第209話-2 彼女は公爵令嬢の冒険者登録に立ち会う

「久しぶりですねアリー。何か早急に必要なものでもありますか?」


 いつもの店員が挨拶してくる。カトリナ改め新人冒険者の「カリナ」と、カミラ改め「ミラ」の二人の装備を見繕う依頼を受けていると説明する。


「……なるほど。では、ある程度しっかりした物で考えましょう。既成が合わなければオーダーも出来ますから。まずは、お試しください」


 店員は慣れたもので、「わけあり依頼人の冒険者=貴族のお忍び」と察してくれたようである。


「手持ちの武具ではダメなのだろうか?」

「……その持ち物は『騎士』の装備であって冒険者の物ではありません」

「何が違うのだ?」


 拵えの豪華さは勿論そうなのだが、用途がかなり違うのだ。


「例えば、そのレイピアですが、魔物相手だとマッチングが良くありませんね」


 剣としてはバスタードソードほどもある。更に、鎧を刺突し損なっても折れないように撓る細剣だ。魔物と距離を取りたい、突き放したいときに撓っては困る。また、至近距離で扱う事を考えると、片手で扱えるロングソードを用いる方が良い。また、サブ・ウエポンであるダガーも実用的なものでなければならない。


「剣は武器であると同時に身分を示す物でもあります。故に、冒険者には冒険者の装備をお勧めするわけです」

「目立ってはいけない……ということだな」

「はい。それと、丈夫で汎用性が高く入手が容易なものでなければなりません。言い換えれば『騎士』ではなく『兵士』の装備という事です」

「……なるほど。確かにその通りだな」


 常備軍の兵士も魔物狩りや必要であれば素材採取もする。常勤の兵士か、臨時雇いの冒険者の違いであるとカトリナ嬢は理解したようである。





 先ずは、衣装を整えてもらうところから始まる。今の「いかにも貴族の女性が男装しています☆」という高位の従者の姿ではかえって目立っているし、そもそも従者の衣装は礼装の一種であり兵士の作業着ではない。


「この辺りのキルティング・アーマーがお勧めですね。外側は麻と羊毛合わせ織。中身は綿めん綿わたが入っている高級品です」


 普通は毛の短い織物に適さない羊毛屑をある程度熱して球にしたものを縫いこんでいるのだが、中が綿綿めんわたなのは高級品だろう。


「見た目は普通で、中は高級なものも扱ってるんですよアリー」


『お忍び貴族』と理解した上でのお奨めなのだろう。女性向けのカッティングを採用している仕様もあるとか。この辺りも、男装で遠乗りや狩猟に参加する貴族の女性ニーズを踏まえている品揃えだという。


「品揃え変わりましたでしょうか」

「ええ。貴族の女性が旅用に求める人が増えています。あなたの影響でしょうね」


 思い当たる節が多すぎる。芝居衣装の感覚で武具屋を訪れる貴族女性が増えているという事なのだろう。


「なので、防具としての質は確かですよ。価格もそれなりですけれど」


 彼女たちが初心者装備として手に入れたそれの十倍はする。一揃いで金貨数枚はするかもしれない。


「勿論、普通のラインでも出しているのですが、女性用はローブタイプのワンピースとアンダーコートくらいになるんです。まあ、男性用でも流用できますけれど、体のラインが違うので、貴族の女性には好まれません」


 どうせ彼女は少年サイズでピッタリオーダー・メイド状態である。不満は特にない。無いと言ったら無いのである。





 キルティング風の腰下まである上着に七分丈のズボンを合わせ、革の胸鎧に厚手の革の手袋。革製の脛まであるブーツをそれに合わせる。


「その靴は重たいですけれど、脚鎧の代わりになるので慣れるまで良く履き込んで貰います。最初はストッキングを重ねるか厚手の物を使ってください」

「徒歩で活動するのに、履物は大事だからな。心得た」


 カリナは盾を装備したいというので、バックラーではなく『タージェ』もしくはターゲット・シールドと呼ばれる30㎝ほどの円形の盾を購入した。バックラーがシールドボスを握るスタイルなのに対し、盾の裏のバンドを握るもしくは、そのバンドに腕や腰のホルダーに引っ掛けて持ち運ぶ装備でもある。


「盾が無いのは心許ないのでな」

「使わずに済む戦い方を身に着けることをお勧めしますね」

「ふ、そうか。まあ、追々だな」


 まさか、盾に紋章とか入れないでしょうね? 


