第181話-2 彼女は隷属種の吸血鬼を追い詰める

 彼女と茶目栗毛を除き、他のメンバーは一足先に兎馬車で聖都に帰還することになった。


「じゃあ、偵察お願いね」

「ええ、明日はもう一日討伐になるから、早めに休んでちょうだいね」

「お姉ちゃんは吸血鬼さんとお話合いしようと思うんだけど」

「……騎士団に任せなさい。それと、ワインのボトルの調査を早急にね」

「勿論だよ。まあ、お使い頼むだけだから、私は特に何もないんだけどね!」


 じゃね~ とばかりに手を振る姉。彼女は冒険者の衣装に着替え、茶目栗毛と共に、デンヌの森の入口にほど近い傭兵団の潜伏する砦跡へと移動する。





 デンヌの森自体は王国領ではなく、帝国の司教領にあたる。デンヌの森は川沿いの開けた場所以外は入り組んだ小道と森の中の小さな教会を中心とする砦に似た村々から成り立っている。ロマン人の襲撃からこの地域を守り抜いた司教の元に様々な小領主が寄進をしたことで、司教領が大きくなり現在の規模となっている。


 小領主は司教の代官として実質領主のように振舞っている。故に、この地域は『司教君主領』と呼ばれている。


「先生」

「何かしら?」


 茶目栗毛曰く、デンヌの森の中にある小さな『街』の一つが暗殺者養成の為の一つとして育った場所であるとの事なのだ。


「どこかは、分かりませんが、行って目で見ればわかると思います」

「……そう。機会があれば……探しましょう」

「……はい……」


 デンヌの森はゴブリンやコボルドといった魔物や狼もそれなりに潜んでおり、街道を外れるとかなり危険であると考えられている。帝国が様々な聖俗君主の集合体であり、このデンヌの森を領域とする司教領が世俗の君主よりもそれほど主従関係を求めないのであるとすれば、その代官である貴族どもが自分たちで好きに動いている可能性は高いだろう。


「小規模なルーンのような街が沢山ある……のでしょうね」


 ルーンの都市を運営する理事たちは、周辺の代官を司る村やギルドを自分たちの利権として好き勝手に利用していた。同じことが起こっているのだろうが、帝国内の事であるので関係はない。とはいえ……


「その一つに吸血鬼が支配している街があると?」

「可能性的にはあり得ます。暗殺者村があるくらいですから、吸血鬼の支配する都市があってもおかしくありません」


 デンヌの森を水源とする川がいくつか王国に流れ込んでおり、国境があるからといって人の交流が無いわけではないのである。むしろ、多いと言えるだろう。


「前哨基地が、帝国側に利用されているということね」

「地政的には恐らくその通りです。正規軍が進出してくることとは無くても、聖都を混乱させる工作員を送り込むには適切な地域です。なにより、森があるおかげで、逃げ出すことも容易ですから」


 騎士たちは平地でのぶつかり合いは得意だが、森や山岳地帯のような場所は非常に苦手だ。馬での移動も困難であるし、重い鎧も制約をもたらす。


「傭兵は冒険者同様、軽装で不整地も移動することを厭わない分、この場所で活動することは得意だと言えるでしょう」

「それを送り込んだうえで、用済みとなればグール化して廃物利用というわけかしらね」


 茶目栗毛曰く「暗殺者も傭兵も使い捨てるのが帝国流です」とのことであった。





 その砦は変則の五角形をした胸壁で囲まれ、円塔がそれぞれ配されている石造りの要塞であった。


「しっかりした要塞ね。これは、あの規模の騎士隊では近寄れないわね」

『まじ、なんでこんな立派な要塞放棄してるんだよ。確かに国境に近すぎて縦深が取れないか……』


 火薬が普及する以前であれば高い城壁が攻略部隊を少数で防ぐことができたであろうが、石や鉛の弾丸を数百mも飛ばす大砲の出現で、遠距離から城壁が破壊されるようになると、小さく堅固な城塞はむしろ攻略され易くなってしまった。


「それでも、山賊に扮した傭兵を越境させておくには十分な規模です。山賊退治に大砲は使いませんから」

「ええ。では、私が内部に侵入して状況確認をします。あなたは周辺に他のアンデッドや傭兵が潜んでいないかどうかを確認してもらえるかしら。終わったなら、この場所で待機で」


 茶目栗毛は頷くと、二頭の馬を城塞から程離れた場所に移動させ木に手綱を縛り付け去って行った。


『で、どうするんだよ』

「観光スポット見学よ。先ずは城壁周りを一周し、その後で『結界』の階段で内部に侵入。魔力走査で戦力の把握をするだけの簡単なお仕事よ」

『今日のところは見てるだけ……か』

「状況によるわ」


 彼女は気配の隠蔽を施し、前哨基地としては豪華な石の城塞に近づくのである。





 小高い丘の上に周りをぐるりと木々で囲まれた城塞。それぞれの胸壁は兵士の宿舎を兼ねているようであり、二段に窓が穿たれている。


「さて、この時間では灯りもついていないのは当然、見張らしい見張もいないわね」

『グールちゃんはお眠なんじゃねぇかな』


 城壁に近づき、周囲を確認してから結界の階段を形成する。


『主、私は少々奥まで入り込んで様子を確認してまいります』

「吸血鬼を発見したら、すぐに戻りなさい。上位種なら危険ですもの」

『承知いたしました』


 使い魔の黒猫程度であれば、悪い吸血鬼が捕まえるのも難しくないかもしれない。結界を駆け上り、胸壁の上に立ち中を覗き込むと、既に薄暗くなりつつある砦の中庭に数人の鎧兜を装備した兵士が座り込んでいるのが見て取れる。


『生きてるのか死んでるのか』

「魔力が座っている者全員に見て取れるのだから……全員グールよ」


 座り込んだ兵士たちの目は虚ろであり、また、白目が明らかにおかしい様子が見て取れる。それに、鎧も着崩れたままで手入れもされていない様子から、生きている兵士ではないのだろう。


『でもよ、南都行く途中で見かけた山賊もあんなものだったぞ』


 見た目はかなりくたびれた山賊とは言うものの、能力は人間をやめた存在であるのだから、かなり危険ではあるだろうと彼女は思うのである。



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