第197話-2 彼女は『伯爵』と情報を交換する
二輪馬車の利用を控え、今回は普通の馬車で移動している。王都に用事がある理由の一つは孤児院の面談。今一つは『伯爵』との情報交換である。とは言え、彼女の側にそれほど重要な情報はないのだが。
因みに、今日訪問したいくつかの孤児院の中で、一人だけ能力的には魔術師にできそうな子供がいた。灰目灰髪の十歳の少年。とは言え、どこか目が死んでいる虚言癖のありそうな子であった。
『あの歩人に似てるな。あと、若い頃の俺』
「……全面的にヤバい奴じゃない。はぁ、男の子はメンドクさい子が多いわね」
『まあな。素直で人間性に問題が無きゃ、あの年になる前に養子にもらわれていくだろう? 残り物に福はねぇ。ジャンク品だろ』
「それを手入れして使いこなすのが腕というわけね」
『そういうこった。まあ、ちょっとくらい捻くれている方が応力が抜けて丈夫な鋼になるってもんだ』
子供の頃に自分を偽らないということは、ある意味大人になった時に心にわだかまりは残らないのかもしれないが、拗ねたオッサンには興味がない。
「まあ、あれでも……一応鍛冶師としてはそれなりになったから……なんとかなるわよね」
『まあな。あれだったからな……』
『馴染むまでは時間がかかるだろうけどな』
「ええ、最初からどこにでも馴染んでしまう胡散臭いのは、姉さんだけで十分ですもの」
『あいつ、いつでもホームだよな。アウェイが存在しないのはなんでなんだろうな』
あの見た目と世話焼き気質のせいで馴染まれやすいのだと思われる。とはいえ、合目的思考なので、誰とでも仲良しだが誰とも仲良くないのと何ら変わらない距離感なのである。
『ああいうの、一人いると便利だよな』
「ええ。二人いると鬱陶しいから一人で十分ね」
と思いつつ、今日の本命の『伯爵』の屋敷に到着する。
挨拶をかわすと、早々に『伯爵』の口から驚く内容が告げられた。騎士学校ではとある授業で講師を引き受けているのだという。
『では、騎士学校ではよろしくお願いするね』
「……承知しました。伯爵様もご無理されませぬように」
『私は週一コマの講義だけの臨時講師だからね。まあ、帝国についての知識を深める内容だよ』
帝国貴族であり、既に百年以上の経験を持つ現役の商会頭でもある『伯爵』に帝国に関する講座を持っていただくのは悪い話ではないだろう。
『騎士団長のお願いでもあるしね。それと……』
場合によっては、「アンデッド」の魔物に対する講座も特別講義として開く可能性があるという。
「きな臭いからでしょうか」
『だろうね。そもそも、騎士団の仕事って平時の王領・王都周辺の警邏と治安維持業務、それと戦時の王国軍の指揮業務じゃない』
王領内の様々な場所に移動する騎士団員たちは、自然と国内の道路網や周辺の地理、街や村の様子に対して詳しくなる。戦争において有利な地形や地点を把握していることはとても有利なのだから、日ごろの警邏業務も防衛戦争に対する備えであるともいえる。
とは言え、行商人や冒険者に偽装した敵国人が王国内で活動し、地図や侵入する地域の情報を作成しているのは当然だろうが、現場の指揮官が直接見知っているのとは効果が違うだろう。
「確かに、魔物の集団は人間の軍隊と行動原理が異なりますから厄介ですね」
『そうそう、必ず掃討しなければいけないだろうしね』
人間の軍隊なら「指揮官が負傷・死亡する」「食料などの物資が不足する」
「兵の士気が低下する・混乱し敗走する」といった結果、退却する可能性がある。魔物の場合、人間よりも手間も時間もかかる。
まず、人間の戦争の場合、日の出から日没の間で戦いは一旦終了となる。暗い場所では敵味方も分からないし、場合によっては方向も分からなくなる。戦い続ければ疲労困憊し動けなくなることもある。
魔物の場合、特にアンデッドの場合それがない。夜目の利くものがほとんどであるし、食料は目の前の人間でもある。人間と比べれば疲れる度合いが異なるし、指揮官らしきものは存在しないことも多い。勢いや流れは大切だが、戦う意思自体がなくならない限り襲い続けるものだろう。
『統率する群れのリーダーを狙うというのは正しいが、その場合、他の群れの下位個体をそれなりに倒さないと辿り着けないしね』
オーガやドラゴンのように単独で現れる者ならともかく、群れで出現する場合、群れの主は余り最初から前に出てくることはない。魔狼やゴブリンでさえだ。
『アンデッドの場合さらに厄介なのは、殺せない事……だよね』
死の恐怖を想起させることで、生きている魔物は逃げ出すことがある。群れのリーダーが倒されたり、既に多くの仲間が殺され、次は自分の番だと思う場合などだ。
アンデッドの場合、例えばスケルトンのような魔法生物に近いものは定められた闘争本能で戦うため、骨自体をある程度砕く必要がある。槍や剣ではなく、斧やメイスでなければ効果が低い。
グールやゾンビのような人間の死体に近いものであれば、人間を殺すように出来るが、基本は首を刎ねる・頭蓋を叩き潰すの二択で、人間のように僅かな怪我でも痛みで動けなくなったり、出血で瀕死になったりしない分厄介である。