 サブ・ウエポンのダガーはバゼラードタイプの普及品を購入。というか、公爵家の備品であるそうだが……


「紋章が入っているので駄目だな」


 ということである。いや、身分を示す物としてその程度持っておくのは悪い事ではないだろう。依頼終了後には提言するつもりで彼女は考えた。


「問題は剣をどのようなものにするかですけれど。片手剣で騎乗にも使える護拳のしっかりした物というと、どのあたりでしょうか」

「そうですね、最近入りだしたのは……」


 ショートソードのサイズの新しい剣があるのだという。元々、ショートソードは百年戦争時の下馬戦闘で騎士が装備する為の片手剣でもあったのだが、冒険者としては、少し反りがある剣が好ましいのだ。


「南ネデルの辺りの装備です。ワルーンブレードと言います」


 サイズはショートソードと同程度の70㎝ほどの長さの直剣なのだが、先端の返しの部分以外に背の部分には刃が付いていないので「ブレード」と呼ばれるのであろう。護拳がしっかりと装備されており、柄頭の突起や、護拳の上に突出しているサム・ボールと呼ばれる護拳の返しも打突に向いた工夫だ。


 つまり、歩兵が装備し、白兵になった時に剣の柄やグリップで殴れるように工夫が施されていると考えれば良いだろうか。


「これは……」

「あなたも受けたでしょう? 護拳で競り合いになったら殴るんですよ」

「おお、歩兵である冒険者なら当然想定すべきことだな。泥臭いところが実にいい」

「……」


 別に、敢えて泥臭い真似を求めているわけではないのだが、とは言え、サイズと拵えは問題ない実用品と思える。


「価格は……安いな」


 銀貨数枚の値段設定なのだが、駈出し冒険者なら半月分の生活費だが、公爵令嬢にすれば茶菓子の値段である。


「ではこれと……」

「皮の頭巾とローブかマントも購入してください」

「おお、確かに。変装には必要なものであるな」

「……変装ではありませんけれどね……」


 冒険者の姿に公爵令嬢が着替える事自体、既に変装レベルなのだが、彼女はあえて口にはしない。





 一通り購入すると、「騎士学校まで届けてもらえるか。アリー宛で構わない。支払はギュイエ公爵家に頼む」と爽やかに告げるカリナの声に、一瞬顔が硬直する顔なじみの店員。


「……ご迷惑をおかけしました……」

「いいえ。納品の際に、商品カタログをお持ちします。品番とサイズだけお知らせ頂ければ、お届けすることも可能です」

「新しいサービスですね」

「ええ。何か工夫しろということで、固定客の方には商品を何度も購入する為に足を運んでいただかなくても注文していただけるようにしました」

「む、実物を見て色々話を聞きたいのだが……」

「それはもちろん大歓迎でございます。ですが、同じものをもう一つ……という事でしたら、納品伝票の記号で管理できますので品番を仰っていただければ、間違いございませんので。カタログの最後には注文票もついております」


 と、とても至れり尽くせりのサービスなのである。


 パラパラとめくるカリナを横目に、「リリアルと騎士学校にも一部ずつ届けて下さい」とお願いし、彼女は買い物を終わらせることになった。カリナが「冒険者の衣装で帰宅する」と言い張ったのだが、絶拒の対応をする。公爵閣下から睨まれるのはミラと彼女なのである。


「お、そういえば、このカタログのポーションにリリアル謹製というブランドがあるな。これは、アリーのアイデアか」


 と聞かれたので、「姉です」と答えたところ「流石だな!!」といたく感心されたのだが、それは喜べるのだろうか彼女は疑問である。




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