第三部 騎士学校
第200話-1 彼女は伯姪と騎士学校に入校する
第三部『騎士学校』編開幕となります。お付き合いください。
王国の騎士学校は、ゼロから騎士を育てる場所ではない。既に、能力的には騎士として独り立ちできると判断された従騎士たちに、上級の騎士となるべく指揮官としての教育を施すことにある。
戦時には『騎士団』は徴兵された兵士を訓練し、王国軍の中核として戦場に向かわねばならない。また、近衛騎士団は常備軍の『近衛連隊』を指揮する存在でもある。任官時には指揮する兵士がいないとしても、戦場で上位・先任の騎士が次々に倒れて自分が最上位者となる可能性もあるのだ。
故に、最低限の指揮官としての能力を備える必要もあるし、捜査指揮や軍の補給関係に関しても責任者として振舞えるだけの能力が求められる。
騎士学校に到着すると、顔見知りの騎士隊長が講師を引き受けるらしく挨拶する事にした。
「アリーよろしくな」
「……聖都からお戻りになったのですね……」
騎士団の中でも犯罪関係の捜査指揮を任されることが多い、顔見知りの騎士隊長が、この期間、捜査関係の講師として騎士学校に在任するという。
「最近は随分と新市街のルーンも賑やかになってきたんだぜ」
「それは何よりですわ。新街区には友人の冒険者パーティーも協力しているようですし、姉の商会も沢山仕事をいただいているので、足を向けて寝られません」
『薄赤』のパーティはルーンの新冒険者ギルドで指導員的な仕事を与えられているようで、王都にはしばらく戻ってきていない。魔物や盗賊もロマンデにはまだまだ多いので、仕事に事欠かないと聞いている。
「あの街は叩けば埃だらけだしな……まあ、新築した方がお互いの為だ」
「ええ。騎士団の駐屯地が整備されれば、旧市街の城塞の重要度も下がりますし、何より今は連合王国に関してはネデルに掛かり切りでしょうから」
北ネデル領で連合王国は苦戦続きで、帝国にかなり圧迫されているという。女王の王宮も一枚岩ではなく、女王の主導する政策に不満を持つ重鎮も少なくない。実際、暗殺事件が何度も発生しており、北王国の前女王を処刑したりしているのだが、神国国王でもある帝国皇帝は『異端の魔女』扱いし、連合王国との直接的な戦争の準備を進めていると噂されている。
故に、ルーンにとっては悪くない環境なのだ。
「そのうち、実習で行くかもしれないな新街区」
「……仕事が沢山ありそうですね」
「おお、書類仕事が溜まっているからな。実習のついでに片付けさせようと手ぐすね引いて待ってるなあいつら」
「最低ね!! まあ、ケツを蹴り上げてあげるわ!!」
「おいおい、ご褒美になっちまうから、止めてもらえるか」
伯姪は彼女より親しまれやすいので、騎士団の中でもファンが多い。ルーンで絡んだ騎士の中には特に多いらしい。男所帯だからだろうか。
「とは言え、今回は講師が豪華だな。なにせ、ニース辺境騎士団の前騎士団長が演習と部隊運営の講師を引き受けてくださっている」
「……え……」
「聞いてないわよ!!」
確かに、ジジマッチョは敵国からの浸透に対する対応の経験は王国の中でもずば抜けて持っている存在である。半世紀にわたり、法国から侵入してくる山賊や行商人に偽装した工作員と対峙しているのだから当然だ。
「最近、帝国の浸透も増えているのでな。その辺りの具体的な捜査や討伐の手口をご教授いただく予定だと聞いている」
「確かに、人攫いから密輸の対策、国境近辺の村落の防衛指導なんかはお爺様が適任よね」
脳筋でありながら、細かい変化や仕掛けに対しても人一倍観察力のある前伯は、騎士としても達人の域であるし部隊指揮官としても完熟の域に達している。国境が安定するまで息子に辺境伯を譲っても、騎士団長を続けていたのはそういう理由があるのだ。
「それと、アリーの姉上も関係者だな」
「……え……」
「うわぁー 聞いてなくって良かったー」
従騎士と異なり、騎士は『商人』と様々な面で接することが増える。一つは犯罪捜査に関して、今一つは軍の運用にかかわる場合、物資の補充を商人に依頼しなければならない。補給品は商人が手配し、戦場近くまで送り届けさせねばならないからである。
「騎士と言っても、実際は騎士団や軍に所属する官吏ですものね」
「ああ。騎士団や貴族の社会しか知らない者たちに、実務を教育するには貴族であり商人としての経験を持つ王都に在住する著名人……となると、ニース商会会頭夫人が適任だ」
「話が面白いし、美人だから絶対人気の講義となるわね」
「ああ。おそらく、その日は聴講の騎士も増えるだろうから、講義室は広いところを使うだろうな」
「……姉のオンステージを拝聴するのは疲れるのよね……」
間違いなく、姉は彼女をいじるに違いない。講義内容に絡めてだ。そして……
「公爵令嬢様は絶対面白くないわね」
「その通りね……うっとおしいのだけれど……」
姉の手配は王妃様経由なのだろうか。カトリナ嬢は姉が社交界で魅惑の令嬢として持て囃されていた時代にデビュタントを経験しているので、姉に対する敵愾心を持っているようなのだ。
「お姫様は自分が中心じゃないのは納得いかないんでしょうね」
「姉は別に中心ではなかったと思うのだけれど」
姉は話を回すのが上手なので、自然と話題の中心になってしまうのだ。男女問わず楽しく会話をさせる事に慣れている。特に、社交慣れしていない下位貴族の令嬢令息や、あまり評判の良くないとされる貴族とも気軽に話し、いつの間にか空気を和らげてしまう。
子爵令嬢という、ぱっとしない身分でありながら、王都を長く守る家の次期当主としての存在感もあり、社交界ではそうそう疎かにできないというのも影響している。商人や王都に関係する仕事をしている下級貴族にとって、彼女の実家は爵位以上に重みのある家なのだという。
「いきなり社交界にデビューしても、ギュイエの宮廷のようにお姫様扱いはしてもらえないのよね」
「難しいでしょうね。王都にはそれほど西部の貴族の方は滞在していないから、自分の知人友人で周りを固めて目立つという事が難しいもの」
所謂、「取り巻き」は王国西部の貴族の子弟中心にカトリナ嬢の周囲に存在するのであるが、王都の貴族からすれば「外国人」扱いに近いので、あまり影響がないのである。これが、法国や帝国に関係している『ニース』や『伯爵』のような存在なら、情報や知己を得ようと近づく者も少なくないのだが、ギュイエ公領の関係者は……連合王国と懇意なのだ。つまり、王都の利権とは関係がないから、敢えて近づく者もいない。
「あちらのルールを王都に持ち込まれたら、それは避けられるわよね」
「ガロのワインは渋いから、それも好みが分かれるのよね」
「シャンパーやブルグントのワインはスッキリしている味ですもの」
「味が悪くなりやすいという問題はあるけどな。俺はどっちでも酔えればいい」
騎士なんて言うのはそんなものである。
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