第215話-2 彼女は公爵令嬢と討伐報告を行う

 ギルマスを連れて戻ってきた受付嬢が、素材の引き渡しカウンターへと四人をいざなう。


 先ずは、ゴブリンシャーマン。人骨を用いた装身具を身に着けているのだが、頭を叩き潰されている死体である。


「これは、誰が」

「私です。鎚矛を用いて喉を刺突し、詠唱できないようにしてからピックで頭を叩き潰しています」

「……見事だな。中級、いや、上級に近い正確な打撃だ……」

「恐れ入ります」


 上位の冒険者の場合、道具を選んでいるので単純な太刀筋のようなものでダメージは測れない。身体強化に魔力纏いは重ねて使用されているし、武具も相応の業物を使う。並の鎚矛ベク・ド・コルバン の一撃で仕留めるというのは相当の腕なのだとギルマスは評価した。


「次に、これです」

「おお、ファイターとしては少々大きいな。小チャンピオンというくらいのレベルかもしれんな。これは……」

「ふむ、私だ。一対一で剣で倒した。最初に前腕を傷つけ、腕を持ち替えたタイミングで脇腹を裂き、前のめりになったところで首の後ろを斬り裂き、後頭部を叩き潰した」

「……これも中々だが……剣を見せてもらえるか?」


 実際、アリーや伯姪の斬撃特化の剣と、片手剣とは言えそこまでの性能のないワルーン・ブレードでは切り口が異なる。


「確かに、この剣で斬った痕だ。この剣で良く討伐できたもんだな」

「時間をかけたが、それほどの強さでもなかったと思うぞ。腕力は兎も角、力任せにメイスを振りまわすだけしか能のない所詮はゴブリンであったぞ」

「……昇格の手続きをしてくるので、しばらく待ってもらえるか?」


 二人は換金の手続きと昇格の手続きの為に、しばらく飲食スペースで時間を潰す必要が生まれた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 カリナは……飲みたい物があるのだという。


「エールだな!!」

「エールでございますか……」

「冒険者と言えば……エールよね!!」

「では、昇格の前祝という事で四人で乾杯しましょう」

「杯を乾すと書いて乾杯!!」

「別に、乾さなくていいわよ。何かつまみも頼みましょうか」

「なら、腸詰を頂こうか」


 昼から何も食べていない四人はとてもお腹が空いていた。ギルドに併設されている食堂は庶民向けのものであり、全員貴族の令嬢であるメンバーが食べなれているものとは大いに異なるが、「一度食べてみたかったのだ!」とカリナが強く宣言したので、注文する事にしたのだ。


 しばらくして、パリパリと音がするほどに焼かれたソーセージと木製の桶の様なグラスに注がれたエールが持ち込まれた。


「む、木桶か」

「なんなら、靴だって庶民は木製よ」

「スプーンなんかもそうね」

「そうか。これが庶民の生活か……面白い」


 確かに、王女殿下がここに足を運んだなら、珍しいものだらけに見えるだろう。冒険者カリナは公女カトリナでもあるのだから、その視線は近い高さである。騎士学校の食堂も利用しない彼女にとっては、初めての経験なのだ。


「このエールも、ほのかに甘みがあって悪くない。ワインよりも飲みやすいかもしれないな」

「場所によっては生水が飲めないから、麦と水を発酵させて飲まないといけないのよ。まあ煮沸でもいいのだろうけれど、薪も大変だしね」


 ホップを加えたものがネデル辺りでは普及しているのだが、それは高級品。庶民は、ハーブや麦汁を加えたものを「エール」として飲み続けている。パンとワインならぬ、エールのみに生きるにあらずなのである。


 蜂蜜酒の扱いもあるが、少々お高いのと、貴族の令嬢が飲むには味が今一……庶民なので今回は避ける事にした。


「ふぅ、一仕事終えた感じがするぞ」

「昇格すると良いけどね。薄黒等級に」

「……二階級特進か」

「そもそも、冒険者の実績と実力は乖離している事も有り得るから、自己申告では無く実績主義なのよ。私は、薬師を経験して素材をギルドに納品していたから、最初から少し下駄を履かせてもらっていたもの」

「なるほど。それで、今回の討伐を仕組んだわけですね」


 少々棘のあるミラの言葉だが、安全を確保した上で、実力に相応しい討伐内容であったと彼女は考えている。


「そう不機嫌な顔をするなミラ。アリーもメイも私たちの実力を見越した討伐であっただろう。正直、半年で薄黄など、それこそ海賊でも討伐しなければ成立しない等級の昇格だ。それに、私たちは騎士学校在学中に並行してそれを達成しようとしている。

 つまり、『冒険をせねば、何も得ることはできない』という警句の通りではないか」

「……淑女には無用な考えですわカリナ様」

「ふむ、そうとも限らんぞ。目の前に、それを手にした同時代人がいるではないか」


 カリナの視線を受け、ミラと伯姪が彼女をジッと見る。


「良ければ譲りたいくらいなのだけれど、あなたの立場も大変そうですもの。それは、言わないでおくわ」

「そうだな。高位貴族には高位貴族の、そうではない貴族にはそうではない貴族の苦労という物はある。それでも、羨ましいと思わないわけではない。いや、憧れる……に近いやもしれぬ」

「……憧れ?」


 彼女はそれをどう受け止めていいかなんとも言えない。それは、十五歳という異例な若さと子爵家の次女という中途半端な貴族の子弟としては異例の厚遇を受けていると自負はしている。


 とは言え、それ以上の労苦は引き受けているつもりだ。嫌ではない、楽しく無いわけではないが、背負うものが増えていくことを素直には喜べない。


「いや、今日も思ったのだが、いいなリリアルは」

「お褒めに預かり恐縮です」

「ほんと、居心地良いんだあの学院は。まあ、お腹いっぱいご飯が食べられて幸せ☆ みたいなところがあるからね、あの子たちは」

「きちんと課題を積み上げてくれるところは素晴らしいわ。先は長いし、後に続く者も増えていくのだろうけれどね」


 孤児院の子供の受け皿として実験的に始めたリリアル学院だが、その影響は広がっている。王都から、さらに王領全体……王国全体になんてことにならないことを心から祈りたい。


「結局、騎士学校でも仕事が増えているだけじゃない……」

「あれ、珍しく愚痴るわね」

「ふふ、いいじゃない。黙っていたら更に仕事が増えそうですもの」

「そうか。では、依頼を早々に完了させて、二人には騎士学校に専念して貰わねばな」


 カリナ……カトリナ嬢の依頼のせいで、騎士学校・学院・依頼と重なり、休みなしが続いているので、次の『オーガ討伐』で依頼を完了させたい。




 三十分ほどたち、昇格と今後についての相談……ということで、ギルマスの執務室に呼ばれることになった。上手くいけば、あと一回の遠征で、依頼人二人の昇格達成となり、依頼完了させられるかもしれない。


「さて、ギルマスと駆け引きしましょうか」

「良いわね。向こうが喜ぶような内容で話を持っていけば……簡単に認めるでしょう。あなたと二人のパーティーですもの」


 恐らくは名前付きネームドの魔物討伐となるであろうオーガの存在を開示し、彼女は二人と引き受けるつもりなのである。



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