官を見つけると、早速提案の話があると話を始める。


 意見具申――― 彼女は騎士が集団で警邏しても、盗賊団や魔物群れは襲って来ない為、討伐が進まないであろうことを示唆する。その上で、彼女と伯姪が『兎馬車』で先行し、囮になった上で敵を引き付け、後続の騎士達が討伐する提案を行う。


「……そうか。だが、騎士団に魔物や盗賊団に襲われたという被害届は上がってきていないし、商人ギルドからの陳情もないのだが」


 教官曰く、ロマンデ遠征に関しては比較的問題の少ない地区だが、警邏の実績のあることが望ましい地域……ということで選定されているのだという。ロマンデの領都であるルーンにおいて自治を良い事に、連合王国の浸食が進んでいた事を考えると、元々ロマン人の領主が支配していた地域に、何も起こっていないと考える方がおかしい。


「そんな情報、上がってくるわけないじゃない」


 はて、どこかで聞き覚えのある声。騎士団駐屯地の傍にはニース商会のルーン支店も会ったことを思い出す。明らかに……御邪魔虫の登場である。


「……どこにでも現れるわね……姉さん、今大事な話をしているところなの。遊んであげるから、外で待っていなさい」

「んー このツンデレさんが! 本当は嬉しいんでしょ」

「いい迷惑でしかないわ。何故ここにいるのかしら」


 姉曰く、しばらく騎士学校の講義が無いので、ルーンの支店の視察とロマンデで起こっている問題の情報収集に来ているのだという。


「まあ、お姉ちゃんも商会の経費で夜な夜な酒場で飲んだくれてるわけじゃないんだよ☆」

「そう、飲んだくれているのね……」


 姉は今日も既に少々酔いが回っているらしく、如何にも旅慣れた女商人という雰囲気の衣装を身にまとい、酒場で情報収集という名の経費でのただ酒を飲んでいたようである。


「ま、まあね。それでさ……」


 姉の集めた情報によると、商会に所属するような大規模な輸送隊は襲われることなくロマンデ内を行き来できているそうなのだが、行商人や村の若者が移動する際に失踪する事件が少なくないのだという。


「若い人限定なのではないかしら」

「そうだよ。おじいちゃんおばあちゃんの行商人はスルーだね。まあ、魔物が出ると言われている街道は通らないし、お年寄りは輸送隊の後を距離を置いて追いかけたりする知恵もあるからね」

「……それなら……」


 教官は姉に「騎士団に情報が来るはずではないか」というのだが……


「ああ、騎士団には話はいかないよ。そんなこと言って根掘り葉掘り聞かれたり協力要請されると困るから。騎士団の主人は国と王家でしょ? 商人は困ったらお金を払って冒険者に依頼するよ。お金を払っている間は主人でいられるからね」


 姉は「当たり前じゃない」とばかりにいい笑顔で引率の教官に言い返し、背後では騎士隊長が「だよなー」とばかりに俯いている。むしろ、商人より冒険者から情報を貰う方が効果的であったりするのだろう。


「近衛がいる分隊には依頼できないからな。アリーがいるこっちの分隊で囮捜査をしてみてもらいたい。行きと帰りで警邏のチームを入れ替えて戻りをやらせると、なお良いかもしれないな」


 騎士隊長曰く、近衛の騎士集団が内陸側を移動した後、帰りに囮捜査隊が移動した場合、襲われれば仮説通りの反応であるという事も証明できるし、無駄な遠征にならずに済むだろうというのである。


「無駄働きね」

「まあ、騎士の給料分の仕事はしないとッてことなんじゃない?」

「私……全額リリアルにインされているのだけれど……」


 彼女の男爵・院長・副元帥としての給与はリリアル学院へとそのまま流れ込んでいる。そろそろお財布を分ける時期に来ているのかもしれない。特に、副元帥に関してはリリアル学院にかかわりのない役職でもある。


「ほら、効果あれば騎士団からリリアルが委託受けて二期生の演習かねてロマンデ山賊討伐の定期巡回もありじゃない」

「そうね、前向きに対応しましょう」


 そんな感じで二人が納得していると姉が……


「うんうん、こんなこともあろうかと用意しておいたんだ。君たち二人にはニース商会専用、行商用兎馬車一号を貸与しよう」

「それ、リリアルの備品よね」


 えー と笑顔を作りつつも、目が泳いでいるのが腹立たしい。今回、確かにニース商会でも行商用に試作車を回している。若干、性能的には落としたものでその分コストはかなり下がっている。車軸と車輪以外に魔装鍍金を使用しない事で、走行性能や車体の強度は下がるものの必要十分な輸送能力だけを確保した仕様である。


「また……かしら」

「毎度おなじみだね。今回も行商人で良いのかな」


 遠征の際には行商人に良く変装するのだが、今回は行商人と乗せてもらう田舎娘……という組み合わせを考えたいようだ。


「女の子二人で行商人というのも怪しいじゃない? 妹ちゃんが若い男の子の行商人で、連れの女の子は近所の農家の子って設定でさ……」


 男装は得意である彼女だが、男の行商人というのは初めてである。ぐすん。



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