第196話-2 彼女は王妃様に『公爵令嬢』の話を聞く
先日のデビュタントの話となる。あの日が伯姪もデビュタントであったのだが、王太子殿下に拉致された彼女は、何故か挨拶する側ではなくされる側にいたため、会場では言葉を交わす事も出来なかった。
「あの時は驚いたわよ」
「それは、私のセリフよ。まさか、王族方と同席することになるとはね」
悪戯成功とばかりに笑う母と娘。この方たちが絡んでいたとは……と彼女は心の中でOTZしているのである。
「リリアル男爵が『男爵』と思われて下に見られるのは困るのよー」
世襲貴族としての男爵は最も低い爵位であるから、高位貴族からすれば見下されるのは仕方がないのではないか。とは言え、伯姪の実家も男爵家であり、男爵という爵位の上下は実力とはあまり関係がない。
「学院も任せているし、騎士団や教会にも協力してもらっているじゃない?副元帥でもあるわけでしょう」
「……身に余る光栄ですが……」
「親から継いだ爵位を持つだけの者に、忠誠心か仕事かどちらか片方でもしっかり持たせたいということの意思表示でもあるのよー」
なるほど、彼女が様々な仕事を押し付けられ……請負い実績を重ねている反面、生まれ持った地位に胡坐をかいている世襲貴族が沢山いることが王国の活力を削いでいると……王家は判断しているという事なのだろう。
「伯爵や侯爵辺りで、何百年もただ領地から租税を巻き上げて暮らしている役立たずはお役御免になって行くと思うのよ。でも、その代わりに新しい世代の貴族が育ってくれないと国としては弱くなるからー リリアル男爵には目立ってもらう必要があるのよ~」
「……」
「目立つのはお姉さんの仕事だから、やりにくいよね……」
王家の意図は理解した、但し、出来るわけではない。たぶんできないと思うと彼女は考えている。
王家としては、王国創成期から続く領地からの税収に依存する貴族の他に、王国を豊かにする能力のある人間を叙爵して貴族に取り立てていきたいという事なのだろう。
「だ・か・ら 多分、カトリナちゃんには絡まれるわよ~」
「カトリナ姉様も素敵ですわ。お姫様然としていて気高く感じますわ!!」
王女殿下も……いや、殿下には殿下の素敵な面がある。むしろ、王族であるからゆえの腰の低さが周りから親しみやすさを感じさせる。普通の貴族であれば庶民に媚を売るのかと揶揄されかねない。
「初めてお見かけしたけれど、凄いオーラ出してたわよね」
「……そうね。王族という意識が高いのかもしれないわね。それに……ギュイエ公爵領は元連合王国領であった時代が続いた関係もあって、いまだに主な経済的な交流は連合王国とが多いのよね。ルーンやレンヌも連合王国領の時代や保護国扱いの時代もあって経済的な結び付きが強い地域なのだけど、今では王都の経済圏に組み込まれつつある。
ギュイエは王都の経済圏より、海でつながる神国や連合王国との関係が深いから……難しいのよね~」
元々、ギュイエ公領は北のポワト伯爵領という場所が存在し、所謂公爵家の分家筆頭のような存在が支配していた。ギュイエ公爵領の本拠地は南のガロ地方のボルデュに宮廷を持っており、経済的な中心地でもある。
連合王国の内部も一枚岩とは言えない。連合王国の名称が示す通り、元々先住民の王が統べる西の王国を、ロマン人の王が統べる東の王国が滅ぼし連合王国となる。さらに、北の王国と連合王国は長きにわたり戦い、時には婚姻を結ぶこともあった。
北の王国は元々の宗教である御神子教を信奉しており、南の連合王国は原神子教の亜流である国神子教を国の宗教としている。また、百年戦争に破れ王国内の領地をほぼ失った連合王国は、国内の修道院の財産を取上げることに目を付け、御神子教徒であることを辞め、独自の国神子教を国の宗教と定めることで教皇からの干渉を撥ねつけ、教会の財産を接収する事にした。
この時点で、『異端』であり恐らく教皇が宣言すれば『連合王国十字軍』が発生した可能性があるのだが、その時点では硬軟を上手く使い分け、修道院の財産の接収につとめ、教会に関しては先送りにしたのだ。
「原神子教徒の影響は無視できませんわね」
「……聖典に書いてあることだけが正しいというのはおかしなことですわ。そもそも、あれは御神子様のお弟子さんのお手紙をまとめたものでしょう。『御神子様はこうおっしゃいました』という感じでですわ。それは、司祭様が御神子様のお考えを理解してお伝えすることと変わらないではありませんか」
司祭も司教も教皇も自分の御神子様との関係の中で「こう思う」という提示をすることがあるのは当然だろう。「解釈」というものは、当人の価値観が反映されるのだから。つまり、原神子教徒も 聖典-自分という解釈が存在するわけで、聖典-聖職者-自分 という関係を否定するには根拠が薄弱ではないかと。
「自分の解釈は正しくて、司祭様の解釈は間違っているとか傲慢よね~」
「それこそ、『大罪』ではありませんの?」
御神子教は『神の愛』を伝える教えなのだ。あなたの敵を愛せとは、精々、自分と違う意見の者でも、その存在を否定したりするな……程度の理解で構わないのだろう。でなければ、王と奴隷しかこの世に存在しなくなるではないか。
「影響を受けるというのはそういう事なの。原神子教徒である連合王国やネデルの商人や貴族との付き合いの多いギュイエ公は……他者への『愛』が足らないのよね~ だから、娘も……ね」
