第206話-2 彼女は公爵令嬢に学院の見学を所望される

 翌日、午前中の座学を終えると、午後は二人一組となり、練成の時間となる。昨日学んだ、魔物と長柄武器の利用を組合せた訓練メニューであり、兵士の鍛錬の為の下敷きでもある。近衛にはあまり関係ない気もするが、魔物相手なら必要な知識でもある。


「一人が剣と盾、一人が槍の代わりにクウォータースタッフを持て。どちらが担当するかは話し合って決めろ!!」


 彼女がスタッフ、伯姪が剣と盾なのは日頃の用法からでもある。今回、教官は三名で、魔物の役を演じる。兜に胸鎧を付け、ハーフプレートの仕様にしていると思われる。


「ゴブリンにしては少々いかついが、教官三人が相手をする。時間は三分、その間に守り切れば合格。倒しても構わないが、互いに身体強化だけ許可する」

「教官も身体強化したら、魔力ない場合勝てませんよ~」

「なに、魔力は有限だ。ここ一番でしか教官も使えない。魔力が豊富な生徒から始めるから、後半は魔力切れで普通の相手だ。心配するな」


 なるほど、その為の鎧かと彼女は納得する。


「最初は……魔物が得意な二人に模範を見せてもらおうか」

「……承知しました」

「任せておきなさい!!」


 伯姪は当然、護拳付き、盾はバックラータイプの物を選んでいる。剣と盾では無く、拳と拳としか思えない。





 彼女たちは「気配隠蔽」「身体強化」「魔力纏い」を揃えた状態でないと討伐には参加させない。そのうち二つは最低限同時発動が条件である。但し、隠蔽を掛けたまま、身体強化か魔力纏いを発動すれば並の魔物は容易に討伐できるので、それほど難易度は高くない。


 言い換えるなら、隠蔽無しの正面からの討伐は忌避すべき内容なのである。


 彼女がスタッフを中段に構え前衛、その後方の伯姪が剣と盾を構えて合図を待っている。教官サイドは全員が片手の両刃の直剣。騎士が携行するロングソードのみで盾は持っていない。


「始め!!」


 構えのままスルスルと歩を進める彼女は、一瞬にして間合いを詰めるとその構えたスタッフの先端を中央の教官に胸に叩きつける。一瞬見失った教官はそのまま後ろに吹き飛び、返すスタッフでそのまま掬い上げるように逆しの字型にスタッフを操り、斬りおりす教官の柄に叩きつけ剣を跳ね上げる。


「もらった!!」


 三人目の教官が、彼女のがら空きの背中に剣を振り下ろすところを、その背後から一瞬で踏み込んできた伯姪のバックラーを構えた左の直突きで吹き飛ばされる。


 三人とも昏倒させ、二人の勝利となる。


「相変わらず長物が得意よねあなたは」

「ふふ、あなたこそバックラーで殴らせたら、王国一の腕前かもしれないわね」

「あんまりカッコよくないよね……それ」


 いつもの魔物討伐の動きなのだが、何だか観客の様子がおかしい。


「た、たいしたことありませんわ!!」


 カトリナ嬢の反応曰く、躊躇なく教官を叩き伏せたのがお気に召さないらしい。え、ゴブリンは皆殺しだ!! じゃないですか、嫌だな~。


「一対三くらいは普通に討伐中はありえるわよね」

「あなたの場合、何対一でも関係ないじゃない。どうせ、相手は殺されるまで気が付かないんだから」

「……隠蔽……」


 彼女たちの場合、優位な態勢を隠蔽を活用して展開した後、同時多発で攻撃を開始し、あらゆる手段で敵を殲滅する……スタイルである。故に、二対三で隠蔽無しの条件では、そもそも討伐自体を行わない。


 とは言え、状況によっては陽動を行う事もあるので、その場合はこんな展開となり、他のメンバーの為に敵を釣り出すことが多い。


「さ、流石に場数を踏んだペアだな……」

「……光栄です……」


 伯姪と彼女は、最近部隊長を行っているので、以前ほど組むことはない。しかしながら、お互いの技量と何を行いたいかが分かっているので、彼女は伯姪のやりたいバックラー直突きが出せるタイミングを演出したのである。


「バックラーで殴るのはありなのか?」

「噛みつく種類の魔物なら、剣より盾のボスの部分で殴り倒して首を刎ねるとか有効なのよね」

「最近、その手の魔物と向かい合う事もあったので、影響ですね」

「「「……噛みつかれる……」」」


 グールはゴブリンと似ている面もある。知能は低いし、武器も大して扱えないが、本能的に襲い掛かるし、複数同時に襲いかかる。さらに、アンデッドなので生身の魔物のように多少傷つけても反撃で大けがする可能性がある。


