第210話-1 彼女は公爵令嬢と素材採取に向かう
翌週、必死に『気配隠蔽』の特訓を繰り返したカトリナは水曜日の夜にドヤ顔で「できたぞ!!」と二人を御茶会に呼びつけ言い放った。
「出来ないと素材採取中止なだけだから」
「そ、それは困ると思ってだな、頑張ったのだ」
「存在感がありすぎるというのも、良し悪しね」
「褒めても何も出さんぞ」
とそれまでのシオシオから完全復活の御令嬢である。
「宿題は終えましたか」
「ああ。薬草は公爵家お抱えの錬金術師に聞いた。まあ、こんな感じだ……」
特徴を調べた内容についてとくとくと説明する。
「何か問題があるか?」
「いいえ。調べる手段は千差万別です。素材の採取依頼をした当人、もしくは常時依頼ならギルドの受付でも情報はもらえます。錬金術師や薬師も当然一般情報は持っていますが、『ご当地』と考えると、ギルドか依頼人に直接確認する方が良い事もあります」
「そうか。なら合格で良いな」
コネも金もあるに越した事はない。身分のあるものはそれだけ簡単に情報を手に入れることができる。初心者の冒険者にとってはそれなりの壁になる情報も、公爵令嬢からすればどうという事もないのだ。
「これに何の意味があったのだ?」
「立場が違えば、お抱え錬金術師に問う……等という事はできません。どのレベルの人間が問うかで、答えが変わることもあります」
「そうか。なら、下の者に頼むときは注意するとしよう」
高位の貴族の経験しかない場合、下の人間がなぜできないのかに思いいたらないことも多い。その事を指摘したかったまでである。
「では、週末は楽しみにしている」
「今週は私も付き合うわ!」
「ランチはいかがしましょうか?」
素材採取は恐らく一日仕事となるだろう。
「軽食を自分たちの分は用意してもらいましょうか」
「承知した。簡単なパンと摘まむものとお茶で良いか」
「承知しました」
カリナが承知する。恐らくは、魔法袋にテーブルセットくらいは入れてくると彼女は予想している。二人とも魔力は彼女ほどではないがそれなりに多い。魔法袋に荷物をそれなりに収納することは苦にならないだろう。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
さて、土曜日、二人は兎馬車で依頼人たちを迎えに行く。今回は、リリアル生があまり行かない、騎士学校から南に降り『ワスティンの森』へと向かう。
正直、王都近郊では魔物が既に見かけなくなりつつあり、恐らくは旧都と王都を繋ぐ旧街道辺りでないと遭遇できないと彼女は考えていた。魔物を討伐させる気満々である。
「兎馬車か……珍しいな」
「庶民は馬より兎馬を好みますね。家畜としては扱いやすいので」
「なるほど。冒険者も馬車で移動するのは高位の者だけという事だな」
カリナの実家の経済力からすれば、黒塗り高級馬車で移動も可能だろうが、薬草採取に行くには少々豪華すぎる。そして……目立つ。紋章無しのお忍び仕様もあるだろうが、どう考えても多数の護衛がつくとしか思えない。
「装備は一通り試してみましたか」
「うむ、私もミラも問題なかったな。剣もなかなか扱いやすく良い作りだ」
「いいわねそのブレード。まあ、私の剣には負けるけど」
伯姪の剣は摺り上げて短くし、護拳を交換したミスリル製の物でもある。量産品とは比較にならない。
「騎士学校の剣もこの手のに変えて欲しい気もするね」
「自分で購入する分には問題ないのではないかしら。貸与品でなければという規則は無いわ」
「なら、演習に出るときは、それを購入しようかな!」
騎士爵様は男爵と異なり、全額ポケットマネー故に財布のひもが緩いのだ。
古の帝国時代、王都発祥の地には今だ都市はなく、この地域は現在の王都周辺を含めて「人跡稀な」という意味である「ワスティン」と呼ばれる地域であったという。その名称が固有名詞となり、旧都を流れる川の水源の一つでもあり、いまだ開発の進まない丘陵地域としてこの森は人があまり近づかないとされる場所でもある。
ルナル城と呼ばれる中規模の城塞が百年戦争以前は拠点として管理されていたのだが、現在は放棄されているという。兵士百六十人を含む約五百人を居住させる城塞であったと言われているが、王国の統治が安定するとその価値を失った。
旧都と王都の街道からも外れ、シャンパーとも方角が異なるこの辺りは、文字通り「人跡稀な」地域に戻っているのだ。
現在、王都と旧都を結ぶ運河の建設計画では、この森を抜ける予定であり、その結果、今は廃れている人の流れも活発になるかもしれない。
「つまり、レンヌから旧都を通ってこの森に運河を通して王都に向けて船が移動出来るようにするという事なのだ」
「へぇ、じゃあ今までよりレンヌからの物流も増えるわけね」
「なら、ギュイエ領からの商材も王都で増えるかもしれないわね」
「勿論だ。父が最近王都で活動している理由の一つでもある。我ギュイエ領が生み出すワインは世界一ぃぃぃ!!! だからな」
「そう。シャンパーのワインの方が私は好きだわ」
渋いワインより、爽やかなワインを彼女が好むのは、濃い味の料理が苦手であるからだろうか。北方では味の濃い料理は多いので、ボルデュのワインはアウトだと彼女は考えている。
「ふむ、やはり飲み慣れたものが美味しく感じるのであろう。今後、王都でボルデュワインが気軽に楽しむことができるようになれば、その妄言も変わるだろう」
「内海料理にはフレッシュなワインが合うから、私も好きではないわねボルデュ」
「料理に合わせて酒を選ぶのは当然だ。まあ、それは認めよう」
王都圏の経済力は大きく、連合王国と神国の関係が悪化すればするほど、海峡を通過する物流は困難となる。海峡を通らず、王都に運び込める運河の建設は王都にもギュイエ領にもメリットがある。
「でもさ……」
「ええ。ルーン益々干上がるわね」
残念ながら、その通りであろう。
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