第206話-1 彼女は公爵令嬢に学院の見学を所望される

「アリー! あなたモフモフを独り占めするのはけしからんことだと思わないか!!」


 ん? カトリナから再び呼び出しを受けた彼女たちが何事かと思い、ギュイエ公爵令嬢の別棟に夕食後顔を出すと、顔を見るなりカトリナ嬢が放ったセリフに二人は硬直した。


「モフモフ?」

「何を仰っているのですか、カトリナ様」


 カミラも顔色が悪い。どうやら、側近侍女には立会を所望すると言っていたのだそうで、初めて主の話が違うと気が付いたというのである。


「し、白い熊さんと知り合いで、尚且つお話が出来て子熊に変化するとは……」

「それは、知り合いの従魔ですが……」

「い、猪も話すのであろう!!!」

「いや、あんまりそっちは可愛くないですよ。あ、アリーの従魔もいますけどね」

「……黙っていて欲しいのだけれど……」


 どうやら、カトリナ嬢は大の動物好きなのだが、動物を自分で飼ったことは無いのだという。


「猟犬や猫などなら屋敷でも問題ないのでは?」

「そ、それはそうなのだが、世話をするのは使用人の仕事でな。手ずから世話をしたいのだが、父が承知しないのだ」


 貴族のペットは乗馬用の馬と同様、飼育する従者が行うもので、本人はそれをすることはない。結果、主人と認識されるのは貴族ではなく従者であるというのだが……それは当然だ。


「生みの親より育ての親と申しますから、それはその通りだと思います」

「まあ、餌くれる人が大事だよね。爵位や領地だってその延長戦じゃない?」


 いや、本人は有難迷惑なのだと彼女は声を大にして言いたい。


「リリアル学院では魔猪以外に、どのような生き物を飼っているのだ」


 いや、動物王国じゃないから。そこは聞くべき内容じゃないのではと思うが、当たり障りのない話をする。


「卵を取る為の鶏、それと、学院生が使用する兎馬車用の兎馬くらいですわね」

「ほお、馬ではなく兎馬か」

「ええ。兎馬は気移りするたちですが馬より丈夫で、長い時間歩かせることもできるので、民の間では馬より利用される動物なのです」

「リリアルは村も預かっているし、薬草園なんかもあるから、兎馬のほうがみんな扱いやすいのよね。小さい女の子も多いし」

「……小さい女の子……」


 なんだ、可愛い物好きなのかカトリナ。


「孤児院も関係しているので。それでも十歳から上の子達ばかりなので、小さいというほどではありません」

「い、いや。幼女ではなく少女たちなのだろう。うん、実に素晴らしいなリリアル学院は」

「カトリナ様、ご自重ください……」


 主の豹変にようやくペースを取り戻したカミラが話に割って入る。今まで、この反応は無かったという事なのだろう。


「騎士になればペットも飼えぬ。どうすれば良いのだろう……」

『従魔に猫の妖精を手に入れればいいじゃねぇか』

『私の仕えるべき方は主しかおりませんので、他を当たっていただきたいものですが』


 青みががかった灰色の『猫』が姿を現す。どうやら、「少しだけなら触っても良いでしょう」ということである。


「この『猫』は私の従魔です。よろしければ『くれるのか!!』……少しの時間なでたりしても良いとのことです」

「お、おおそうか。す、すまない。契約している精霊を貰えるわけがないな。ん、がしかし」

「……僭越ながらカトリナ様。公爵様にお願いしてみては」

「父上に。何をどのようにだ」


 カミラ曰く、護衛が一人では心許ないがかといって人間の護衛では目立ちすぎる故に、猫の従魔を付けてもらえないかと。出来れば主従の契約が結べる者をということである。


「……カミラ……」

「はい、カトリナ様」

「お前は、本当に……本当に素晴らしい侍女だ!!!」

「……お褒めに預かり光栄でございます。では、早速……」

「いや、私が具体的に記そう。猫なら何でもよいという事ではない。好みというものがあるのでな!」

「「「……」」」


 『猫』をなでる勢いを一切変えることなく、カトリナは自分の世界に没頭していくのだ。


 後日、モフモフ度の高い明るいグレーに折れた耳が特徴的な妖精種の猫が彼女の従魔としてギュイエ公爵から贈られてくるのはまた別の話である。


 

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