第199話-2 彼女は騎士の戦いについて調べる
彼女と伯姪は、騎士学校で教わることの予習を行う事にした。勿論、騎士として身に着けることは既に終わっている前提で話が為されるので、それはそれで別に時間を取らねばならない。
「戦史ね……」
「ええ。連合王国に大敗した歴史よ」
「それは兎も角、銃が軍に装備され始めて、今までの経験則や戦歴が利用出来ない時代になってきているのよね」
少し前まで、重装騎士をロングボウ兵や槍の方陣でその突撃を阻止する戦法が有効とされていたのだが、銃は槍の攻撃範囲の外から打撃を与えることができるので、帝国の『レイター』と呼ばれる騎乗した銃士により『カラコール』と呼ばれる戦い方が定着し始めている。
歩兵方陣は、密集した槍衾とそれを援護する銃兵との組み合わせで成立つようになっている。この方陣に銃を装備した騎兵が接近し、射撃をしては交互に列を入れ替えて繰り返す方法を『カラコール』と呼ぶ。
「傭兵の騎兵が喜びそうな戦い方ね」
「ええ。帝国ではこれが流行しているの。とは言え、実際は騎士の持つ短い銃より、歩兵の持つ長い銃の方が射程も命中精度も威力も上なので、戦っている振りにしかなっていないのよね」
傭兵は戦っている振りが得意なので、そのクルクル回って銃を安全な位置から撃つだけの簡単なお仕事はピッタリなのだろう。
「でも、銃撃した後にそのまま斬り込んじゃえばいいんじゃないの?」
「そうね。射撃してクルクルすると思ったら、いきなり突撃されて斬り込まれたら混乱するでしょうね」
実際、傭兵でない騎士・騎兵においてはその戦術も採用されているという。
「リリアル向きではないわね」
「基本を知らないと、対応できないでしょ?」
「突撃されないように…手を打つ必要があるわけね」
実際、騎士の突撃を無効化するためには、足元の悪い場所に誘導するとか、騎士の突撃を抑える木柵を事前に用意して地面に打ち込むといった対応が有効なのだ。
さらに、重要な場所には臨時の土塁を形成する『野戦築城』が行われたり、大砲の射撃で戦列の正面から突撃できないようにするような工夫も取られている。
「実際、戦争の目的がどこにあるのかから始まって、相手にそれを達成させない為に取りうる手段を潰していくことをお互い繰り返した結果、どこかで何らかの条件で戦力がぶつかり合う事になるのよね」
「古の帝国時代の戦争も、相手を引きずり回した方が勝利しているわね。だから、そういうことを考えるのが良いのよね」
「リリアル向きね」
「ええ、楽して勝ちたいもの。相手の意図を読んで潰し合いなら、そう難しくないと思うわ」
対魔物であれば、話は簡単であり、直線的に行動するそれらが何を行うか想定することは容易い。反対に、人間相手の場合、もしくは人間に近い思考を有する魔物は意図を見抜かれないよう偽装もする。
「細かく接敵して相手を挑発。意図を把握してから引きずり回してこちらの有利な戦場で……罠に嵌めて止めを刺すという事よね」
「性格悪くないと戦争には勝てないという事ね」
「姉さんなら、天才的に活躍しそうね」
「部下になるのは嫌よ。手柄は独り占め、苦労は押し付けられるじゃ割に合わないじゃない」
「そこまで性格悪くないわよ。美味しいところも分かち合わないと、次がないでしょう。姉さんは、その辺のさじ加減が絶妙なの」
「お兄(三男坊)が尻に敷かれる理由がよく分かったわ」
「ええ、敷かれているのも幸せそうだから、特に問題ないのよ」
前世はクッションか? というほど、ニース商会頭の尻に敷かれっぷりは王都の社交界で有名なのだという。妹として少々恥ずかしいが、家庭が円満であるなら甘受することにしている。
「お爺様もお婆様にはかなり敷かれているのよね」
「……意外ね。それもそうかしらね」
「『王都の双華』と呼ばれた美人姉妹をニースに連れて行くのだから、それはそれは苦労したのだと思うわ」
伯姪の祖母とジジマッチョの夫人は姉妹である。二人とも、その世代では抜きんでた才色兼備の姉妹であったというのだが、二人ともニースに連れて行ったことで、ブルグント公世代の高位貴族からはそれなりに恨まれているらしい。とは言え、面と向かって言うほど命知らずの貴族はいない。
「いまだに、お婆様を巡って決闘が繰り返された話は有名みたいね」
