第198話-2 彼女は自分が騎士ではない事に気が付く

 騎士学校に入校するにあたり、彼女は自らが大切なことを忘れていることに気が付いた。


「私、騎士の生活が全く想像できないわ」

「……ああ、そうかもしれないわね。騎士として生活していないものね」


 伯姪は辺境伯領で男爵令嬢をしていたころ、試みで辺境伯騎士団寮で生活をしたことがあるという。体験学習的なものだが、ニース辺境伯領の貴族の子弟は男女関係なく、1か月ほど騎士としての生活の体験をするのだという。


「でも、リリアルと基本変わらないわよ」

「……集団生活だからそうでしょうね。でも、私は学院生としての仕事をしていないもの。それに、騎士の装備もきちんと身に着けた経験はないの」


 彼女の装備は冒険者のそれと魔装衣なので、本格的なチェーンやプレートの金属鎧は身に着けていない。


「心配なら、騎士団にお願いして勉強してみればいいじゃない。それに、将来的には騎士爵の子や騎士として奉職するリリアル生の為にはある程度知って置く必要があるかも知れないわ」

「その通りよ」


 彼女と伯姪は既に学院で子供たちに冒険者として必要なことを教えているのだが、騎士学校で学ぶべきことは「騎士団」をどう機能させるかという事になる。


 騎士となる子がいる場合、この世界の子供たちの社会への門出と同じく、七歳になった時点で、親が仕える貴族の館や他の騎士の家に「小姓ペイジ」として出仕する。


 余談だが、職人でも商人でも見習が始まるのはこの時期であり、十五歳の成人を迎える頃には商人なら一通り商売についての理解がある存在になっているし、職人でも下仕事はほぼ身に着けていて、実際、工房で小さなものから任されていく時期になる。


 そこに、何も知らない同じ年の孤児が現れても仕事を与えられることはないと考えればわかるだろう。商人の子が商人になるのは、相互に自分の子供を見習として受け入れるから成り立つ関係であり、孤児にはそれが成立しないのだから、狭き門なのは当然だろう。


 騎士も本来は同様なのだが、『騎士団』所属の平民の騎士の場合、見習が始まるのが十歳からで、それからは騎士団の駐屯所で小姓の様な仕事をし、主に騎士の道具のメンテナンスや馬の世話、装備を装着する時の手伝いや身の回りの仕事を行う。そうして、経験的に学ぶことになる。


 十五歳で成人し、『従騎士』となると先輩の騎士について騎士の仕事を行うようになるが、半人前扱いであり、騎士の行う様々な業務を単独で行う事は出来ない。それまで、騎士団の駐屯地内での仕事しか知りえなかった仕事の内容が、実際に現場に出て経験することになる。


 勿論、『戦士』としての鍛錬、『騎士』としての騎乗の訓練もその合間に行われている。また、駐屯地の歩哨なども経験し、一人前の騎士となる為の準備を積み重ねていくのだ。





「……という経験が無いわね私には」

「それは、騎士爵だけれど、騎士の経験は基本的にないからね。でも、それなら、騎士は『侍女』の経験も『冒険者』の経験もないのだから、その辺では対等なんじゃない?」

「……そういう問題なのかしら……」


 彼女は、冒険者として革鎧を装備するくらいの事をしてはいるが、騎士の

装備をきちんと身に着けた事はない。


「魔銀鎧でも良ければいいのだけれど」

「不味いんじゃない? じゃあ、今度習いに行きましょうよ。鎧はオジジに手配してもらって、装備の仕方は騎士団にお願いするわね」

「……」


 騎士に鎧の着付けを手伝わせるというのはどうなのかと……躊躇しないわけでもない。


「平気でしょ? 実際はリリアルの女の子に手伝ってもらって、口頭で指示してもらえばいいのだから」

「そ、そうよね。貴族の子女が家族以外の男性に触れられるのは問題ですものね」


 気が付いていて敢えて黙っていたよと伯姪の表情が伝えてくる。


 


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 騎士学校入校前に彼女と伯姪のフルプレートは一応完成した。今後、騎士爵を受けた者は騎士の装備での出陣を命ぜられる可能性がある為、普通の鋼鉄製板金鎧を仕立てる事にしたのである。


「先生、これって普通の鎧ですよね」

「ええそうよ。普通は布の鎧下を着てチェーンの胴衣を着用してその上に金属の鎧を装備するのよね」

「……重そう……」

「いいのよ。偽装しなきゃいけない場合もあるじゃない? 如何にもリリアルの魔装鎧ですってわからないように普通の鎧を着用するの」

「でも、あたしが着ても子供のお祝いにもらった鎧にしか見えないと思う」

「「「あ、確かに……」」」


 赤毛娘は少年であれば精々、新人小姓の年齢にしか見えない。大貴族の跡取りであれば、子供の誕生祝に派手なフルプレートを贈ってもらうこともある。


「だ、大丈夫よ!!」

「もったいない気もするけどね」

「……まあ、着れなくなったら飾りにでもするわよね……」


 ということで、とりあえず今日は女子だけを集め、彼女と伯姪の鎧の着付けを手伝わせることで、鎧の装着の勉強をするのである。茶目栗毛は小姓(ペイジ)の訓練も受けているので、鎧の装着については教えられる程度には理解しているし、青目蒼髪はそれに習えで今回は不参加である。


