第202話-1 彼女は公爵令嬢とお茶を飲む
別邸は、恐らくこの施設を建てた王が自分の生活を行うために建てた建物であると考えられる。しっかりとした石造の二階建ての建物であり、防御施設としても有効に活用できる設計に見て取れるのである。
「小要塞みたいね」
「ええ。とても安全なのでしょうね。城館ではなく、城塞ですもの」
もしかすると、これが本命で、館はついでに建てられたものなのかも知れないと彼女は想像した。
一階の談話室と思わしき広い部屋に二人は案内される。そこには、二人の令嬢、ギュイエ公爵令嬢カトリナと、ヴィヴァン子爵令嬢カミラがいた。二人は、軽いドレスに着替えており、彼女たちがいまだ制服なのとは好対照であった。
「ようこそ、リリアル男爵閣下、ニース騎士爵殿。直接挨拶するのは初めてかな。ギュイエ公爵令嬢、カトリナだ。以後お見知りおきを」
『ですわです調』ではなく、デビュタントの時と同じような武張った口調でカトリナ嬢は話しかけてきた。
「こちらこそよろしくお願いいたします。出来れば、リリアル男爵ではなく、アリーとお呼びください」
「私はメイで結構ですわ」
「ふふ、それは助かる。では、私の事はカトリナ、彼女はカミラと呼んでくれ」
「では、カトリナ様。カミラ様よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いするわね」
先ほど案内してくれた侍女が、お茶の用意を終えたようで部屋に入ってくる。
「我領自慢のワインを振舞おうと考えていたのだが、会って早々『酒』というのも気が引けるのでな。ワインは次の機会にさせていただく」
「お気遣いなく」
入れられた茶をすすめられ口を付ける。
「今日お呼びだてしたのは、他でもない……」
「……と申しますと……」
「あなたの人となりを知りたくてな。王家からの信頼も厚いリリアル男爵が同世代の貴族の子女であると知り、興味があるのだ」
「そうですか。とても光栄です……」
としか言いようがない。カトリナは『妖精騎士』と呼ばれる芝居の内容と実際にどの程度喰い違いがあるのかも気になっているという。
「荒唐無稽とは言わないが、少々出来過ぎた話だと思っていてだな……その、アリーの功績を疑うわけではないのだぞ!! 芝居というのは、演出がつきものであるから、実際の話を本人に聞いてみたかったのだ」
どうやら、カトリナ嬢は……騎士マニアであることが何となく見えてきた。子供の頃から英雄王の物語や、騎士道物語を聞いて育ち、騎士へのあこがれが高じて……近衛騎士になることに思い至ったのだという。
「つまりだ、王都の夜会でも公爵令嬢として恥ずかしくない評判を獲得する。その上で、近衛騎士として王宮の警護にも努める……という二つの仕事を両立させるのが今も私の目標なのだ」
「はあぁ」
「なるほど!! 面白そうな課題ね」
「だろ? 昼は近衛騎士、夜は社交界の蝶というわけだ。ふふ、やりがいがある」
横で小さくカミラ嬢が溜息をついている。超人的な能力を持っていそうな子爵令嬢である側近も、主の無茶ぶりには心労が重なっているようである。ある意味、ベクトルは異なるが、姉に似ている規格外なのかも知れない。周りを巻き込む程度は段違いだが。
「それで、あの芝居だが……」
「ええ、事実とは少々異なりますわね。どこからお話ししましょうか……」
彼女は、元々冒険者登録したのは薬師として素材採取をして薬を調合し、やがてポーション作成まで行い、ギルドに卸していたからであることを説明する。
「なるほど。そこがかなり違うな。冒険者ではなく薬師・錬金術師が先か」
「ええ。あの時も、代官の村から魔物が近隣に増えているので討伐を依頼したいのだが、事前の調査に立ち会える代官の家の者という事で、ギルドにも村にも顔が知られている私が代理人として村に向かったのです」
そこで、ゴブリンの大集団と遭遇することになるのだ。芝居との最大の違いは、『薄赤』のメンバーのうち、戦士と剣士は王都に救援要請に向かわせ、残った女僧侶と野伏も防衛のために柵内に留まらせ、村人と行動を共にさせたことなのである。芝居だと、四人と彼女が交互に暗転して大太刀周りを繰り替えす演出らしい。本人は見たことがないのだが。
「実際はどうなんだ?」
「柵と堀に囲まれた村の中に、魔狼に乗ったゴブリンが突入してきたので、それは冒険者と村人で退治してもらいました。他は、身体強化で柵を乗り越えて私が単独で斬り込みを何度もかけています」
「……え……」
「……」
「なのよね。実際、芝居の内容なんて、かなり薄味だもん。私は知ってたわよ」
「あの時、ニースに最初のお芝居のシナリオの絵物語をお持ちしたものね。恥ずかしながら、あなたも読んだのでしょう」
「事実は小説より奇なりだね」
柵を飛び越え切回り、ゴブリンチャンピオンを橋から下の濠に叩き落し、ゴブリジェネラルには油を撒いて火をつけ、周りのゴブリン共々切り伏せたのだ。
「焼き殺したのか」
「止めは剣で首を刎ねましたが……単独で五十くらいは仕留めたと思います」
「一人でゴブリン五十……上位種もいたのだろう?」
「ホブやファイター・ナイトがいたと思います。ああ、ゴブリンは襲った人間の脳を食べて能力を獲得するので、騎士や魔術師のゴブリンも存在するのです」
「……脳を食べる……学習する……」
「はい。討伐した上位種は頭部を回収する必要がありますわね」
彼女の仕事は王室御用達の冒険者のようなものである。故に、騎士とは言え、やっていることは害獣駆除に過ぎないと考えている。話す内容は、騎士物語とは大いにズレていると自分でも認識しているのだ。
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どうやら、最近の話に辿り着く前に良い時間となってしまった。最近の話は機密事項も多いので、話せないのだが。
「すっかり時間の経つのも忘れて聞き入ってしまった。二人とも、とても興味深い話を聞けて有難かった。これからも、たまにこうして女子会を開きたいのだが、どうだろうか?」
冒険者の話をするのが女子会とは思えないのだが、王族・公爵令嬢の誘いに否はあり得ない。
「ええ、喜んでうかがわせていただきますわカトリナ様」
「それは嬉しいな。分隊は異なれども、同じ王国の騎士として共に切磋琢磨していこうではないか」
握手を求められたので、彼女も思わず手を握る。その手は特に悪意も冷たさも感じず、警戒しすぎであったかと思うのである。
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