第193話‐2 彼女は中等孤児院の設立準備を進める


 リリアルに戻り、早速様々な資料や考えをまとめ、まず最初に伯姪に話を聞いて貰う事にした。何より、彼女の最も近しい存在であるからだ。姉に言うと激しく絡まれそうなので、言葉には出せないのだが。


「なるほどね」

「小さな子供たちには難しいでしょうけれど、七歳で弟子入りするのが当たり前の世の中で、十五歳の成人まで雑用しかしていない元孤児に仕事があるとは思えないもの」


 孤児院が手狭になる、老朽化するという問題の中で魔力の無いものや素養は余りない者の為に何らかの手を打ちたいと以前から二人は考えていたのだ。


 その為の計画はぼんやりしていたのだが、王都の移転される墓地の場所が使えるのであれば、様々なピースが形を持つことになる。


「初等孤児院と中等孤児院で分けるとかかしらね」

「きちんと就業教育受けた後に孤児院に戻ってシスターになるということも必要だものね。見様見真似じゃ限界あるしさ」

「ええ。期間はそうね……十歳で区切り、五年間、就業教育を行うとかかしらね」


 世の子供たちは七歳から見習になる風習があるが、最初は本当に面倒をみてあげ新しい環境に慣れさせる段階だ。孤児の十歳は決して遅くない。読み書き計算の簡単なところはそこまでに学習させておくことだ。


「孤児院が今のところ十五歳までの子供がランダムに四十人前後入れられているじゃない? 施療院が近いところは女の子の中等孤児院で使用人の教育を受けていくとか、騎士団や工房が近いところだったら、騎士は無理だけれど厩務員とか大工仕事の下働きなんかは出来るんじゃないかな」


 希望の仕事が出来るわけでもないだろうし、仕事がない時もあるだろう。その場合は、男子中等孤児院から男手を初等孤児院に派遣して仕事を任せることも可能だろう。その場合、墓地跡の中等孤児院は男子全てと女子の一部か。


「薪割りだって、割ったものを配ればいいわけで、必ずしも孤児院ごとに薪割りする必要ないじゃない。仕事で出る木っ端だってもらえるし、藁だってもらい放題……とはいかないけど、孤児院にへばり付いているよりいいわよ」


 女の子は子供の面倒を見たりすることも多いだろうが、男の子は外で仕事をすることも多いだろうが、まとまった仕事でも継続してできる仕事でもない。孤児だから安く雇える、使い捨ての扱いが多いだろうか。


「何かしなければと思っていたけれど……折角、吸血鬼の件で教会に伝手ができたのだから、少々お話くらい聞いて貰えるわよね」

「そりゃそうでしょう。吸血鬼の件、何も終わってないもの。蠅を追い払ったとしても、またしばらくすれば戻ってくるのだから。リリアルの言を無下にするのはちょっとないでしょうね」


 古くなった孤児院を修理しながら使うのもいいが、どうせ建て直すのであれば、作業施設もあるような、それなりの規模の物が望ましい。男の子には大工の下仕事や道路の整備なんてこともさせたいし、馬の世話ができれば御者にもなれるだろう。女の子には糸紡ぎや機織り、刺繍や裁縫の仕事も与えて、自分たちで孤児の子供たちに服が作れるくらいになってもらえるとありがたい。


 最初は……自分たちの住む場所、着るものを直すところから始まって、職人として、使用人として社会に馴染めるようにしたいと思うのだ。


「なかなか難しいでしょうけれど、最初から諦めずにいて欲しいもの」

「……そうね。みんながそうなれるわけじゃないけれど、チャンスはあるようにしたいね」


 親がいる、家業があるというのはそれだけで大きなアドバンテージになる。孤児は正直、何もないのだから、貴族の娘に生まれた彼女には偉そうなことは言えないという負い目もある。


「でも、あなたじゃなきゃ、誰も手を差し伸べないかもしれないじゃない。少なくとも、リリアルにいる子たちは……恵まれているし、救われていると私は思う。だから、出来なかったことを悔いるより、出来たことを誇りすればいい。あの子達もそう、望んでいると思う」

「ありがとう……そうであれば、本当に嬉しいわ」


 まだまだ道程は長いのだろうが、少なくとも目の前の伯姪と、リリアルの子達がいる。祖母も姉も王妃様も……王太子は分からないが協力してくれる方たちもいる。


「ちょっと、荷が重いけれどね」

「ははは、それは言わない約束でしょう?」

「……そんな約束していないわよ……」


 彼女はそんな約束したかしら……と真面目に考えているのである。


 

