第223話-2 彼女は遠征実習に向けての準備を始める
一人の騎士に対し、三人の騎士が「ダガー」を装備して相対する。魔力による身体強化は双方なし。十歳児ほどのゴブリンは手足が短く得物もダガーや粗末な石斧などで間合いが短い。が……
「始め!!」
四人の班のうち一人が騎士、残りの三人がゴブリン役だが……
「がっ、いてぇ」
「や、やめ!!!!」
身体強化無しなので、女性騎士四名は見学という事になったが、残りの二十名に関しては一対三で一方的に攻撃されているのが各所で発生している。
「ゴブリン……ですわね……」
「同時に掛かられると大概パニックになるから、意外と苦戦するわよね」
「気配隠蔽できれば、弱い魔物は先制できるから、その辺り、きちんと考えないと。ゴブリンに脳を喰われるのは嫌だもの」
「……」
カトリナはゴブリンの巣の駆除で冒険者の等級も初心者から一応脱しているのだが、あくまでもリリアルのサポートがあっての昇格である。何も知らず、のこのこと森に入ってゴブリンだと侮り突っかかったとしたなら、目の前の騎士役のように絶え間ない攻撃を受け打ち竦められたかもしれない。
「身体強化も操練のレベルを上げて、魔力の消費を抑えて必要ない時間はオフできるようにした方が良いのよね」
「そうね。リリアルで討伐に参加して、魔力も増えたけれど、それ以上に消費量がコントロール出来て稼働時間が増えたのは大きいわね」
「魔力切れ=生命の危機というわけですわね……魔力を効率よく使う為に練習ですわ!」
日常的に魔力を操練し続けるということは、良い経験になる。身体強化以外にも『結界』などは展開する範囲や密度を工夫すると効果的なのだが……カトリナは結界は使えないような気がする。とは言え、公爵令嬢カトリナの魔力量は宮廷魔術師並であり、騎士としての基準を大幅に超えているので燃費が悪くてもそれほど致命的ではない。
「折角だから、この四人でやらない?」
「良いけれど、私はゴブリン役しかできないわよ? 魔力無しなら普通の令嬢ですもの」
「そうですわね。では、僭越ながら
カミラは果たして本気で対応してくれるのだろうか……
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遠征には何とか魔銀鎧の調整が終わり、装備できそうだとカトリナが嬉しそうに話していた……夜の鬼ごっこの後にである。
「毎日よく続くわね!」
「ふむ、段々体が馴染んできたというか、魔力の調整が上手くなってきたような気がするな」
「その調子で、一日中使えるようになるまで訓練するのよ」
「そうすれば、講義中寝ていても気が付かれないとかなら、努力しよう」
カトリナは最近練習し過ぎで、講義中絶え間ない睡魔と格闘している……らしい。
「遠征前は休んで体力を回復させた方がいいと思うわ」
「二週間はまともに休めないのだから、体調を整えた方がいいんじゃない?」
実戦前提のロマンデ遠征なのであるから、魔力を使う機会は頻繁にある事が予想される。余り過剰に練習する必要はそろそろ控えるべきだろう。
「実際、ゴブリン含めて魔物を討伐したことのない連中は、最初どうなるのだ?」
ブロッサム分隊は近衛と魔導騎士ばかりなので、実際、魔物を討伐した経験は皆無に近いだろう。カトリナの心配は、つい最近自分が経験したことでもある。
「目の前の魔物を一匹二匹倒して満足してしまう事かしらね」
「群れ全体の把握にどのくらい時間をかけるかでしょうね。斥候ができるメンバーがいなければ、自分で買って出るしかないわよ。その上で、予備戦力を常に作っておかないと、不意に崩れるところに応援を出せないから……戦力の半分で討伐できるプランが望ましいわね」
「……」
つまり、未経験者六人程度で討伐できる対象であることが望ましいというのだ。
「……無理ですわね」
カミラが珍しく意見を口にする。当然、二、三十匹程度なら余裕だと……今日の訓練を受けていなければ、そう判断する者も多かっただろう。
「その為に、相手を痛めつける道具や装備を持つべきでしょうね」
「毒が良いけど、騎士団では難しいわよね」
「魔術はどうだ?」
「規模と効果が限定的ね。魔銀の武具は打撃力を底上げする分、一撃でゴブリンを仕留められるでしょうけれど、魔力が切れたら戦力にならないから。そこの見極めが必要でしょうね」
「ふむ、鬼ごっこ推奨か……」
いい年したおっさんが鬼ごっこするとか……ビジュアル的にかなり厳しい。それ以前に、稼働時間がどの程度か、遠征前に教官に各自確認して申告させるように意見具申しようかと彼女は考える。
「ま、実際、最初は十五分程度で魔力切れであったからな」
「ふふ、あなただから
「実際、魔物を目の前にしてしまうと、魔力垂れ流しになるものだからな……」
魔力を持っているから何とかなると考えている近衛騎士が多く所属するブルームは……危険である。その点、最初から魔力の無いフルール分隊はバディでキッチリ攻守を護り、魔力持ちがゴブリンを狩っていくパターンになるだろう。
「リリアルのありがちパターンね」
「最初の頃はそうだったわね。最近、討伐慣れして随分と楽になったのだけれど、始めの頃はその場で居続けるだけでも一苦労だものね」
「でも、あの時のみんなは十歳ちょこちょこの子達ばかりでしょう。近衛は少なくとも十六歳以上で幼年学校でも鍛えているのだから、孤児上がりの冒険者と……」