 さて、魔装鎧の上下を着用したところから説明は始まる。


「最初に、この腰につける鎧下をつけて、ジャケットを着るわね」


 腰の鎧下は「メイル・ショウズ」と呼ばれ、腰回りを護る厚手のガーター・ベルトのような装備である。アーミング・ジャケットと呼ばれる板金鎧の下に着る装備はプレートの隙間となる部分をチェインで補うための鎧下の上に重ねる胴衣のことだ。


「完全に鎖帷子じゃないのね」

「プレートの継ぎ目を狙う刺突なら、これでも効果は限定的だろうけれどね。まあ、無いよりはましだし、刺されて出血を抑え込む効果も多少あるでしょ?」


 次に脛当てと鉄の靴を履く。さらに、膝当て腿当てをジャケットに吊り下げる。さらに、ジャケットの腰回りと肩回りに鎖の腰巻・肩当を装着する。これも、プレートの継ぎ目に対する補強の意味がある。


「身体強化無しなら、既に無理かもしれないわね」

「あなたは華奢だからね。まあ、身体強化を魔法でするなとは言わないでしょうけれど、見習騎士にはそういうしごき・・・がありそうね」


 この後、胸当・背当てを付ける。ここまでくると、かなり甲冑らしい雰囲気となる。


「さて、更に行くわよ!」


 肩当・上腕甲・肘当・手甲に拍車まで装備すると……


「ねえ、これで本当に戦えるのかしら?」

「微妙ね? 倒れたら一人では立ち上がれないという話は聞くわね」


 顎当・兜までは装着せずに、その時点で一度試しに倒れてみる事にする。


「ま、魔力無しだと……」

「どうやら、寝返りさえ無理そうね……」

「……ええ。動けないわ……」

「「「「えー……」」」」


 騎士爵女子の黒目黒髪・赤毛娘・赤目銀髪・赤目蒼髪が声を揃えて微妙な表情になる。


「ま、騎士ってそういうものだから。従者が二、三人付いて回って、騎乗するのも一人じゃ無理だしね」

「これに乗られたら、馬だってそう長い時間は動けないわよね」

「一度の突撃で勝敗が付かなければ、時間切れって事じゃないかしらね」


 馬上試合のように、向かい合ってお互いが突き合うという形で短時間で決着が付かなければ、体力切れになるだろう。この騎士のルールが暗黙の了解であった時代なら、戦争は貴族のゲームであったのだろうが……


「騎士以外には通用しないわね」

「連合王国の長弓兵は自営農、ランドルの市民兵のフレイルで滅多打ちにされて皆殺しにあうのは当然ね」

「そういえば、帝国の騎士たちが山国に侵攻して、峠道で強襲されてハルバードと長槍で殺戮されたという戦例もあるわね」


 騎士は騎士のルールから外れると途端に脆弱になる存在なのかもしれない。騎士が生かせる戦場を設定することが出来なかった時点で、その指揮官の負けなのだが。


「警邏の時はこれ、全着用じゃないわよね」

「当たり前でしょ? 胸当背当とアーマージャケットだけだと思うわ。それと、手綱を持つ側はガントレットかバンブレース着用になるんじゃない?」


 バンブレースとは手首から肘までを護る鎧で前腕甲とでもいうのだろうか。


「では、皆さんも着用してみましょう。勿論、サイズは合わないと思うけれど、お試しにね」


 伯姪鎧は赤目蒼髪と黒目黒髪、彼女の鎧は赤目銀髪と赤毛娘が着用する。む、胸のサイズ的に適合するから?


「何か失礼な事を考えていないかしら?」

「「「き、気のせい(です)(じゃない)……」」」

「……」


 赤目銀髪……魅惑のスレンダーボディ仲間である。


 


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 そして、リリアル学院前騎士団駐屯所に彼女と伯姪は挨拶に来ている。どうやら、騎士学校に同期となる何人かの従騎士が顔を見せに来ているということで、頼み事ついでに話をしに来たのである。


「……初めまして、リリアル男爵閣下、ニース騎士爵閣下」


 貴族である二人は、正式には『閣下』呼びをされることになる。


「丁寧なごあいさつ恐れ入ります隊長さん。アリーで結構ですわ」

「私も、メイで構いませんわ」

「では、アリー、メイ、同期になる従騎士を紹介する。全員ではなく、何人かだが、よろしくしてくれるとありがたい」


 駐屯地の中隊長曰く、今回は魔導騎士・近衛騎士で十二名、騎士団から十名にリリアルの二名が加わり、二個分隊で恐らく開校することになるだろうという。


「やはり、近衛と騎士団は別の分隊になるのでしょうか」

「こっちは構わないんだが、貴族しかいない近衛は嫌がるんだよ。あいつら、従者も連れてくるからな。二人部屋だけど、従者と二人部屋なんだよ」

「……なるほど」


 従者と言っても所謂親族の年下の小姓を連れてくるので、同室でも問題ないようになっているらしい。


「今回は……公爵令嬢も来るからな。彼女は、別棟を借り上げるみたいだな。朝夕は食事も別対応と聞いている」

「「……」」


 さすが公爵家のお姫様と二人は思いつつ、挨拶を待っている同期の従騎士たちに目を向ける。


 何人かは聖都での吸血鬼騒ぎや、ルーンでの活動の時に顔を合わせた事のある者たちがいた。とは言え、名前も知らないのだが。





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