第220話-2 彼女は公爵令嬢と前伯に相談をする

 夕食を早々に終え、革鎧の下に魔装胴衣を装備し、革の手袋の下には魔装手袋を装備する。革の兜の下は魔装布のキャップを被る。


『何だか本格的だな』

「今後の為にいろいろ試しておきたいのよ。潜入するにしても、一見普通の冒険者なり騎士の姿に見える装備にしたいの」

『普通のシスターもあり得るな。いや、聖女様か……』

「……嫌なことを思い出してしまったわね。無しヨそれは」


 シスター姿の下でも魔装布で完全防備は可能だろうが、動きにくい僧衣を着用して討伐はこなしたくない。


「準備は出来た?」

「ええ。バスタードソードの遣い手と対戦するのは初めてなのだけれど、何か注意すべきことは有るかしら?」


 対人戦、特に騎士と言われる存在と剣で相対するのはあまり経験がない。特に両手剣に関してはだ。


「そうね、両手で斬りつける時と、片手で突いて来る時で間合いが大きく変わるじゃない? その辺りの見極めかしらね」

「ありがとう。参考にするわ」

「あー でも関係ないだろうね……あなたの場合」


 実戦なら全力で封じ込めるのだが、手合わせでそれをするのは問題だろう。目的は勝ち負けではなく、片手半剣に慣れる事なのだから。





 室内練習場は食堂や寮と離れた場所にあり、カトリナは教官の特別許可を取って使用する事にしたようだ。別棟の使用と言い、王族特権なのだろうか。


「さて、準備は良いだろうか」

「いつでもどうぞ」


 既に簡素な鎧を身に着けバスタードソードを持ったカトリナがカミラと共に練習場に待ち構えていた。


「ルールは模擬戦並で。首から下、膝から上で」

「寸止めでいいか。身体強化あり、魔力纏い無しで」

「直接攻撃しない魔術は可にしてもらるかしら」

「ふふ、無論だ。少々楽しみだな!!」


 彼女は魔銀のスクラマサクスを持ち構える。本来ならバルディッシュを出すべきなのだろうが、慣らしの意味で片手剣を出す。


「……随分と古式ゆかしい剣を用いるのだな」

「これが私の最初の剣。素材採取に赴くのに、山刀代わりになるものをあなたも行ったことのあるギルドお勧め武具屋で購入したのよ」

「なるほどな。いや、出入りの武器商人はどうしても騎士や傭兵の対人戦闘向けの武具ばかりでな。魔物の相手や冒険者の依頼を考えると、やはり、武器商人とは異なる店が良いのかもしれんな」


 古臭いと馬鹿にされるかと思ったのだが、カトリナはむしろ冒険者としての装備に納得したようだ。


「その剣で騎士の実習もこなすつもりなのか?」

「ええ。魔物ならこの方が便利なのよ。斬撃は……ほら……」


 彼女は魔力纏いで攻撃するのは反則なので、その斬撃を伸ばす攻撃を見せるだけに留めた。


「……」

「ふふ、この剣だけでも魔力の操練さえ十分なら、オーガでもドラゴンでも狩って見せるわよ」

「ああ、なるほど。つまり、そう言う事なのだな。魔力量と魔力の操練、その組み合わせがアリーをアリー足らしめているということだ。だが、今の私には、この剣に頼るしかない段階だな」

「私にはその剣が振れないし、そんな目立つ物を持って活動も出来ないわね。これなら、護身用の剣で旅に使える山刀とでも言えば、おかしくないもの」


 話をそこそこに、彼女は身体強化を使い、ある程度力をこめて片手半剣バスタード・ソードを構えるカトリナに打ち掛かる。


「ぐうぅ!!」

「どう、このくらいなら問題なく受けられるかしら」

「はっ、流石、辺境伯様と対等に切り結ぶだけの事は有るな!! 私も本気で……斬らせてもらう!!」


 片手半剣を両手で握りしめると上下左右に剣先を切り返しながら、彼女に次々と斬撃を振り下ろし振り上げる。剣を構えながら、剣を当てずに、体を躱すだけで斬撃をしのぐ彼女に、次第に苛立ちを高めるカトリナ嬢である。


