第171話-2 彼女は聖都に向かう準備を始める
『何か策はあるのか?』
「行ってみないと分からないのだけれど、恐らくノーブルのように郊外にアンデッドの拠点があるわね。その周辺の貴族の使われていない別邸や施設の跡を重点的に確認するつもりよ」
聖都の中に多数のアンデッドがいる可能性があるとすれば、王都同様、墓地になるだろうが、その場所は大聖堂に近く、早々現れたり潜伏できるとも思えない。
「先ずは周辺の村の施療からね」
『誰を連れて行くつもりなんだよ。流石に南都の時みたいには連れて行けねぇぞ』
「供は一人だけにするつもりよ。シスターが何人も連れだって王都から現れるのは警戒されるでしょう」
という事で、今回は彼女ともう一人で出かけることになる。
「……で、何で俺一人が御供なんだよ……でございましょうかお嬢様」
「『副元帥閣下』もしくは『男爵様』で構わないわよ、我が従僕。つまり、そういうこと」
「なるほど、犠牲は少なくって事かよ!! でございますね」
「察しが良いわね。流石に、人かどうか見わけがつかない可能性のある吸血鬼相手に学院生を連れて行くのは躊躇するわ。それに、最近貴方、学院から一歩も出かけられていないようだから、たまには気分転換するのも悪くないでしょ?」
今回、『シスター・アリー』の同行するのは『セバス』一人である。
「吸血鬼を見たことはあるかしら?」
「いきなりだなおい! ないけれど、俺にはあの『魅了』は効かないぞ」
「心が穢れすぎているからかしら」
「ピュアっピュアだから。永遠の十六歳だから。いや、あの手の誤魔化すような能力は歩人は体質的に受けにくいんだよ。聞いた話だと、シワシワのばばぁでも、絶世の美女に見えるような魔術を使うらしいな。見た奴はその絵面的にかなりダメージ喰らったらしいぞ」
つまり、周りからは『吸血鬼』と思わせないように『魅了』しているということか。魅了の魔法が掛かりにくい者がいる聖都や、術が掛かっていない者が多い市街より、決まった人間としか会わない農村部の方が潜伏に適しているのは間違いない。やはり、郊外の巡回で潰し込むのが良いのだろう。
「それに、今回は魔装二輪馬車の試走を兼ねるから、それなりに楽しい旅になるでしょう。ああ、あなたの席は後方の立ち台なのでお願いね」
「……承知いたしました……お嬢様」
見た目は美少年、中身はオッサンと並んで座るのは嫌なのである。
『聖都』は王都から東に向かった場所にあり、カンパニアの真北に位置する。距離は約120㎞程離れている。
「魔装二輪なら半日といったところかしらね」
「……まじで」
「ええ。一日兎馬車でも120㎞は移動できたのだから、馬で大きな車輪の乗用であればその程度の時間で移動できると思うわ」
駆足程度で進んでいけば問題ないだろう。遅くとも朝出て夕方には到着する。
「そんなに急いでどうするんだよ……でございます」
「あなたと二人旅で何かするべきことがあるとも思えないから……かしら」
「ひどい……お嬢様の愛の鞭がひどすぎる……」
オッサンが泣きまねしてもキモいだけだ。
彼女は魔装衣を歩人の分も用意させる。とはいえ、マントと手袋に胴衣とスカーフくらいのものだろうか。それと……
「あなた『銃』は扱えるかしら」
「いや、機会がないからな。使ったことは……ありませんです」
「そう。今回は、魔力を使った『銃』をアンデッド対策で使うつもりなの。練習してもらう事になるわ」
「えー あれ、火傷とかするだろ? 火薬が湿気ると使えないし。弓がいいだろ」
弓は銃の暴発のような危険性はない。反面、即応性に欠ける。常に弦を張った状態で管理することはできないからだ。引き絞る動作、矢を掛ける動作も必要となる。至近距離では使えないことも難点だ。
「室内での戦闘が想定されるわ。弓より銃でしょう? 合理的に考えてもらえるかしら」
「……さようでございますねお嬢様」
「分かればよろしい」
耳長でもないのに、弓にプライド持つ必要なはない。それに、練度も大して高くないのである。街中に弓を張った状態で入るのは、鞘を外して抜身の剣を持って歩くのと変わらない。銃は便利だ。出して引き金を引くだけで済む。
鍛冶工房に顔を出し、今回の調査依頼で『魔装銃』を使いたい旨を老土夫に告げると、「いい考えじゃ」と賛同する。
「この短銃が役に立ちそうだの。椎実弾でも直進で10mほどでブレ始めるが、屋内なら十分じゃろ。それに……魔晶弾も……これだけ用意できたわい」
魔銀鍍金の弾丸の中に魔術式を書き込んだ弾丸。ただの鍍金弾は『魔銀弾』だが、魔力を保持する術式をこめているのは『魔晶弾』と称されている。