「ええ、辺境伯様は本人、相手は代理人の高位冒険者や有名な遍歴の騎士達ばかりをぶつけられて、全戦全勝だったと伺っているわ」
「そうそう。それから誰もお爺様に面と向かって喧嘩を売る貴族はいないらしいわよ」
彼女と伯姪は遠い眼をしている。
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騎士学校に入校した直後の一ケ月、彼女たちは週末以外学院を完全に離れる事になる。既に、二期生の採用面接は終了しており、この二日程でさらに女子二人と男子を入学させることになった。
「あの男の子は悪くないわね」
「銀色の目に黒髪の少年でしょう? 鍛えればかなりの魔力量になるわね。それに、騎士らしい風貌をしているわ」
「そうそう。硬派な感じで、今までにはいないタイプね」
『薄赤戦士』と雰囲気が似ている。今のところ、見習魔術師の中では、青目蒼髪が唯一の前衛男子なのだが、少々線が細い。盾役としては『銀目黒髪』が向いているだろう。
「女の子二人も面白そうな子じゃない」
「……素直そうじゃないからでしょう。あなたに任せようかしら?」
『碧目銀髪』の十歳の少女は、赤毛娘を朗らかにしたような雰囲気の優し気な『茶目黒髪』は赤毛娘を頑固にしたような雰囲気を感じる。
「あの子たちなら、魔力大班ぐるみで面倒見ましょうか」
「悪くないわね。新人九人を三人ずつの班に分けて、大中小の班がしばらく指導するというのは」
一期生は将来の幹部候補生であり、学院の教育をしばらくは手伝ってもらう必要がある。二期生と上下関係だけではなく師弟関係を築くのは悪くない。
魔力小班にはサボア・ノーブルの三人娘、魔力中班には『銀目黒髪』と『赤目茶毛』『碧目銀髪』の三人。
「『侍女』もできるような子は魔力中班で教育かしらね」
「器用な子でないと難しいでしょうから、癖のない素直な子を任せたいのよね」
つまり、面倒な性格の者は魔力大班に委ねることになるだろう。癖毛の対応になれた女子二人と伯姪がいれば、癖のある子でも問題ない。騎士を目指すのであれば、伯姪が一番相手をするのが良いだろう。『碧目灰髪』『灰目灰髪』『茶目黒髪』がここに所属する。
祖母には負担を掛ける事になるのだが、歩人と茶目栗毛がそれなりに成長しており、使用人関係も使用人頭を中心に進んで仕事をこなせるようになってきていることを考えると、以前ほど祖母の負担にはなっていないという。
また、最初の一ケ月の騎士学校平日滞在中は、火曜と木曜にセバスにその日の昼までの仕事で彼女に直接確認すべき内容を取りまとめて夕方騎士学校に届けるようにさせる予定なのだ。
それであれば、月曜火曜の分は木曜日のうちにリリアルに伝達されるであろうし、火曜の午後から木曜の午前中までの分も、土曜日の朝一から処理できる。実質、彼女が滞在中に処理すべき仕事は木曜の午後から土曜日の間の仕事だけとなり、学院も彼女も仕事が滞り困ることが緩和できるだろう。
「あいつ、文句たらたらよね」
「そうでもないわよ。毎週二回、ドライブできるくらいの感覚だと思うわ、あの見た目詐欺は」
「確かに。なんでも楽しめる得な性格をしているわね」
見た目は少年、中身は薄汚れた中年のオッサン、それが歩人の従僕であるセバス・チャンの客観的な評価である。
「はー どうなるのかしらねー」
「残念ながら、実習という名の指名依頼が無料で実施される未来しか見えないわね」
「そうよねー まあ、近衛とは別行動なら構わないかー 本当に、南都の騎士団は微妙だったから、近衛も似たようなものなのよね多分」
『タラスクス』の討伐の際の話を彼女から聞いた伯姪は「だから王立騎士団を立ち上げるのね」と深く納得する。骨董品の様な価値観のお飾りの騎士たちでは、王太子の考える施策にこたえることは出来ないと考えているのだろう。
「初心に戻って、騎士としての修行をさせてもらえると思えば楽しみじゃない」
「そうならいいけど……そうじゃないと思うわよ……」
二人は、彼女の姉が騎士学校に現れることを彼女自身まだ知らされていない。
また、リリアルの魔術師見習や薬師見習も実習に協力することも。
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