第169話-1 彼女は聖都の潜入調査の依頼を受ける
王宮に呼ばれた翌日、彼女は久しぶりに騎士団長と会っていた。場所はリリアル学院の院長室。急な先触れと、間髪入れない来訪に嫌な予感がびんびんと跳ね上がっていく。
「ご無沙汰しております騎士団長様」
「はは、ルーンでは世話になったね。それに、まあ、南に北に大変な活躍だ。ドラゴン退治に貢献して……帝国の魔獣使いも寝返らせたとか」
「お詳しいですね。偶然が重なっただけです。南都を訪れたのも依頼の関係ですし、あのまま王太子殿下がいる南都を守らないわけにも参りません」
王太子がいなければ微妙なのだが、それでも、南都が壊滅すれば王都も不安定にる。知り合ったノーブルの人達やニース辺境伯領も苦しい事になるのだから、無理してよかったと思える。
「それでだ、噂で聞いているかもしれないが『聖都』の吸血鬼騒ぎの内偵をお願いしたい」
「……騎士団内では難しいのでしょうか」
「ああ。残念ながら、騎士・冒険者ギルドの斥候職数人が行方知れずになっている。何か情報は入っているか?」
彼女は掻い摘んで『伯爵様』から聞いた帝国内の工作活動についての噂を話した。
「帝国内にはバンパイアの上位種の協力者がいるとでも言うのか」
「……どういう意味でしょうか?」
吸血鬼は支配種と従属種というものに分かれており、支配種が作り出した従属種を工作員として送り込むケースがあるのだという。
「とはいえ、従属種は本能に振り回されやすいらしくてな、暴力的・衝動的に行動することが多いので、不死身であるけれど大概、支配種に殺されて処分されるか、隠れきれなくなって討伐されることが多いというな」
「……では、放っておけばそのうちいなくなるという事でしょうか」
「それだけではなくてな。国境線が怪しい。軍が動いているのではなくて、旅人の失踪事件や村から人が消える……ような事件が増えている」
それはそれでまた怪しい。皆殺しにされた……というのなら野盗の襲撃かと思うのだが、ルーン郊外の村長しかいない村のような活動もあり得るのかもしれない。
「……調査ですか……」
「ああ。君は王都から派遣された聖職者として聖都に潜入してもらいたい。そうだね……聖騎士ならどうだろう」
「……教会が納得しないのでは?」
「いや、聖都司教座の依頼なんだ全て。最初は聖都の司教座の聖騎士中心に捜査していたようなんだが、上手くいかず被害も出ているようだ。応援に向かった王都の騎士や冒険者も同じことになっている。なので、お願いすることになった」
この依頼は冒険者としてではなく、彼女個人が直接的に受ける依頼となるようである。その理由は……
「情報統制の問題だな。これ以上、冒険者ギルド経由でこの依頼を繰り返すと、聖都の問題が公になってしまう。それは避けたい」
「隠すべき問題だと?」
「そうだな。アンデッド騒動に教会の戦力が対応できないと知られたら、王国の治安の柱の一つを失う事になる。それを避けたい」
騎士団の捜査に教会の司祭・司教は協力することが多い。騎士団に流れない住民からの情報も教会には「懺悔」や「相談」といった形で持ち込まれるからだ。
「というわけで、任命式の後、向かってもらいたい」
「承知しました。デビュタントの前までには一度王都に報告に戻ることにします」
「ああ、手紙の類は細かく出してくれると助かる。聖都の司教座から王都の大聖堂の司教あてにしてもらおうか。そこから俺の下へ届くように打ち合わせしておく」
「わかりました。私の名前と身分はどうしますか?」
騎士団長は『聖騎士・シスター・アリーでいいだろ?』と当たり前のように答えた。
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騎士団長が退席した後、彼女は自分の中で何をどう調査すべきか考えを纏める必要があると考えていた。土地勘もなく、また十分な支援も受けられるとは思えないのである。そして、相手は吸血鬼らしいとしかわからない。
「アンデッドとはいえ、今回の依頼の件で対応すべきなのは、実体を伴う不死者という事になるのかしらね」
実体のあるアンデットと、霊体であるアンデットが存在するのだが、その中間もしくは両方の特性を持つ者もいる。
例えば、生前の意識を残した不死者……実体があり、本来の肉体に本来の霊体が宿っている者。ヴァンパイアに騎士の不死者であるデュラハン辺りがそれに相応するだろうが、かなり強力な存在と言えよう。
『この辺になると、精霊とか悪魔に近い存在だな』
人間に中立的な場合『精霊』、人間に害意を持っている精霊が『悪魔』(デーモン)と言えばいいだろうか。
「悪意ある精霊並……それは相当の脅威ね」
『ああ。時間の経過とともに育つって事なら、亜神になる可能性だってある。信仰の対象・聖人みたいなもんだな』
聖人とされた元英雄の魂が『亜神』となることもあるのだという。
『お前もそのうち亜神位にはなるかもな。加護もあるし、ほれ、信者も沢山いるじゃねぇか』
「……あれは信者ではなく観客とか読者よ」
熱心なファンの事を『信者』と表現することもあるのであながち間違えではない。
『実体と霊体の両方を備えているアンデッドは強力だけど、普通は希薄化していくから、よほど強い意思か術で拘束していないとそうはならないんだがな。ヴァンパイアも自らなった者以外は、あまり賢くないし力が強い血が好きな化け物ってだけだしな』
『魔剣』曰く、やはり知性が劣化し、生前の固執していたものだけが強く性格に残るので、おかしな行動をとる者が多いのだという。
「絶対姉さんはヴァンパイアにしてはいけないわね」
『間違いねぇな。あいつがそうなったら、悪戯だらけで生活しにくいだろう。特にお前の人生な』
姉は彼女と悪戯に執着があるので、間違いなく毎日朝から晩まで……いや晩から朝まで悪戯をし続けるだろう。絶対心臓に杭を打ち込んでやる!
