第四幕『ロマンデ遠征』
第224話-1 彼女は遠征実習に出発する
騎士学校の第一回目の遠征が始まる。移動は全て騎乗。とは言え、替え馬もなく、装備は比較的軽装の鎧となる。胸当・前腕甲・脛当・兜に片手剣の標準的な警邏の装備で行われる。
初日は王都とルーンとの中間である『べノン』近郊までの移動となる。
「一日馬に乗りっぱなしというのは、人も馬も大変よね」
「まあ、馬車の方が楽ね。でも、周囲の警戒や行軍の練習も兼ねているから仕方ないわ」
今回の遠征はルーンで二手に別れる。ブルームが直線的に内陸を西に、フルールが海岸沿いの街道を進み、ロマンデの西海岸にある『聖大天使山修道院』と呼ばれる……海上に浮かぶ小山の様な島に作られた修道院まで討伐と警邏を行う事にある。
修道院は数百年の歴史のあるもので、潮の満ち引きがとても大きな湾の中に存在する。数mも海面の水位が上下する為、干潮時には対岸と島が陸続きとなるのである。恐らくは、川の中州に王都の大聖堂があるのと同様、海からの略奪者から修道院を守るために「大天使から修道院を建てるよう命ぜられた!」と周りを納得させるために……理由付けしたのだろう。
――― そもそも無茶な場所に建てられた『修道院』なのである。
ロマンデの海岸線は干満の差も大きく、そそり立つ絶壁とその下に広がる砂浜という場所も少なくない。また、海に近い為に湿度も高く冬でも比較的暖かい為に植物の生育も良い。何が言いたいかというと、ルーン近郊の海岸同様、害意ある賊や魔物が潜みやすい環境であることだ。
また、農家は纏まって村を作る事は少なく、農耕地とそれを海岸から吹きつける強風から家や農地を守るための防風林で囲んだ土地が散在する場所でもある。おかしな集団が占拠していたとしても、判別しにくい土地柄なのだ。
「やっぱり……」
「行商人のふりをして釣り出す……とかするべきでしょうね」
連合王国の北部にある北王国において、百年ほど前に起こった人食い家族の事件が似たような海岸近くで発生している。
「でも、それって作り話なのでしょ?」
「よくできているわね、悪趣味で。それでも発想としては正しいと思うのよね」
そういう、面倒な地域は平民の学生騎士に任せ、貴族の学生騎士たちはロマンデの旧都『カトゥ』を目指して内陸を進む。カトゥは連合王国に渡ったロマンデ公が整備したルーンに次ぐ第二の都市で、大きな城塞、そのロマンデ公の妻が設立に尽力した修道院、百年戦争で大いに街は破壊されたがその後、大学も設立されている。
海岸に直接面している街ではないが、市内を流れる川で外海と行き来する事が可能である。
「あっちは遠征『旅行』よね。観光もするでしょうし」
「良いじゃない、学院生を指揮しなくていいなんて久しぶりの遠征ですもの。気が楽だわ」
「それはそうかもね。気を使わない分体は使わなきゃだけど」
並んで馬を進めながら二人はこの先の展望を考えていた。
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野営地では彼女と公爵令嬢のテントは並んでその中央に配置される事となった。本日は二組とも哨兵の担当はないので、いたって気楽である。
「……毛皮だらけだな」
「狼の毛皮のテントですもの、当然でしょう」
「今の時期ならそれほど暑くないから問題ないのよね」
『魔熊使い』から教わった竪穴式住居に似た毛皮のテントである。
「真ん中が煙突のように空いているのか」
「換気用にね。あのくらいなら雨も入らないし、煮炊きしても上手に煙も抜けて悪くないのよね」
「あまりしないけれどもね」
基本は寝るだけの場所であり、目隠しのようなものでもある。
「でも、四人は流石に狭いわね」
「なに、膝突き合わすも多生の縁というではないか!」
「それは『袖すり合わす』の間違えでしょう……ひざ詰めじゃ談判じゃない」
狭い場所と親しい者との野外での交流という事で、一段とテンションが高いカトリナである。自分のテントで紅茶を淹れてくるところは流石なのだが。
「しかし、随分と沢山の毛皮を使っているようであるな」
「狼? 割と討伐対象になっているからね」
「よく出くわすのよね。余り値段のつく毛皮ではないから、こんな使い方をするのもありなのよね」
「だが、狼の毛皮の内張や襟巻も悪くない」
雑に扱えるという意味でも、狼皮は悪くないかもしれない。
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