第182話-1 彼女は森の中の石の砦に吸血鬼を見出す
司教君主領は帝国に帰属するものの、教皇に臣従するものでもある。つまり、都合のいい解釈の余地がある緩い支配下にある。
『入り込み放題ってやつだな』
「ルーンがそのまま放置されていて、誰も何も疑問に思わない……思えないという感じかしらね」
『傭兵も吸血鬼も入り放題か』
帝国自体が独立した都市や君主の緩やかな集合体であり、皇帝自身の戦力の源は同君連合下の神国であって帝国領内ではない。故に、好きに活動することができる。君主もその臣下もである。
彼女は外から観察するだけではなく、内部に侵入することを考えることにした。
『なんでだよ。数だけ数えて逃げ出そうぜ』
『主、吸血鬼が二体おります。ともに男です』
戻ってきた『猫』から意外な情報を手に入れる。彼女は城塞のグールを指揮する傭兵隊長が隷属種の吸血鬼なのだと考えていた。その他に男の吸血鬼がいるとは……
グールらしきものの数が凡そ五十体。ヌーベと同程度の規模だが、アンデッドでありかつ、この城塞の方が攻めにくいように思える。
「吸血鬼がどの程度の能力かにもよるわね」
『グールだけ討伐して、その後この城塞を使用できないように騎士団に対応させるでいいんじゃねぇのか。それ以上は手に余るぞ』
この場所に下手に兵士を配置すれば餌同然であろうことも想像できる。聖都を固める方向で考えるべきなのだろう。それは、王家と騎士団で判断するべき事で、今は考える必要はない。
吸血鬼二体は、主郭の礼拝堂にいるようなのだが、入り込むにはリスクが高い。騒ぎを起こせば警戒して逃げ出すか、何らかの対抗措置を取るかもしれないので、それも避けたい。グールだけを討伐する方向で考えるべきで少数での突入が吉であるかも知れない。
「吸血鬼を捨てて、この城塞のクリーニングに限定する。危険のある学院生は聖都で待機……でいいわよね」
『それでいいだろう。なんでもかんでも片付けると、次から次へと仕事を押し付けられかねねぇだろ?』
『それでよろしいかと思います主』
彼女は二体の吸血鬼に関しては、明日考えることにした。
馬のいる場所に戻ると、既に茶目栗毛は戻っていた。
「戻りますか?」
「特に問題はなかったのかしら」
「はい。警戒すべき対象は見つかりませんでした。デンヌの森に続く道に少々古い荷車の通った跡が残っていましたが、最近の物ではないようです」
しばらく前にグール化させたのだと推測される。この場所の傭兵が先で、その後、周辺の集落をグール化。迷い込んだ冒険者を吸血鬼とその下僕のグールとして聖都周辺の通商破壊を行っていた……という事だろうか。
『流れをさかのぼってという事なんだろうな』
「どこまで討伐するか。あまり深入りせずに、騎士団に投げたいわ」
吸血鬼はそれほど簡単に血族を増やすことはできないという話もある。今回、二人の女吸血鬼を作った従属種の男吸血鬼は、砦にいた二人がそれぞれ一体ずつというところだろうか。であれば、グールさえ取り上げてしまうことでしばらくの猶予が得られるだろう。
「吸血鬼に関しては沈静化するでしょうから、その間に対策を取るようにして頂くべきね」
『だと良いな。魔女狩りが始まるのもシャレにならねぇぞ』
枯黒病の流行と並行して『魔女狩り』も流行した時代がある。吸血鬼は魔女の一種と考えられた時代もある為、魔女狩り=吸血鬼狩りであったようなのだ。
『魔力の有無である程度嘘は見抜けるけどな。そこまでたどり着く前に、勝手にリンチして殺しちまう場合もある』
「それは……」
『主が思い悩む範囲の話ではございません。その土地を治める領主がきちんとしていれば問題はありません』
『魔剣』の指摘を『猫』がやんわりと否定する。彼女が思い悩む必要はないと。今回、隷属種二体とグールを討伐した時点で半ば仕事は終わったようなものであり、明日は砦の清掃活動で一旦任務は終わりなのだと自分に言い聞かせる事にした。
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