「デュラハンという騎士のアンデッドは強力なのよね」
『元が騎士で死なないからな。死を告げる精霊扱いみたいだし、あいつら連合王国にしかいないはずだから問題ない。弱点は黄金だ』
「金に弱い?」
『金に困って悪さして斬首されたんじゃねぇの知らんけど。まあほら、問題ねぇよ。ヴァンパイアみたいに増えたり、変化したり人を魅了したりしないからな』
高位のヴァンパイアは様々な能力を持ち、街一つくらいは容易に支配する事ができる。故に恐ろしさは個体ではなく、集団を操れるという事でもある。
『魔女扱いされて殺された奴らの中に、それなりに混ざっていたらしいけどな。最近じゃどうか知らんが、昔はよく討伐されていて……森の中で一人暮らしする薬師や錬金術師がいなくなったんだよ』
吸血鬼だけでなく、森で採取しながら薬を作る薬師たちもひとくくりに『魔女』として討伐されたという事なのだろうか。
『吸血鬼でも下っ端は「ブラッド・サッカー」って血を吸って同類を増やすオーガって感じの化け物に過ぎないからな。強力だが、お前らの敵じゃねぇ』
「人間を襲い、オーガ並みの魔物を増やすアンデッド……十分脅威じゃない」
『いや、昼間は一切日の下に出てこれないから、隠れているところを見つけて全部燃やせばいいんだ。油撒いて燃やすのお前ら得意じゃねぇか』
実体だけの死体に雑霊がとりついたものが『ゾンビ』、それに死肉喰いの雑霊がとりつけば『グール』。死肉喰いと言っても、殺してしまえば生きている人間も容易に『死肉』になるのでそういうことだ。
死んだ人間の体にその者の霊体が宿るのが『レヴナント』なのだが、魂を維持できないため徐々に『ゾンビ』化することになる。死んで一月も生前の霊魂は留まることができない。
『俺も考えたんだけどな、死んで魔力で死体を維持するのって効率が滅茶悪いんだ。魔道具に魂だけ納める方が簡単で不死性が高い。俺の場合、外部の魔力が入れば、魔術も発動できるし、この体便利だぞ』
「……聞いていないのだけれど……」
『話してないからな。瞬間移動とか、空間転移とか、流星雨とか……色々できるぞ、お前の魔力ならな』
彼女の魔力を摂取して自らの中で魔術式に変換して発動することで、強力な魔術を発動できる……なんて事が知られたら今まで以上に忙しくなることを悟り、彼女は『魔剣』の配慮に感謝する。
「バレたら負けね」
『おお、自分だけこっそり使え。知られたら何やらさせるか分からねぇぞ』
心に刻んでおこうと彼女は決意する。
「そうえいば、リッサが帝国の貴族に恐ろしいヴァンパイアがいるという噂を話していたわね」
『ああ、エルザ……だったか。聞くだけでヤバいが……幽閉されているって話だが』
「私が帝国の人間なら、生かして周辺国に派遣するわよ。あの国がそんなこと考えつかないわけないじゃない」
残虐である高位貴族のヴァンパイアを敵国の領土に放つ……魔狼やドラゴンを放つよりよほど簡単だ。フリーハンドを与えて、ただ好きにやらせるだけで大混乱を起こすことができる。強い力を持つ吸血鬼が『悪魔』並みの脅威であれば、自分たちに跳ね返るリスクを冒しても実行する価値がある。
『いや、悪魔同様『契約』で縛ることができるんじゃねぇか。例えば、帝国貴族は害することができない……みたいな』
「余程細かい契約内容にしないと、針の穴をつつくような絡め手から裏切られるでしょうけれど、そこまで考えないのでしょうね。でも、脅威は理解できたわ」
吸血鬼騒動の陰には有名な帝国の吸血鬼女伯爵が存在する……という
ことを考慮する必要があるのだろう。
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