 彼女は姉と共に、墓地跡の活用の提案として『中等孤児院計画』を提案するべく、子爵邸を訪れていた。久しぶりの家族での食事のあと、「難しい話になりそうね~おやすみ~♡」と母は自室に引き上げており、今は父と娘の三人で話をしている。


「確かに、墓地の移転計画は進めているが、その後の利用はまだ決まってはいない。正直、普通に人が住むには周りの環境が良くないからね」

「孤児院を建てる……というよりは、礼拝堂とそこを護る教会の子供たち……という形で、何らかの形で教会にも協力して戴ける様に私からもお願いするつもりです。王妃様にご相談する前に、官僚としてのお父様に可否を判断して頂こうと思い、お話しました」


 王妃様なら「いいわよ~」で終わると思うのだが、実際、移転を進めている官僚からすれば迷惑や実行不可能なことなのかもしれない。


「いや、この場所を即、何かに利用することは不可能と判断して、しばらく寝かせるつもりだったのだよ。だが、そうなると、管理する必要や犯罪に利用されないとも限らないという話もあって、悩みの種だったのだよ」

「でしょ? ここに、沢山の若い孤児と、けがをして不自由となったとはいえ騎士団の退職者が住んでいるとすれば、周りの治安も改善するし、滞っているスラムの再開発だって活性化するんでしょ?」


 姉曰く、「孤児だけじゃなく、スラムの子供にも開放すれば更にお得な結果になるんじゃない?」というのである。墓地はスラムのある場所に隣接しているので、特に通学などの問題はない。短い期間でも就労学習を受けた者は、貧民の子というだけで孤児同様に差別される経験を減らすことに役立つかもしれない。


「その場合、教室は分けるべきでしょうね。教授方は同じにしても、時間と場所は分けないとね」

「スペースはある。貧民対策としての予算から一部、訓練施設の予算も出せるかもしれない。但し、貧民とは言え無料にはしない。只では誰もが求めるだろうし、只ではその与えられた機会を大切にしないだろうからな」

「そうかしら……いえ、それでお願いします」


 リリアルの子たちは「選ばれた」子供たち故に、その機会を大切にしようと考えている。彼ら彼女らを基準にするのは恐らく間違っているのだろう。


「……では、この提案を元に私の部署で計画を立ち上げて、宮中伯を通して宰相と国王陛下にお話する」

「お願いします。出来れば、その内容を教えていただければ、王妃様にも私からお話しできるのですが」

「今の話はすべて盛り込む。後は、細かい段取りや予算、時期の問題だな。今日のお前の話はそのままお伝えしていただいて構わない」

「まあ、妹ちゃんのアイデアは毎度冴えてるからね☆ 孤児と怪我で引退した騎士の出会い……また、お芝居のネタが生まれそうな予感がするよお姉ちゃん!!」


 余計なことを言う姉を無視し、彼女は子爵に「よろしくお願いします」と深々と頭を下げた。




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 さて、この『中等孤児院』のプランは、王都の再開発計画と貧民救済策との見事な融合と称される結果を生み出すのは彼女の髪に白いものが混ざる年齢になる頃であった。


 宮中伯、宰相とも王都の中に大規模な孤児の為の施設を墓地の跡地利用であるとしても設立するのはどうかと否定的であった。ところが、これに大いに声を上げたのは『王都大司教猊下』であった。


「聖女であるシスター・アリーの提案を教会として全面的に支持します」


 と、王宮に意見したのである。司教座を有するとは言えここは王家のお膝元。大司教猊下には政治的権能は大司教区領とは違いほとんどないと言える。しかしながら、王家の信望厚い猊下の発言の背後には、王都に住む沢山の貧しい民の声が存在していた。


 ある意味、大人顔負けの力を持つ孤児の集団が近所に住んでいるというのは王都の住民からすると何となく怖くもある。また、孤児院の男の子たちも、いわゆる悪い先輩に捕まり、孤児院にいるうちから悪さの片棒を担がされ、卒院後は完全に手下扱いされる場合もある。纏まって住む分にはそうした干渉も防ぐ事ができる。


 何より、騎士団もその存在を大いに支持した。怪我をした騎士の受け皿が少ない中、身寄りもない帰る家もない騎士一筋の人生を送ってきた彼らの中にはそこに第二の故郷を求める者もいたのである。


 こうして、孤児に対する偏見と彼女自身の人気をうまく利用し、王妃様も「あらー 素敵ねー 孤児院のバザーの品もそこで調達しようかしらー」という助言もいただき、今までのイケてない造花で無理やり寄付を募るのではなく、ある程度商品価値のある品を職業訓練で作ることを検討するきっかけにもなったのである。王妃様の思い付きぱねぇ。



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