騎士学校で机を並べるカタリナ嬢も、同様に自分と異なる意見の存在を認めない存在であるという事なのだろうか。
「戦う相手としては楽ちんね。蓋然性や複数の選択肢を認めないのだもの。思考を誘導し、視野狭窄に陥らせれば簡単に勝利できるわ」
「騎士学校で真っ先に否定されそうな発想ですもの。楽しみだわ」
思想と思考を切り離せる者も存在する。だが、そういう存在は、上の立場になればなるほど難しくなる。周りが同じ反応を期待するからだ。こうあるべきだ、こうするべきだと期待される。故に、自分の思想ではなく、周りの思想に振り廻されることになる。
元は王家の一族であるギュイエ公爵家が、最初から王国に敵対する存在であったとは思えない。代を重ねるごとに、周りの思想に同調せざるを得なくなったことが、王家に隠然と敵対する存在となった要因だろう。
「見極めて~」
「原神子教の影響を切り離す良い時期ですので、個人的に信頼関係が築ける存在かどうか人物を見極めろ……ということですね」
連合王国は神国と影に日向に敵対している。『十字軍』を神国単独で実行する可能性すらある。
一つは、神国と同盟していた北の王国の前女王(連合王国の女王とは祖父母が姉弟)を自分の暗殺を計画していたとして処刑している。前女王は北の王国の王位を息子に譲らされて亡命していたのだが。
同君連合である帝国皇帝と神国は、皇帝家の領地であるネデル領で皇帝家の支配に反抗する都市の背後に、取引先である連合王国が関係していると考え、事実、連合王国は反皇帝側の北ネデル領の都市に援軍を送っている。
「おかげで、聖都や国境周辺でいろんな怪しい事件が起こっているのよね」
連合王国も帝国も王国に干渉させたくない。現在の国王陛下にはそういった意思は全くないのだが、過去の経緯を考えれば予防措置を取られるのは仕方がないだろう。
彼女が関わった一連の魔物や賊の討伐は、この二つの国の争いのとばっちりと言えるのである。
「王国内を一つにすることからですわね」
「難しいわね~ でも、ひ孫の代くらいには……そうなると良いわね~」
百年戦争の時期、王国内も分裂していた時期がある。王弟派と王太子派に別れ、その時点で連合王国は王国南西部に大きな領土を持ち、レンヌ大公も中立か連合王国に協力的であった。ランドル領も家の系統が変わり、連合王国と親戚関係を築いていた。
だが、百年経った今は、表立って王家に従わない存在は王国内には存在しない。南都周辺やギュイエ公領は今後の改善課題だが、王都とレンヌ、ブルグント領に南都、更にニース辺境伯領まで今では一つの線で繋がり、やがては面となるだろう。
「連合王国と神国の戦争が激しくなれば、ギュイエの港も影響を受けるわね。その時に、内海とこちらの流通網を使えば外海を使わなくても物が運べるし、レンヌの港を使えば王都に商圏もつながるものね」
王都とレンヌの間が河川でつながることで、レンヌとボルデュの間の航路も活かせるようになる。
「どっちにつく方が利口かなんて、明らかになるでしょうね」
「そういえば、よくわかっていなかった商業の都市があったよね」
「仕方ないじゃない。元々同じ国の人間だったのだもの。世界を変えることはあの方達にはできなかった……という事なのよ」
ロマン人の商人から都市貴族になったルーンの支配者たちは、海を跨いだ貿易が元通りにならないという事に目を向けることが出来なかったのだろう。元に戻れば、自分たちの栄光が戻ってくる……という甘言に踊らされ、王国を牽制するための手札として利用されていたのだ。
環境が安定したなら、ボルデュから運び込まれる商品の王都の玄関口として美味しい思いもできたかもしれない。その利益を享受するのは、自分たちが排除してきた新たな商人たちで、川を挟んだ新市街に店を構える者たちなのだ。
「本当に、見極めって大事よね~」
うふふと思わせぶりに微笑みながら、王妃様は「二人には期待してるわ~」と話をまとめた。
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「……これがわたくしとお母様の……専用二輪馬車ですのね」
「架装は王家の工房で仕上げていただいておりますが、車台から下の走行に関わる部分は、リリアルの魔装工房製です。私たちが聖都に向かう際にテストした試作品を改良した新型の車体です」
「では、早速乗ってみましょうか」
「は、はい!!」
先ずは、お二人に専属の御者が立ち台から馬車を操作することになるようだ。
黒一色の試作品とは異なり、白と青のロイヤルカラーをふんだんに用い、更に、王家の象徴である百合の花の象嵌を施した遠目にも美しい外装の車両である。
王宮内の庭園周りを馬車でゆっくりと移動する様子が見える。二輪馬車では外から丸見えなので、王家御用達仕様としては、前面に魔装布の細かい網目
状のフードを取り付けている。魔力を通せば風除けとしても防弾としても利用できる仕様だ。
「キャーキャー声が聞こえてたの、楽しそうね」
「……ええ。王妃様のいたずらで王女様にトラウマができないか心配だけれど」
『お前の姉ほど酷くはないだろ? 母と姉は違うからな』
子供の頃、姉と二人で初めて乗った二輪馬車の中で、様々な悪戯を仕掛けられ降りることも逃げる事も出来ず、それ以来彼女の中では二輪馬車に誰かと二人で乗るのはちょっとした忌避すべき事なのである。
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