第202話-2 彼女は公爵令嬢とお茶を飲む
部屋に戻り、伯姪とカトリナ嬢について意見を交わす。
「意外だったわ」
「そうね。口調はちょっと厳めしかったけれど、如何にも騎士に憧れる若い貴族といった印象だったわ」
彼女同様、伯姪もあまりの悪意のなさ、率直さに驚きを隠せなかったようだ。
「それと、やはり公爵令嬢としての立場を固める事が優先で、何らかの野心の為という感じではなかったわね」
「本人はね。周りは……わからないわ」
公爵やその周囲の貴族、取り巻きの近衛騎士たちがどう考えているかはいまだ不明であるし、令嬢本人の意思とは無関係に役割を果たさざるを得ない可能性もある。故に、周りについても調べていかねばならないだろう。
「王太子殿下と夫婦になったら、面白いんじゃない?」
「率直に色々言われて凹みそうだわ。腹黒王子は」
「ふふ、それでいいのよ。二人して腹芸三昧じゃ、信頼されないじゃない。王妃様と殿下が裏を使うなら、王太子妃は表裏の無い女性が良いわよね」
「それはそうね。お二人と話す時は、裏を考えるから疲れるのよね……」
彼女は感じていた違和感に関して伯姪とすり合わせをする。
「カトリナ様は、一人称が私(わたし)であったのだけれど、昼間に挨拶をされた時は私(わたくし)だったでしょう。何故かしら?」
伯姪は自分の推測を話す。恐らくは、芝居での役者の役作りが元なのだろうと。
「お芝居で高位の令嬢が悪役を務める者があるのよ。庶民の使用人が王子様に見染められて恋仲になるのだけれど、婚約者である令嬢がその使用人の娘を虐めるの。最後は、王子様と娘の恋が成就して……」
「……あり得ないわね。惚れた腫れたで王妃は務まらないわよ」
「それはほら、お芝居だし、見てる人には王妃様のご苦労なんてわからないじゃない。綺麗な服着て、美味しいもの食べて、みんなから注目されてってそういう夢を見るのよ」
「悪夢では無くて」
「ええ。悪夢じゃなくて見たい夢よ!!」
その中の悪役令嬢の言い回しがとても似ているのだという。それに、騎士に憧れているというのも、ソースはお芝居や物語なのではないかというのである。
「護衛騎士なら侍女に扮することもあるでしょう?」
「それがお芝居と現実の違いよ。あくまでも格好良くないと駄目じゃない? 男装の女騎士があんな感じの言い回しをするわ。普通の女性らしくではなく、『若武者』って感じの気取った言い方なのよ」
そうかもしれない。つまり、あのどちらにしても鼻につく言い回しは、彼女が彼女なりの理想を演じているからという事なのだろう……素はかなりのポンコツ。外見が完璧であるだけに、とても残念な人なのだろう。故に、腕利きの側近も用意されていると……そう考えるのが自然だろう。
「それに、今日あなたをわざわざお茶に誘ったので疑惑は確信に変わったんだけどね……」
「……不穏な物言いね。何かしら……」
「多分、『妖精騎士』の熱心な信奉者なのだと思うわ。もちろんお芝居のね」
伯姪曰く、彼女を意識しているのも「生・妖精騎士アリー」であるからなのだろうという事なのである。
「デビュタントの時に、睨まれていたのも王太子殿下の横にいる事を身の程知らずと怒ったのではないということかしら」
「雰囲気的には作った好意的なものではなかったわ。純粋に、あなたと縁を結びたかったということでしょう。入校早々に直接プライベートに誘ったという事は、そういう意思表示だと思うわ」
確かに。自分の館に夕方呼ぶというのは、先触れが無かったとは言え本人はそれなりに好意を示したと言えるだろう。
「本人の意思か、側近の入れ知恵か」
「気にしている主人を慮っての提案。但し、目的は異なる……とかじゃない?」
公爵令嬢本人は、個人的に近づきたかったという私的な関心、対する子爵令嬢である側近は、周りの貴族の令息達に担ぎ上げられない為の配慮……とでもいうところだろうか。平民の騎士団と貴族の近衛騎士団で対立するようにチーム編成がされている。当然、公爵令嬢と彼女がそれぞれの 名目上の頭目にされる可能性が高い。
