第179話-2 彼女は姉と共に屍食鬼の村を討伐する。
一つ目の目的地。そこは聖都から二時間ほど離れた街道から森に入った場所にある十軒ほどの家屋が立ち並ぶ集落であった。開墾と木材の切り出しを並行して行っている村のようである。
「遠くから見ても、人の出入りが全然ないわね」
「近づいて、魔力走査で確認してみましょう」
彼女と伯姪、茶目栗毛となぜか姉が同行する。何故ついてきた姉!!
「えー だってお姉ちゃんも魔物探したいから」
「……魔力走査できるのかしら」
「大体ね。魔力を自分から面で広げていけばいいんでしょ? それ!!!」
姉は紙ほどの厚さに魔力を形成し、集落の入口から中へと広げていく。それは、長い板を横薙ぎにするように魔力の板を村の中で滑らせる走査に見える。
「おお、いるいる。建物の中でじっと座り込んでいる感じだね。数は……三十体くらい?」
「……多いわね」
「大丈夫でしょ? いっぺんに襲い掛かってくるわけではないし。家ごとに結界で封じ込めて、それぞれ燻り出して討伐すれば問題ないわよ」
そのための準備もしてきたでしょ? とは伯姪のセリフである。
一つの小屋の前に主だったメンバーを集める。他のグールがいると特定出来た場所には、結界を形成して外に出ることができないように対応中。その箇所は4つである。黒目黒髪・姉・青目蒼髪そして……『猫』が形成している。姉と黒目黒髪は離れても結界を維持できているのでこの場に立ち会っている。
「今回の討伐の手順は打ち合わせ通りです。最初にこの場所で、実際グールを斧で討伐する練習をしてみましょう」
「おお!! 親切だね。チュートリアル付きじゃない」
「姉さんは対象外よ」
「まあ、学院生優先でいいよ。大人だし私」
ブンブンと斧を振り回している姿は、およそ大人ではない。離れた場所で結界を維持する無駄に多い魔力は大人だが。
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彼女は油球を形成し、投擲する用意を始める。
『なんだそりゃ』
「こんなこともあろうかと、採取しておいた薬草を用いた対吸血鬼用の油球よ」
人間やその他の魔物には、油球にカイエンを混ぜた催涙弾を用いているのだが、吸血鬼にそれが効果的とは思えなかった。ルーンの一件で吸血鬼に対する対応を考えていた彼女は、ノーブルへの遠征で、とある野草の採取を学院生に命じていた。
『修道士の葱』とも呼ばれる「退魔草」である。その臭いは魔を退けると言われており、また、強壮効果がある為、修道士が調理する際の薬味として利用されていることが多い。独特の刺激臭がする為、修道士が傍にくるとその「退魔臭」でむせ返るほどだ。
――― つまり、ニンニク臭いのである。無臭のそれは無い!
「このポーションは、『退魔草』のエキスを魔力水に溶かし込んだものなの」
『……絶対不用意に開封すべきじゃねぇな』
「ええ、密室での利用は固くお断りしたいわね」
とはいえ、『結界』で封じ込めることは可能である。『退魔』であって『滅魔』でないことが難点であろう。
『これじゃ、吸血鬼を倒すことは出来ねぇだろ』
「良いのよ、狭い場所に潜んで不意打ちを喰らわせようと隠れている奴らを燻り出すためのアイテムですもの」
隅々まで効く、吸血鬼には『退魔草』である。このポーションと油球を利用した『退魔油球』を利用し、投擲した油球を霧状に炸裂させる。霧状で密室内で退魔草の成分で苦しくなった吸血鬼が表に出てくる、もしくはそのまま苦しめた後に着火することで汚物は消毒されるのである。
『悪辣だな』
「人間やめた存在に、情けは無用でしょう。他の方の迷惑となりますので、この世に留まることは御遠慮いただきたいのよ」
『ちげぇねぇ。まあ、火事だけは注意しろよ』
「その場合、建物ごと滅することも必要なケースもあり得るから問題ないわ」
吸血鬼の『巣』ごと破壊しなければ、またそこに潜伏されることになると考えると、元から断つことも必要なのかもしれない。
筵で仕切られた入口を魔剣で切り落とし、退魔の油球を投擲する。中で霧状の煙がたちあがり、中に絶叫が響く。
「Wraaaaaa!!!」
「Gwaaaaaa!!!」
恐らくは農夫であった男、その妻であった女であろうグールが飛び出して来るのだが、結界に阻まれ出口の少し先で阻まれる。
後ろから次々と出てきたグールは老若男女合わせて七体。皆、この村の住人であったと思われる。
「A分隊から順次一体ずつ討伐を始めなさい」
伯姪が躊躇せず、斧を目の前のグールの女に叩きつける。その頭は人間と強度が変わらないので、魔力による斬撃強化を受けた刃は頭蓋骨を首元まで叩き割ることができた。グールは反動で後ろに倒れる。
「剣より重心が刃先に乗る分、叩きつけやすいわね。軽く搗ち割れるわ」
躊躇しやすい女性のグールを自ら倒し、次を促す。結界展開中の青目蒼髪を飛ばして、次は赤目銀髪。ターゲットは十歳くらいの男の子。
「……うらぁ!!」
背中越しに振り上げ、肩口から叩きつけることになり、体は千切れるものの、動きを止めることはなく、暴れまわっている上半分と倒れる下半分。
「グールも吸血鬼も脳を破壊するか首を切り落とすことが必要なの。頭以外は致命傷にならないのは見ての通り。では、止めを」
赤目銀髪が足元に絡みつく赤い体液にまみれたグールの頭に一撃を加え、頭を両断されたグールが動きを止める。
「えっえっえっ、つ、つぎはわ、私ぃぃ!!」
スプラッター慣れしていない藍目水髪はかなり緊張している。
「あなたは慣れていないから、実際は練習だけ参加してもらうわね。それでも、後方が安全とは限らないから……やりなさい」
グールの接近に気付かなかったり、魔力を持たない生身の傭兵に襲われる可能性もあるのだから、武器が使いこなせないのは困るのだ。
「ははは、はいいぃぃぃ!!」
大人の男の首筋に振り上げた斧を叩きつけ、魔力を込めたその刃先が容易にグールの首元から反対側の胸まで斬り割くことに成功する。
「うん、このくらいの位置なら大丈夫なんだ。ちょっと完全に首じゃないけど……わかって良かったね!!」
姉のフォローにならないフォローと「はい止め!!」と振り下ろされた斧の刃でグールの頭が熟れたトマトのように爆散した。
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