 足を斬り落として引き倒した後、首を刎ねるか頭を叩き潰す必要がある。二人の動きは、その前提を踏まえていると言えようか。


「では、次!!」


 近衛と騎士団とが交互に対戦することになるようである。


 


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 一対一の訓練ならともかく、多数対多数という実戦形式の訓練はあまりおこなわれていないようで、かなり混乱する様子である。特に、近衛は剣筋も今一であるし、コンビネーション自体成立しておらず、一対一と一対二を容易に作られると、あっと間に倒され一対三となる組が多かった。


「硬い皮膚より早い足という言葉もあるわ」

「なるほどね。私、当たらなければどうという事は無い……という言葉が好きよ」

「あなたらしいわね」


 ニース辺境騎士団はジジマッチョの影響と、船上での軽装での斬り合いや偽装山賊兵との山岳戦が少なくないため、躱す、先制するという点を重視している。多数と無作為に斬り合うならば、常に動き、相手の動きを止めることを考えて切り結んでいる。騎士の剣は、鎧の硬さを前提とした動きを伴わない力任せの剣であり、一対多数の状況でも容易に切り伏せられない事を頼りに剣を振り回す傾向がある。


「それは、泥沼に足を取られて槍でつき伏せられたり、フレイルやメイスで叩き殺されるわよね」

「まるで、猪狩りね。そう考えると」


 その昔、猪の群れを相手に散々に狩った方法を思い出す。群れから挑発し釣り出し、三方から包囲しての滅多打ち。確かに、猪狩りの要領である。


「騎士団はまあまあね」

「経験がある程度あるでしょうし、盗賊団相手だって互いの背後を護りあうペアは必要ですもの」

「個人の武勇に頼らない分、冒険者に近い動きね」


 冒険者は数人でパーティーを組み、それに倍する敵と遭遇しても切り抜ける必要がある。戦場で戦う敵が目の前だけとは限らないという状況を作らない前提の『騎士』から見れば、対応できないのは『戦史』で学んだ事でもある。


「側面、後背を攻められないようにする」

「秩序を保ち、隊列を崩さない」

「指揮官は先頭に立ち、士気を鼓舞する」

「「リリアルの討伐そのものじゃない」」


 ついでに加えるなら、飛び道具を使う(弓だけでなく魔術や銃なども)事や常に予備を確保しフォローをすること等も加味されている。


「安全に勝つための準備としては当然ね」

「一か八かに賭けたい『ゲーム』感覚ではありえない発想ね」


 魔物相手に命乞いや身代金は意味がない。確実に倒す為には条件を整える工夫は欠かせないのだ。





 最後はカトリナ様とその従者の組み合わせとなる。教官はお疲れ気味なのか……


「アリーとメイ、替われ」


 無責任極まりない言動である。何それ、おかしいよね。同じ数じゃない。


「教官、二対二では意図と異なる内容ではありませんか」

「なら、三人にしてくれ。出来るだろ?」


 教官は暗に、彼女に魔力飛ばしを使って牽制する許可を与えたことになる。だがしかし、正直面倒である。


「おぉー ほっほ。 アリー 私(あてくし)が恐ろしくなければ尋常に勝負しなさい!!」


 ほら、始まった。役作りお疲れ様ですカトリナ様。カトリナはレイピア、カミラはスタッフを装備する。こちらは、最初と同様の組み合わせ。


「カトリナ様をお願い」

「OK! カミラの方が腕は上でしょうね。あなたに任せるわ」

「牽制を入れるから、隙を見つけて倒してちょうだい。こちらは千日手狙いでお互い手の内を見せない方向で行くわ」

「了解!!」


 公爵令嬢の側近が、並の女騎士な訳はない。体術や暗殺術のようなものが使える可能性も高い。とはいえ、衆人環視の中で背中は見せないだろうが、主人と切り離して、主人が追い詰められれば何か動きがみられるかもしれない。カトリナは何もないかもしれないが、ギュイエ公爵家が何もないとは限らない。


「さて、始めましょうか」

「用意は良いか!」

「アリー 今日こそ勝負を付けさせてもらいますわよ!!」


 いやいや、あなたの相手は私ではないと彼女は内心思うが、それは声に出さない。


「始め!!」


 彼女は前に詰めると、スタッフを持ったカミラとバインド状態に持ち込む。スタッフ同士で押し合う局面をわざと作り出す。


「もらいましたわ!!」

「相手してちょうだい!! カトリナ!!」


 護拳を激しく叩きつける伯姪に脇腹を殴られ「ぐへっ」と公爵令嬢にあるまじき音を発してしまうカトリナであった。





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