「でも、おかげで面倒ごとが回避できるなら、聡明な側近がいてくれてありがたかったという事ね」
「……姉さんと同じ匂いがするわねカミラ嬢は」
「雰囲気は全然違うけれどね。まあ、主人の公爵令嬢が天然であるなら、あなたのお姉さんのように周りを上手く誘導しないと自分に火の粉が掛かるからね」
そういう手回しの良さは彼女の姉の白眉なところである。今日の講義室や食堂での空気を緩和させるために、明日から、公爵令嬢は彼女に積極的に絡んでくるだろう。二人が親密であれば、王都在住の令息と騎士団所属の者たちから関係が良くなり、表立って彼女の取り巻きをしてた高位貴族の令息達も対立する姿勢は見せる事が出来ない。
「自分の仕事を増やさないために、積極的に立ち回る。見習うべき点が多いわ」
「あなたの場合、無茶ぶりされているだけだから、あまり意味がないと思うけどね」
真実ほど人を傷つけるという言葉を彼女は伯姪に贈りたい。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
翌朝、講義室に入ると既にカトリナ嬢主従は席についており、周りには昨日同様、取巻令息が屯っている。
「おはよう、アリー、メイ」
「……おはようございますカトリナ様、カミラ様」
「おはよ! カトリナ様、カミラ様!」
「堅苦しいですわ。様はいりませんのよ(様はいらぬ)カトリナとお呼びくださいませ(カトリナで良い)」
悪役令嬢風と騎士風の二重音声で脳内にセリフが響き渡る。
「では、カトリナ、カミラ、今日もよろしくね」
「それでよろしいのですわ。どうでしょう、今日は昼食をご一緒するのは?」
「か、カトリナ様!!」
周りの取り巻きが動揺する中、カトリナは我関せずで同意を求める視線を贈ってくる。
「では、昨日の夜にお話しできなかった……学院の事などお話ししましょう」
「ええ、王妃様肝入りの学舎ですもの。大変興味がありますわ」
「「……」」
と、昼食の同席は確定事項のようだ。
『あー 取巻きの何人かは、言い含められているのかもしれねぇな』
魔剣の言いたいことは何とは無しに理解できる。ギュイエ公爵家は王家の親族だが、その周囲にいる貴族たちはそうではない。元は連合王国の王家にしたがっていた貴族たちで、王家とはあまり関係がない。
経済的にも連合王国やネデル領の関係も深く宗教は原神子派であるから、教皇に任命された国王の存在も否定的と言える。
「馬鹿じゃないのかしらと思うわね。王家が認めた故の貴族じゃない」
『ああ、あいつら視野狭窄であほなんだよな。商人が認めるのは貴族や王に服従しないためだけれど、教皇-国王-貴族と権威が認めて初めて成立する身分なのに、なんで国王に対抗しようとするのか……意味が解らねぇな』
「理屈じゃなくって本能なのでしょうね。都合がいい時は王国を利用し、自分たちの利益を増やすためには陰で敵対する。つまり……本質的には貴族たり得ない存在ね」
そう考えると、本能の赴くまま敵味方を取り換える姿は『魔物』に近いのかも知れない。互いに利用し、利用されるだけの関係と言い換える事も出来る。
「ああ、だから魔物を安易に利用できるのね、あの人たちは」
『まあ、なんだ。人の心がないってやつだな。何が『聖典』が優先なんだよな。周りを利用し、裏切り、自分の利益を追求するだけじゃねぇか』
「側が変わっても、中身はロマン人という事なのよね。毛皮を着て斧を掲げて船で川を遡り、村を襲い、財を奪い、人を殺す。つまり……」
「『敵ということね(だな)』」
この騎士学校の中においても、本質的な敵を見極める事になりそうだと、彼女は考えていた。
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