「はっ、最初だけなのか!!」

「いいえ、少し動いた方が剣が馴染むでしょう。それに、空振りって意外と体力削るのよね」

「それが目的か。だが、この程度の空振りで息が……息……ではないな……」

「魔力が疎らになってきたようね」


 身体強化をし続けると、魔力は急速に消費されていく。身体強化を入り切りしながら、先を読んで体を動かし魔力を使っていかねば、あっと今に魔力が損なわれてしまう。


 また、潜在的に魔力量の多いカトリナは、使った分だけ魔力が沸き上がって来るのだが、その場所が偏ってしまうのである。使う場所が局所であり、魔力は全身からじんわりと滲みだしてくる。イメージでいえば、『冷えノボセ』のような魔力の偏りによる体調不良が襲うのである。


「なっ、こんな簡単に……」

「ええ。これが命のやり取りのある場合なら、あなたのその症状はもっと激しくなるわね。今まで、余裕をもって対峙してきたから明確になっていなかったけれど、魔力量が多いゆえに、本来は枯渇して終わるところが補充され、結果、魔力の必要な場所に魔力が循環していない状態になる……というのがあなたの今の状態を説明した内容ね」


 魔力の操練というものは、あるものを精密に効率よく使うだけでなく、消費した物を効率よく補充し、体に満遍なく魔力を纏わせることも意味する。剣技は剣技、魔術は魔術と教科書的に教わってきた公爵令嬢にとって、身体強化や魔力纏い、気配隠蔽など魔力の同時複数消費を行いつつ、全身に魔力を満遍なく通わせるという課題は与えられることは無かった。


 騎士は剣術、魔術は魔術師が教えるものであり、魔力を用いて効率よく剣技を繰り出すという練習はその中に含まれていなかったからである。


「……そうか……」

「死なない為に、自分の能力を生かす為に、組み合わせて尚且つ状況に合わせて柔軟に運用できなければ宝の持ち腐れになるのよ。騎士は魔術を用いないし、魔術師は剣技を用いない。だから、教えることはできなかったでしょうし、教わる事も出来なかったのね」

「だがしかし、それが戦場の剣……とでも言えばいいのか」


 彼女やリリアル生たちは戦場に立った事はないが、命のやり取りという意味であれば、彼らの討伐依頼は『戦場』に立たされていると言えるだろう。


「そうね。多分そうなのだと思うわ。こんなもの、学校では教えられないから仕方ないのだけれど、前伯様や魔力を纏える高位の騎士や冒険者は当然のように熟すわね。魔力が無くても『赤』等級までは何とかなるそうよ。その上の『青』や『紫』は魔力を効率よく纏えなければ依頼にこたえられない相手となる。ゴットフリートは『赤』より上の魔物に相当するでしょうから、魔力の効率よい纏い方を身に着けることは必須ね」


 魔力が安定しなくなった故に、今日の鍛錬はこれにて終了となった。


「あ、明日も立ち会ってもらえるだろうか」

「明日は、私ではなく『はいはい、明日は剣盾使いが相手をしてあげるわ!!』……ね」

「そ、そうか、よろしく頼む」

「……カトリナ様、剣をお預かりします」

「ふむ、すまんな。少々……疲れたようだ。そ、それでは今日はこれで」


 四人は「ごきげんよう」と部屋に戻ることにした。





 彼女と伯姪はシャワーを浴び、明日の立ち合いについての話をしてから寝る事にした。とは言え、先ずは、魔力を使い戦い続ける練習を続ける事が先決のようなのだが。


「身体強化に気配隠蔽に魔力纏い、それに、あなたたちは結界まで形成するじゃない? 良く魔力が持つわよね」

「それは、コツがあるの。一定の魔力を出し続ける練習を継続してするのよ。イメージは大きな声を出すのではなく、一定の声量で長い時間声を出す練習に近いわね」

「なるほどね。それを枝分かれさせながら、いくつも短い時間で発動させていくわけね」

「ええ。一定なら突然、魔力が体の一部から失われて斑になることはないでしょう? 魔力を『力』と同じように認識して筋肉を使うように使用すれば、その部分だけ魔力が枯渇してカトリナのようになるのよ」


 さて、最初から答えを教えるのではなく、自分で気が付くことを彼女は公爵令嬢に求めているのである。考えてみたら、分かる事だろう。公爵令嬢は優秀であるし、魔力が斑にならないようにするに何をすればよいかは自ずと答えが出てくるだろう。


 それに、『オーガ』との戦いが持久戦になるのであるとすれば、魔力を一定に保つ訓練が最優先の課題になるだろうことは明白なのだ。




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