第171話-1 彼女は聖都に向かう準備を始める
「シスター・アリー……ようこそ騎士団に」
「……」
「何かな、シスター・アリー。いつもの騎士や冒険者姿も凛々しいが、その衣装を着ていると神々しい感じだね。ふふ、似合っているな」
「……おかしくありません。それに、大聖堂に足を向ける機会はありませんが、教会併設の施療院や孤児院は学院生と行く機会もありますし、シスターの皆さんとも懇意にさせていただいております」
「なら、この潜入捜査、文句なく適任者と理解していただけるか。さて、早速だが、一度聖都司教座の司祭様と顔合わせしてもらおう」
騎士団本部で彼女は騎士団長から「聖都周辺における吸血鬼等のアンデッド発生に関する実地調査」という内容の依頼を受けることになっていた。『副元帥』としてどうかとはおもうのだが、王国の初代国王陛下が聖別を受けて以来、千年以上、歴代の国王の戴冠式と聖別を執り行っている大聖堂が存在する。
王家の正当性を守るためにも、また、御子神教の神聖な街を脅かすものを排除する為にも、捜査に協力することは妥当だと彼女は考えている。
しばらくすると、厳格な雰囲気を纏った司祭が騎士に案内されて現れた。
「司祭、紹介しよう。リリアル男爵だ」
「……男爵……シスターではないのですか」
「初めまして司祭様、シスター・アリーと申します。この度の聖都での事件に関する調査の依頼を受けて罷り越しました」
「聖都司教座の司祭、『アニマ』と申します。主に、防疫担当を受け持っております」
彼女は『防疫担当』という言葉に疑問を抱く。
「ああ、表面的に教会がアンデッド対応部門を持っていると公にするのは存在を認めることになるので好ましくないのです。故に、枯黒病などの『防疫』を対応する衛生部隊の指揮官という立場にあります」
司祭曰く、病人・怪我人・行き倒れと誤解され、衰弱した吸血鬼やレヴナントが運び込まれることがあり、聖都では特にその対応を厳しく行わねばならない現状にあるというのだ。
「どの程度前からでしょうか?」
「半年以上前です。記録では八か月程度ですが、報告に上がっていないものもあるようですので。一年程度ではないかと類推しております」
一年前から国境線に近い『聖都』に対するアンデッドの浸透が行われている。ルーンも恐らくは同時期にその工作が始まったのではなかろうか。すると、ルーンの事件が連合王国ではなく帝国の、もしくは共同の工作なのだろうかと考えるが、今思うべき事ではない。
『なんだかきな臭ぇじゃねぇか』
『魔剣』の言葉に内心同意する。ルーンのレヴナント、サボアの魔獣越境、そして南都へのタラスクス襲来とそれぞれ、連合王国・帝国・そして教皇領の関与が疑われる。
帝国はネデル領の支配が揺らいでおり、その背後には連合王国が存在する。連合王国は帝国と同君支配下にある神国と深刻な軍事的緊張下にある。
連合王国を海から締め出そうとする神国と、それに対抗する私掠船での海賊行為を行う連合王国の間では宗教派閥の違いも重なり先鋭化している。まあ、お互いに言いがかりをつけ、相手の領土で工作行為をしているのだ。
そこで、王国に介入させないために王国の外縁部で事件を起こし続けていると考えるのが妥当ではないだろうか。今の時点での彼女の結論だ。
「そこで、私の仕事はその内偵調査という事でしょうか」
「はい。実は、聖都周辺でも不審な魔物が散見されていて、行き来が困難になりつつあるのです。施療を望むものが足を運べず、かといって村々を回るほどの対魔物討伐ができる関係者もいないのです」
「聖騎士と言われる方々はどうなさっているのですか?」
聖騎士は大聖堂と司教猊下を守るための存在であり、司教の警護を離れ村を回る仕事を与えることができないという。さらに、人手不足と聖都内での社会不安から、衛士の護衛を付けることも難しいという。
「具体的な行動を起こすと、住民がパニックを起こし、最悪暴動になりかねません。あなたも耳にしたことがあるのではありませんか?『魔女狩り』です」
不安が高まり、そのはけ口として孤独で変わった性格の者や、反対に皆から好かれる人物を『魔法を使って**を行った!』などと密告し、スケープゴートにするあの集団ヒステリー事件の事だと彼女は思いいたる。
「そんな状況で、リリアル卿を派遣しても大丈夫なのか? 俺が王妃様や元帥閣下に首を差し出さねばならなくなるだろ!!」
「……気配の隠蔽は得意ですので問題はないかと思います。この僧衣も魔装布製ですので、アンデッドや暴漢の攻撃程度なら十分防ぐことができます。なにより、聖都でアンデッドが原因で暴動が起こるなど……王家の権威も御神子教の権威も失墜しかねないですね。勿論、病気で苦しむ村の方達の面倒も見たいと思いますので。この依頼は、必ず達成いたしますわ」
「おお!! 素晴らしいお覚悟ですシスター・アリー!! 貴方に神の御加護が在らんことを!!」
目をギラつかせ、いきなり大きな声を上げる司祭を目に彼女と騎士団長はかなり引いたのである。
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