「覚悟が足らなければ、年齢なんて些細な問題よ」
「だろうな……ふぅー 自分だけ助かっても後が面倒だ。かと言って一緒に死んでやる義理もない」
貴族ばかりの討伐遠征……教官も胃が痛いに違いない。
「……姫様が全て刈り取ればよろしかと……」
カミラの助言にカトリナは「それもそうだな。教官に上手く根回ししておこう」
といい、「ゴブリンでも剣に慣れる練習になるな」と自分の為にこの機会を利用することに決めたようだった。
「そういえば、どこの国かが知らないけれど、ゴブリンばかりを狩る冒険者がいるという話を聞いたことがあるわね」
「ああ、
「ええ、何だったかしら……『世界が滅びる前に、ゴブリンは村を滅ぼす』とか……そう言うのよね」
「そう。別にゴブリンだけじゃないわ……村を滅ぼすのはね」
敵国の甘言に乗って、滅ぼびた村をいくつも知っている。同胞を騙して依頼を受けていた村、吸血鬼にグールにされた村、人攫いのお先棒を担いだ村……魔狼と魔熊は滅ぼし損ねていたけれど……
「騎士団が護るべきなのは、街だけではないのよね本来は」
「商人が食料を売ることはできても、作り出すことが出来るわけではないからね。人が住んでる大きな倉庫みたいなものなのよね都市というのは」
村が豊かで平和でなければ、王国を護ることにはつながらない。孤児だって減りはしない。ということで、ゴブリンは皆殺しだが……それ以外も皆殺しにする気満々の貴族令嬢たちであった。
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どうやら、カトリナたちも自前の『公爵令嬢専用テント(風呂付)』を手配する許可を受けたようで、自慢げに見せてくれたり、補正の完了した魔銀の胸鎧を装着した上で、鬼ごっこにトレーニングを行ったりして遠征までの時を平和に過ごしていた。
「おやつは一日銅貨5枚までよ」
「……フィナンシェは持ち込めないではないか!!」
「そもそも、乾燥させた果実とかを保存食として持っていく程度に決まっているじゃない。あなた、冒険者生活舐めてるわよ」
「むぅ、将軍にでもなったら自前の料理人も引き連れての遠征となるであろうから、それまでは騎士の身分に合った行動にするとしよう」
「……風呂付テントは騎士の身分を越えていると思うけどね」
今日は、別棟前の専用庭に購入した『専用テント』でお泊り会である。
その組立式のテントは、パオとかユルトと呼ばれるものである。細い木で網上に組んだ壁を筒状に整形し、その筒の中心に二本の柱を建て壁の上部から柱に梁を掛けて軸とする。その周りを毛織物で包み断熱材として、最後に風除けの布を被せて完成させる。直径は4mほどもあり、大きなものはその倍ほどもあるという。
このテントは『魔導具』であり、組立られた状態で魔法袋にそのまま収納されている。気配隠蔽と防護結界が組み込まれており、温度の維持と湿度の排出も可能となっている。ただし、ある程度魔力を滞在する者から吸収し機能を発動するので、魔力量のある者が滞在しなければただのテントとして機能するのみである。
「風呂付でいいよね」
「水と火の基本的な魔術が使えれば煮炊きも問題ないでしょうし、かなり快適に過ごせるわね」
「我が父が軍に同行する際に私室として使用する物を譲り受けたのだが、中々良いものだな」
軍を指揮する公爵が軍議をするような場合、大きな天幕を用いるのだが、これは寝食を行う専用の私室テントなのだという。
「気配隠蔽されていると、伝令とか困るわよね?」
「それは、魔道具を使い案内するから問題ないらしいな」
何日も行う遠征で気力体力を回復させるために高価な魔導具を用いるのは贅沢ではない。正確な判断を行う為には疲労困憊では困るからである。
「でも、この快適テントだと、演習にならないんじゃないの?」
「……公爵令嬢がそもそも参加する必要もあまりないから問題が……ない?」
「いや、父が付けた条件の一つだな。別棟に専用の使用人の派遣、演習には専用の魔導具のテントの使用……私の知らない要件もあるようだが、そんなところだ」
冒険者としてのレベル上げも、ある意味演習での問題発生を未然に防ぐ為の公爵の配慮なのかもしれない。『いきなりゴブリン』は正直固まるだろうから先輩『騎士』としての判断か。
「髪も切りたいのだが……」
「それでは近衛騎士の件も、騎士学校の件も無効となりますわ」
「……なのだ。口調もその条件の一つでもある」
「……あなたも大変なのね」
「ちょ、ちょっとだけ同情したわ。『ですわ』って公爵様の命なのね……」
公爵曰く『父上』ではなく『お父様』、『だである』『ですます』ではなく、『ですわ、ですの』と娘には言われたいらしい……らしい……。
「確かに王女殿下はその口調ね、終始」
「まあ、王族の姫のイメージという物がある。アリーのような口調でも問題ないのだが、父は……まあより『姫』っぽいのが理想なのだそうだ」
「……絶対に王様にしてはいけないわね」
「娘である私も思う。公爵なら問題ないが、国王の器ではない!」
娘にダメ出しされる時点で、可愛い公爵なのだと彼女は思う事にした。
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