第207話-1 彼女は公爵令嬢と対戦しない
「私(あてくし)とアリーの勝負にチャチャを入れますの!!」
「いや、相手は剣と剣だから。剣だけなら私の方が上だよ!」
「では、先に相手をしてあげますわ!!」
ぐへっ がなかったのかのように剣で斬りかかるカトリナ。レイピアは刺突に向いた剣であり、斬り合いには向いていないが、伯姪もレイピアが苦手ではない。
「護拳でキュゥ!!」
剣先を護拳で噛み込ませて折る動作に入る。構えは半身に変わり、バックラーを引いて剣を中段に構える。剣を素早く引くカトリナ。
「様になってますわね」
「船の上じゃ、これが基本!」
剣を寝かせると牽制の突きを繰り出す。踏み込んだ分だけ相手は下がり、こちらも切っ先を躱しながら交代する。しばらくは時間稼ぎだ。
「カトリナ様、今しばらくご辛抱を!」
バインド状態から、顔面を突きに行くカミラの切っ先を躱し、体を捻って自分のスタッフを被せてカミラのスタッフを打ち下ろし反対側の先端でカミラの顔面を横薙ぎにする。スウェーで先端をよけたカミラが正面からスタッフを叩きつけるところを、両手でスタッフを掲げて抑え込みバインド。
その間に、彼女はカトリナの後方に気配飛ばしを行う。
「なっ!」
背後に殺気を感じだカトリナの剣が一瞬止まるところを「いただき」とばかりに、伯姪が自分の護拳でカトリナの剣の根元を抑えつつ、顔の前で切っ先を寸止めする。
「そ、それまで!!」
背後では、彼女のスタッフがバインドから刷り上げられたところを、カトリナの姿を一瞬気にした隙を突かれ、引手にピタリと喉元に切っ先を向けた彼女が動きを止めている。
「……ひ、卑怯ですわ!!」
「二対三の対戦の設定でしょう。あなたの側にもう一人潜んで様子をうかがっているのは当然じゃない。こちらはバインドで時間稼ぎ、あなたを倒した状態で二対一に持ち込む算段ですもの」
「そうそう。背後の殺気を感じた時点で、仕掛けてくるかと思ったのに、とんだ拍子抜けね」
彼女たちであれば、背後に気を取られたタイミングで仕掛けてくる前提で、カウンターを狙うことになる。相手は仕掛けてくると教えてくれているのだから、実際は目の前の相手さえ制圧すればいい話なのだ。
「何が出来て何ができないか、事前に想定できていないから問題なのよね」
「そうね。魔物だと討伐対象が分かっている時点で想定できるけれどね」
速度重視で教官三人を倒した二人が、時間をかけて対決している事自体が大いなるヒントなのである。
「わざと、三人目の存在を演出して隙を作らせた……という事なのですわね」
「だって、そういう課題じゃない? じゃないと、単なる弱い者いじめになるからね」
「……弱い者……いじめ……」
貴族として絶対的強者であったギュイエ公爵家の令嬢が、面と向かって弱者扱いされるとは思わず、余りの言葉に硬直する。
「誤解しないでもらいたいのだけれど、剣捌きは私よりもカトリナの方が上手よ。正統派の剣筋で、訓練されたものと良くわかるわ」
「でもさ、駆け引きは別。大体、昨日の戦史の話って、全ての事に言えるわけじゃない?」
「はあぁ?」
「『1.後衛を防御する』という点からすれば、あなたたちが一対一を二つ作り出した時点で既に負けが決まっているじゃない」
「『5.予備軍:戦列が綻びたときに増援を送る』ね。もう一枚こちらにはカードが伏せられている。その出すタイミング待ちであることは明白なのだから、伏せられた戦力をどうするか、二人とも考えなかった時点であなたたちの勝機はないのではないかしら」
討伐慣れしている二人からすれば、短時間で作戦を立て、何をするかは阿吽の呼吸で理解できる。魔力量が多く仕掛けが得意なのは彼女であり、剣の力量が同程度かやや上回るカトリナの相手をする伯姪は接戦に持ち込んで、相手が咄嗟に対応できない状況まで持ち込んでおく。それが、全てだ。
「教官として特に指摘することはないな。皆に言っておくが、戦いの原則は個人でも万単位の軍でも大して変わらない。それを十全に理解できた者が勝者となる。魔物には当然のことだが、敵軍にも同様だ。学校で学ぶべきことは原理原則をいかに応用するかだ」