「とりあえず、24発用意できた。出発までもう少し間があるなら、いくらか増えるかの。それと、こっちが普通の弾丸に、魔銀弾。100発づつ用意した。二丁の銃には少々心もとないかもしれんが、使ってくれ」
「ありがとうございます。セバスに練習させたいのですが、よろしいでしょうか」
「おお、小僧を連れて行け。あいつが調整したから、詳しい事はあ奴のほうがわかるからの」
癖毛は弾丸づくりなどで手先の器用さを磨く為にも『銃担当』になったらしい。球形の弾丸より加工が面倒だから押し付けつけられているわけじゃないよ多分。
いつぞやの試射場に移動。最初に操作の仕方を確認する。魔力を込めるタイミング以外は普通の銃と同じである。
「魔力を込めちまったら、しばらくはこもりっぱなしだから、引き金牽いて水晶が鉄板叩くと暴発するから注意な」
「おお、そんな物騒なのかよ」
「火薬がない分火傷はあんましない。でも、熱い湯気が出るから無事って訳でもねぇな」
どうやら、銃口から熱せられた蒸気もでるという。それはそれで使い出がありそうである。生身なら大火傷するだろう。
「火薬を使わないから孔内洗浄も余り要らないな。弾丸が奥まで入ってないと、蒸気が漏れて飛ばないから注意な」
「弾込めたら、押し固めるとかか?」
「いや、銃口持って振り回すとかでもOKだ。そしたら奥まで弾が行くから」
かなりアバウトでも問題なさげである。
歩人が通常弾で練習……とまでいかないが、何度か射撃をする。先日の片手剣サイズのものと比べると、弾道が安定しないのは仕方がないだろう。
「掌サイズの『拳銃』ってのもあるにはあるが、拳で殴るのと変わらんしな。魔力纏いと身体強化で問題なくなる。それと……これは二人とも持っていくといいぞ」
「なにかしら?」
それは、バックラーの持ち手部分の半円形の盾である。中心部分なので20㎝ほどだろうか。恐らくは魔銀鍍金製だ。
「アンデッドの相手をするんじゃろ? 組み付かれたときには剣よりこれに魔力を通して突き放すほうが早い」
「……お気遣いありがとうございます」
「なに、お前さんが傷つくと、みんなが悲しむからの」
「俺は……」
「院長の嬢ちゃんが元気で帰ってこれるように、持って行ってくれ。これに、銃のホルダーが掛かる様にすれば、腰の部分で落ち着くじゃろ」
「……俺は……」
中年オヤジは僻みっぽいのである。
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「今回はお留守番ね私」
「デビュタントの準備もあるでしょう? 騎士団長様も王都に滞在するのだから、あなたがお相手するんじゃない?」
「そうね……いい思い出になる様に努めるわ」
ジジマッチョはサボア公領に行ってしまっているので、今回、ニース辺境伯家からは辺境伯次男のお兄様が彼女の姉たちと共に王都に数日内にやってくる。今回の潜入調査は人数を多くできないので、彼女と従僕で行うつもりであったから、伯姪が気に病むことでもないのだが。
「子供の頃は楽しみだったのに……現実見えてくると萎えてくるわね……」
「あら、辺境伯様の家の養女になれば、侯爵・伯爵家なら引く手あまたじゃない。ニース領と親戚付き合いしたがる王国の貴族は多いと思うわ」
「あなたの姉君みたいにね」
「ええ、それもメリットね。姉と義兄弟になれるというのもあるわ」
「なにそれ、癪だわ。とはいえ、王都の夜会は初めてでしょうから、商会頭様ご夫婦に連れまわしてもらう事になるのだから、邪険にも出来ないわね」
姉と伯姪は似たところもあるので、同族嫌悪なこともあるが二人が仲良くなればさらに面倒なことになると思われるので、痛し痒しである。
「今回は短いのよね」
「調査だけなので問題ないと思うわ。とはいえ、一度『伯爵様』に情報を貰おうと思うのよ。約束はしてあるから」
「そうね、アンデッド繋がり、帝国貴族繋がりで情報が出そうなのはあの『伯爵』くらいですもんね。調度いいじゃない、ポーション持ってご機嫌伺に行く感じかしら」
伯爵のところに向かうなら『狼人』も帯同することになるだろう。折角なので『シスター・アリー』姿で訪問するのも悪くない。それに、二輪馬車の試走もする必要があるから、歩人を従者にして訪問するようにしようと彼女は予定を決めていた。
「吸血鬼ね……まあ、あなたにかかれば爆殺されるんでしょうけどね」
「失礼ね、今回はあくまで調査。余計なことはしないわ。それに、最初から死んでいるのだから爆殺ではなく爆散ではないかしら」
伯姪はうへぇと声を出すと「ちゃんと結界張って返り血防ぎなさいよ」と付け加えるのであった。
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