第197話-1 彼女は『伯爵』と情報を交換する

 王宮からもどった数日後、王都周辺では二輪馬車で疾走する高貴な女性の姿を頻繁に見かけるという話題で持ちきりであった。


 曰く、有事の際の王都からの脱出の演習……という名目の王妃様王女様の爆走ドライブに過ぎないのだが。


「近衛の連中大変みたいよ」

「そうでしょうね。騎士団なら急行軍の演習くらい行うけれど、近衛には必要ないもの。馬だって見栄えが良く扱いやすい性格の馬ばかりでしょうし、ほぼ空馬の魔装馬車と人を乗せた騎士の馬では追いつけないでしょうね」


 原因を作ったのはリリアルだが、実行しているのは王妃様なので関係ない。全然関係ないんだからね!!


 


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 聖都での一件は、収束したわけではないし、原因である帝国・神国と連合王国・北ネデル領の争いは続いている。この一連の流れが変わらない限り、王国への影響も続き、対症療法を続けざるを得ないのである。


 ネデル領の伯爵家の一つが王国南部のラニエに領地を持つ公爵家と婚姻を結び『ラニエ公爵』を名乗るようになったのだが、王国の臣下というわけではない。ネデル領の総督を父である先代ラニエ公から受け継ぎ、王太子殿下と変わらぬ年齢でありながら、既に君主として活動している。


 とは言え、先君の死後日も浅く、内部の掌握に時間を割かれており、現在は盟友である連合王国から将軍の派遣を受けており、軍務を委ねている状況だという。


 その名前は『モリッツ』という。後年、ネデル防衛戦争を勝ち抜き独立に導くことになる軍政家である。





 ネデル領は北部の海に近い低地地域は連合王国との結びつきを強めた自由商業都市を中心に原神子信徒が多い故に、帝国皇帝であり、神国国王の御神子原理主義の支配を快く思っておらず、半ば独立するかのように振舞う事になっている。


 要は、金を払うから構うなという事なのだが、それが通用するような世俗的な皇帝ではなかったのだ。


 神国兵を主体とする皇帝軍が南部からネデル領に侵入し、北部の都市と軍、派遣された連合王国軍と戦争状態となっているのが今のネデル領なのである。


「連合王国の味方は敵なのかという事よね」

『なんでもそういうわけじゃねぇだろうな。なら、御神子教徒同士のはずの帝国がなんで吸血鬼を聖都に送り込むんだよ』


『魔剣』の言ももっともなことだろう。皇帝は世界中に兵を派遣して植民活動を行っており、端的に言えば金欠だ。商業が発達し豊かなネデル領から搾れるだけ税金を絞ろうとして反乱を起こされている。


 王国がネデル領に干渉しないように、皇帝自らでなくとも派遣された臣下のパルム公辺りが指示した可能性が高い。


『切り取り次第なんて言われているとすれば、無茶するのもあり得るだろ』


 公は現皇帝の妹の息子であり、数代前の教皇の血も引いている高位の貴族。宮廷でも重きをなしていると言われるが、軍人として身を立てることを信条としており、母が以前ネデル総督に任ぜられていたことから、地縁もあるということで白羽の矢が立ったのだという。


「……王国関係ないわよね」

『全くな。ただ、考え方としては正しい。やり方としては酷くえげつないからな』


 戦争に干渉させないために第三国に伝染病をまき散らすようなものである。まして、同じ御神子教徒の国にである。原理主義が聞いてあきれる。


「やはり、恣意的に解釈した者がいるという事よね」

『その辺り、探る必要があるかもだが、そう考えるともう手を出しては来ないだろうな。誰が吸血鬼を放ったか王家も類推できているだろう。相手もそれが知れたと理解できている』

「書簡で抗議、相手は残念な事件だが当方は関係ないと表向き言うしかない。しかしながら、事実はそうではないのでこれ以上王国に干渉しないように上が釘を刺す」

『その間に、吸血鬼対策を進めておくのがいいだろう。余りこちらからチョッカイを出さないことだな。王太子領や国内の反王家の活動だって活発化させる事ができるやつらに、釘がさせただけで良しとすべきだろうな』


 王国の外の事は彼女の埒外であるし、リリアルも子爵家も関係がない。専守防衛的な存在なのだからそれで良いのだ。


「でも、吸血鬼の親玉とは話してみたいわね」

『やめとけ。お前だってリリアルの学生が吸血鬼に捕まれば腹が立つだろ。まあ、使い捨てとは言え子分がやられたのは面白くないだろうし、それを上が止めているのだからそのままがいいだろう』


 しばらく吸血鬼の件は安心できるという事だろうか。


 

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