「「「「(あんたら、二人に負けたじゃねぇか(ですわ))」」」」
教官の言葉は文字通り正しいのだが、説得力には欠けていた。
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さて、その晩は流石に悔しかったのか、別棟への呼び出しは無く、平和な夜を過ごすことができている彼女と伯姪であった。
「二人とも技が切れていたわね!」
「本当に……騎士としての戦い方なら、足元にも及ばないでしょうね」
バインドを辛うじてしていたが、カトリナが伯姪を片付ける為の時間稼ぎをする行為であったと二人は理解している。
「主人の願いはあなたとの対戦」
「なら、いなして時間稼ぎをして、主人が勝った後は対戦相手を譲るつもりで無理せず膠着状態を演出していた」
「だから、不意を突かれて主人が負けた時点で条件は崩れたからあっさり負けたという事でしょうね」
「……強そうね」
「実際強いと思うわ。同じ条件ならね」
カトリナに合わせた分、手加減をしていたのは明白であり、それは彼女も同じなのだが……
「身体能力がかなり高い感じがしたわ。こちらもそれなりに身体強化して合わせたのだけれど、恐らく貴方のお爺様並ね」
「……人間じゃないじゃない?」
ジジマッチョは辛うじて人間の枠だが、身体強化して薄紫レベルの能力を発揮できる子爵令嬢とはいかがなものなのだろうか。
「人間ではない……とすれば話は収まるわね」
「収まるけど、別の問題が発生するじゃない」
そして、手元にはリリアルからの週中の報告書が届いており、明日の午後、回収に歩人が現れる事になっている。
「あいつ、場違いよね」
「ええ。冒険者ギルドではないから、絡まれずに済んで何よりだったわ」
見た目は少年、中身は薄汚れたおっさん。カトリナ嬢に誰何され、挙動不審であったため改めて衛兵を呼ばれて詰問されていた。幸い『猫』が知らせてくれたので、リリアルの使用人であることを証明し、書類を受けることができたのだが……
「あいつ、受付に書類渡して帰るだけの簡単な仕事なのに、入り込んでうろちょろしてるから見咎められるんじゃない!!」
「ええ。おじさんになっても馬鹿は治らないのね。良いお手本だわ」
「そうそう、反面教師としてのね」
因みに、癖毛は歩人を見て生き方を見直すことにしている。良い事だ。
書類は業務報告程度であり、特に二三日で困るようなことは発生していない。今までも学院を空ける事は何度もあったのだし、いい加減面倒を見るのが当たり前という状態を彼女自身が変えたかったというのもある。
「見れば口を差し挟みたくなるから、離れて任せる練習に丁度いいわね」
「自分で考えられるレベルになりつつあるし、一人で考えないで、周りとすり合わせて理解を深める機会だと思うわ」
一期生の中で話し合って進めるというのは、これから先必要であり、また大切なことでもある。
「教官に教わって、改めてリリアルってまともなんだなって思ったわ」
「それなりに考えて段取りしてきたのだけれど、比較して自己評価をし直せた事は幸いね。今回教わったことも、リリアルの講義に取り込んでいくようにしましょう」
「それは賛成だね。戦史なんて高位の軍人にならないと習わないけれど、失敗談・成功談として考えるなら、悪い話ではないわ」
戦場も碌に確認せずに重装備で前進して湿地に嵌まり込んで動けなくなった所を叩きのめされるとは……
「周辺の情報収集や、斥候による確認が大切なのよね」
「その辺り、行商なんかを経験しながら身に着けられると良いね」
リリアルのメンバーの過半が女性であり、その辺り聞き込みがしやすいかもしれない。情報提供者が変な気起こす男が相手だと困るのだが。
「その辺も、魔物討伐と変わらないんじゃない?」
「無暗に討伐を行うことはしていないから、それが当たり前だと思って貰えれば、失敗することも減るでしょうからね。習慣になると良いわね」
騎士学校での活動が無駄ではないと二人は思えていた。
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