人間のアンデッド以外に、魔物のアンデッドが存在した場合、人間よりも基礎の能力が高いものはさらに厄介である。
「とは言え、少々耐久性の高い魔物と考えれば、この辺りさほどでもないでしょう」
『それは魔術が扱えるからそう思うのだよ。人間相手なら刺突や大振りの剣戟が有効だったりするけれど、骨や死体相手だと「首を切り落とす」ために手間が相当かかるじゃないか』
魔力を纏わせた剣で有無を言わさず斬り飛ばす事に慣れてしまった彼女にとって、一般的な騎士や兵士が対人戦を前提に装備や戦い方を工夫している事を考えると、『伯爵』の指摘は正しいのだろう。
「つまり、騎士学校で教育するのはそういうことですね」
『そうだね。実際、一撃で首を斬り飛ばせるような達人は騎士団でも小隊長クラスだろ? 魔力を持っていて剣が魔力纏いを受けられる魔銀製であるかどうかって考えると、見習レベルでは無理だしね』
となると、動きの鈍いゾンビならともかく、グールは組み付かれたりすれば相当危険なことになる。騎士はともかく、兵士はまず助からないだろう。首元を噛み切られてほぼ即死だ。
霊のようなアンデッド、吸血鬼や『伯爵』同様のリッチ、死霊騎士であるデュラハンはどうなるのであろうか。
『霊の場合、その場所に依存するからね。近づかずに、聖職者に依頼する事が筋だね。それと、初動の段階で、魔力纏いの使える騎士を加えておけば、追い払うくらいはできる。生身がいくら強くても、霊は物理では追い払えないからね。魔力か神力が必要だからさ』
恐らくその通りだろう。正体不明の魔物を偵察する場合、魔力保有者を中心に編成した斥候を使うので、これは指摘しておけば問題ないだろうし、上位の指揮官が当然指導するだろう。
『吸血鬼やリッチは自分が表に出ることはあんまりないね』
「……伯爵様が仰ると信ぴょう性がありませんね」
『私は、王国ライフを楽しむために協力しているだけだよ。帝国のように、てんでバラバラに己の利害関係だけで動く国なら、上手に逃げ回るけどね。王都は帝国の都と比べると、住み心地がいいからね。君たちの先祖のおかげでもあるんだろうけど』
「それは素直に嬉しいお言葉ですわね。代々王都を護り作り上げてきた一族の者としては」
帝都ウィンも悪くないというのだが、いささか寒冷な場所であるという。王都も冬はそれなりに寒いのだが、それ以上なのだそうだ。
『食べ物が不味いね』
「王国はそういう意味では国内からも国外からもどん欲に美味しいものを求めて王都にもたらしますから、美味しいものを楽しむなら王都でしょう」
グルメ談議が始まりそうなので、断って話を元に戻す。
『吸血鬼もリッチも表に出てきた場合、何らかの目的を自分自身で達成する為に現れた……と解釈するべきだから、可能な限り本人とは争わないことだね』
「……一般の騎士としては……ですね」
『それはそうだよ。魔力がなければ簡単に「魅了」もされるし、かえって敵の駒になる可能性も高いね。リッチの場合「不死の賢者」でちょっと狂っている可能性が高いから……』
当然、「エルダーリッチ」である『伯爵』をじっと目にする彼女である。
『私は、ほとんど狂っていないよ。仮初の生を楽しんでいるからね。それが、研究ばかりしていたら、それも何百年もだね……頭が正常なわけがない。体は疲れないし睡眠も必要ないからと言って、脳も不眠不休に耐えられる訳じゃないからね。長い時間、同じことを考え続けるのは妄執がなければ、拷問のように感じるだろうし、結果は同じ……狂うしかないね』
寝かさない拷問というものも存在するのだ。人間、三日も寝なければ、様々な感覚が狂ってくるという。幻聴・幻視というものも発生する。修行中にそんなものを経験する宗教者もいるとかいないとか。
『吸血鬼はもっと即物的で単純思考だね。だから、自分が出てきた時点で直線的に行動し目的を達しようとする傾向がある』
「聖都でのやり口はそうでした」
『あれは、依頼された仕事だろうけれど、やり方は一緒だね。だから、細かい策を練るより力押しが来ると考えていれば間違いはない。とは言え、事前工作は手間をかけるね。変な美意識があるからだろうけれど、執着心が強いからその辺りが面倒さ。相手をするのはね』
貴族であることが多い「支配種」は、様々に種をまく存在なのだという。故に、人間の時間感覚ではなく、不死者のそれで仕掛けてくるので「忘れた頃」に仕掛けが作動することも多いという。
「なら、聖都も安心というわけではないのですね」
『ポンポンと新しい吸血鬼を生み出せるわけじゃないから、しばらくは問題ないだろうけれど、それが一年なのか十年なのかは本人次第だね』
人間はずっと警戒し続ける事は難しい。その緊張が途切れる時に意図せず、次の活動が始まるという事なのだろうか。
『まあ、気が休まらないだろうけれど、慣れないとね』
アンデッドとしてのライフスタイルがすっかり馴染んだ『伯爵』はそう彼女に言い放つのである。
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