第194話-1 彼女は二期生の選抜を行う

 半年後にリリアルに加わる二期生の選抜を騎士学校入校前のこの時期に済まさねばならないのが彼女の役割である。とは言え、一期生の孤児全員に行ったような作業は必要なく、この一年少々の間に加わった七歳以上の孤児たちと、前回の面談で魔力はあったものの少なく一期生の選抜を外した者を中心に……四十ヵ所ほどを廻ることになる……


「お尻が痛くなりそうね」

「王都の中だから歩いて移動する?」


 開始初日は、グダグダするのは仕方がない。登山と同じで、登山口で後悔するものだ。最初の孤児院に入る時点ではテンションはこれ以上なくMINだ。変な言い回しだが。


 数回に分けて訪問するとは言え、一日当たり4-5件の訪問をすることになる。今回から魔力大班を同行させ、彼女が面談している間に、教会の設備の不具合の確認や不足するもの、問題と思っていることの聞き取り調査を行うことにしている。癖毛が同行するのは、その場で補修可能なものはその場で改善する為でもある。


「爺さん連れてくればよかったんじゃねぇの」

「馬鹿ね、ドワーフは鍛冶は得意だけれど、高い場所での作業とかにが手じゃない」

「そういや、物語の中でも歩人に任せてたな。マッチョでも動けるマッチョじゃねぇとカッコ悪いな」

「そうそう、あんたはそうならないように今回頑張りなさい」

「お、おう」


 年上の女性に上手く利用される将来が見える癖毛と伯姪の会話である。


 黒目黒髪は家事や裁縫などの道具の確認。不足しているものがあれば、その場でどんどん提供していく。古着の不足なども確認していくことになるが、それは流石に後日の対応となる。

 

「では、その辺の物は一通りすべての孤児院を廻った後に、先生が調達してくださると思います」

「シスター・アリーにはなんとお礼を申し上げたらよろしいのか」

「……先生は、シスターではありませんよ?」


 すっかり、シスター姿が馴染んでいるので、シスター呼びが板についているが、彼女は別に修道女というわけではない。男爵様である。





 

 目ぼしい人間の中で、今の時点でリリアルに入学させたい生徒はほとんどいない。魔力が余程多いか、茶目栗毛のようにある程度基本的な所作が身についているならば別なのだ。今の子たちなら、中等孤児院での教育でも間に合うのであるし、その最終学年で薬師や使用人コースとしてエントリーさせる方がお互いリスクは少ない。


 魔術師だけは早めに育成しなければ魔力の増加や操作の習熟に時間が掛かる為、今回はその子たちに限定しているのだ。既に、サボアの使用人二名が決まっていることと、水晶の村の村長の娘もある程度使えるようにさせたいと彼女は考えている。素養に問題はないし、メリッサの補佐役にしたいからだ。


「この子は……良さそうね」

『気合い入れて面談するか』


『魔剣』も同意する。目の前にいる子は赤い目に赤茶色の髪の十二歳の女の子である。元々は小さな商売人の娘であったそうなのだが、母親が病死し、父親は仕入れに向かう途中に強盗に襲われた際の傷が元で施療院に運び込まれた後にしばらくして亡くなったのだという。


「それで、元の商売はあなたでは継げなかったのね」

「はい。婚約者でもいれば、相手方の商会に吸収してもらう事も出来たでしょうが、そのままギルドに会員の権利を返却して店は畳んでいます。幸い、借金と相殺することができましたので、私はそのまま身一つで施療院からこちらに移ることができました」


 つい最近まで普通の家庭で育ち、両親を不幸にして失ったものの、絶望することなく自分をしっかり保っているところに好感が持てる。魂が強い……とでも言えばいいのだろうか。


「幸い、少ないながらも魔力があなたにはあるわ。最初は魔術師として、いいえ、その前に薬師の修行をしてもらいます。成人の少し前から使用人、あなたの容姿や性格、生まれを考えると貴族の使用人、出来れば夫人や令嬢に仕える護衛兼任の『侍女』が好ましいかと思います」

「……貴族の使用人……侍女ですか?」

「ええ。少なくとも伯爵以上かしらね。貴族の女性に魔力を持っている方は少なくないのだけれど、魔術が使える方はほぼいないわ」


 貴族、特に高位貴族の令嬢の仕事は、家と家とを結びつけ、血を残すことにある。彼女の姉のように次期当主という事であれば別なのだが、彼女も魔力の有無すら確認されずに、将来の為に様々なことを身に着けさせられた。


 高位貴族なら、領地経営や家屋敷・使用人の管理、貴族同士の社交とそれに付随する趣味の勉強……音楽やダンス、刺繍や編み物といったあたりが妥当なところだろうか。王国語は広く話されるので、古帝国語の読み書き会話ができれば更に良いだろう。


「魔術を使い、危険から守るという事でしょうか」

「ええ。もし、お子様が生まれた場合、男児なら魔法の練習をさせることになるわね。その場合、子守も任されることになるでしょうし、適切な身分の騎士辺りと結婚させられるかもしれないわね。もしくは……家令あたりかもね」

「……騎士様……ですか」

「家令は伯爵家なら男爵でもおかしくないでしょうし、少なくとも貴族の嫡子でない子供が成る場合が多いわ。だから、貴族の妻の端くれくらいになるのよ」

「……え……」


 まさか、可能性的に貴族の嫁とは……騎士も王国では騎士爵として一代貴族になるので同じことだろう。

 

「私としては、是非、リリアルに来てもらって一緒に学んで欲しいのだけれど。あなたの意思を尊重したいのだけれど、どうかしら?」


 赤目茶毛の少女は少し考えたものの「お世話になりたいと思います」と力強い眼差しで彼女に答えた。

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