第161話-2 彼女は王太子と南都を離れる

 さて、南都に戻ると……市街は一転お祭り騒ぎとなっている。どうやら、王太子殿下自らドラゴンを討伐して街を救った……ということで南都の市民総出でお祭りをするという。確かに、焼け出されて衣食住を失う可能性もあったわけで、少々の出費など特に問題にならない。


「……全部市民の持ち出しで無料で振舞っているみたいですね」

「喜捨だね。こういうところで金を出し渋るような商会は先がないって事だろうね」


 見ると、ニース商会は滅茶滅茶ワインを振舞っているようである。どう見てもあれはニース領の特産ワインの試飲会にしか見えない。こっそり横で蒸留酒の販売もしているような気がする。


「まあ、無料と有料をうまくマーチャンダイジングミックスするのも商人の腕なんじゃないかな。配るだけでは能がないしね。新商品の売り込み大いに結構じゃないか」


 後で私も買いに行こうかと言い始める王太子殿下。王太子の馬車と知り、市民が馬車を囲んで歓声を上げる。王太子は馬車を降り、市民の中に入るが予想外の行動に護衛の騎士たちが大慌てである。


『お前はいかねぇのか?』

「行くわけないでしょう。触られ損よ。それに、今回私たちは裏方なんだから、でしゃばるものではないわ」


 公的には王太子とその側近及び南都の騎士団による討伐なので、リリアル学院の関係者と魔熊使いは表に出る予定はない。無いのだが……


『おい、あいつお前のこと呼んでるんじゃねぇか』

「はあぁ……打ち合わせとか何だったのかしら」


 彼女は顔の下半分をマスクで隠し、馬車を降りる。


「今回の討伐、実は偶然居合わせたリリアル男爵、『妖精騎士』とその学院生である少年少女の魔術師も協力してくれた!!」


『Wooooo!! リリアル!! リリアル!!』


 何故かリリアル・コールが始まる。しょうがないので手を振る彼女……なにこれおかしくないかしら?


「男爵は、ドラゴン討伐のみならず、近隣の人狼討伐、隣領サボアの魔狼・魔熊討伐に王都から駆けつけてくれている。


――― 私はここに誓おう! 必ずや王太子とその騎士団が平和な南都、平和な王国を築くであろうことを!! 皆、私に協力してもらいたい!!」


『王太子様!!』

『俺たち、付いていきます!!』


 はいはい、演出ありがとうございましたと言わざるを得ない。言外に今の騎士団では力不足だから王都から応援に来ているリリアル学院関係者が問題解決しているけれど、これからは王太子の責任で直接手を入れるから、みんな協力するように……という南都騎士団リストラ宣言だ!!


 近くの民と握手を交わし、一通り周囲に手を振ると、彼女に手を差し伸べ馬車へといざなう。


「男爵も振り返って手を振ってもらえるかな?」


 彼女は仕方がないので手を振ると、一際大きな歓声が上がったのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「先生!! 今日は表の屋台、食べ放題なんです!!」


 赤毛娘と碧目栗毛が皿山盛りの串焼きをもって迎賓館の四阿で大いに食べている。既に、数十本の串が皿の横に並んでいる。


「……無理して食べなくてもいいのではないかしら」

「いえいえ、『ただ』とか『安い』って聞くと何だか食べないと損な気がして……」

「わかる。このチャンスは見逃せない……」

「だよね☆」


 いやいや、腹も身の内だから。食べ過ぎ良くないよ。


「先生も御一つどうぞ」


 勧められるので、鶏肉のソテーっぽい串を受け取る。まあ、普通に美味しい。


「お祭り……ただ……最高……」


 いつの間にか現れた赤目銀髪も皿の上の串を纏めて握り込む。自分でもらってこいよと言いたい赤毛娘。


「みんな分かっていないようだから伝えておくのだけれど……明日から毎日王都につくまでずっとこれが続くのだから、無理する必要ないのよ」

「「「……え……」」」


 王都に帰還するまで、王太子のドラゴン討伐のお祝いは立ち寄る街々で

全て行われる。途中の休憩に立ち寄る村や小さな街でも同様の振る舞いが

行われる。何しろ、ドラゴン討伐=聖人の誕生になるのであるし、それが王国の

王太子であれば、次期国王は聖人となるわけだから大変おめでたい。


「もう、『聖王』と呼ばれることが確定なの。お祝いが中途半端で終わるわけが

ないの。その随行員をリリアルの今のメンバー全員で務めるのだから覚悟なさい」


 間違いなく、今までで最大の声援や応対を求められるであろうこと間違いない。猪討伐やクラーケン討伐など目ではない盛り上がりとなる。街や村はその時だけの話だが、一行はおよそ一週間はその対応をしなければならない。


今日が始まりであり、明日も明後日も続くのだ。





 さて、翌朝からリリアル生は『タラスクス』の冷凍された遺骸を連結兎馬車に乗せ、その周囲を護衛する役割を果たしつつ、王太子一行の馬車の列の後備に随伴することになった。


 彼女と茶目栗毛は騎乗で同行、黒目黒髪と赤目蒼髪が御者を交互に勤め、他のメンバーは半分ずつ徒歩で同行し、残りは兎馬車に乗って同行する。


 はじめは『兎馬の馬車でこんなもの動くわけがない』と馬鹿にしていた側近や南都騎士団の視線が合ったが、黒目黒髪が手綱を握り合図をすると、巨大な荷馬車が音もなく動き出すのを見て驚愕の顔となる。


『まあ、当り前だよな。乗っけた時点でまず驚けよ』


『魔剣』が突っ込む通り、リリアル生が重さ数トンはありそうなドラゴンをみんなでせーのの合図で兎馬車の荷台に乗せた時点で色々異常なのである。


「凍らせている分、重たいのよね」

『内臓は抜いたみたいだけど、それ以外は残っているからそこまで軽くはできないんだろうな』


 とはいえ、大型の馬や牛でも一トン近いものは存在するので、その数倍と言えばドラゴンとしてはかなり小型だ。人間が手で持ち上げるのは違うと思うが。


 南都の街を出るときは街路には人の壁ができ、ドラゴンを見に集まった群衆の中を王太子が白馬に騎乗し『騎士様』然として歓声に手を振りながら進んで行くので、少々時間がかかった。勿論、南都から少し進んだ場所で馬車に乗り換えたわけだが。


 兎馬車の移動は王家の馬車以上にスムースであるのは、魔力により少々浮かんでいるからである。空車で走っているのに等しいのだから、速度が出るのは当然である。


 王太子の馬車が騎乗する彼女の横に並ぶようになり、窓から王太子に声を掛けられる。


「あの兎馬車、見た目は普通の荷車なのに、滑らかに動くけど魔道具かい?」

「そうですね。ただ、魔導鎧と同じで魔力を消費するのである程度魔力量の豊富な者でないと半日と持ちません。リリアルの場合、魔力量豊富な女子の学生がいるので、交代で任せることができます」

「ああ……それだと難しいね。私自身が動かす二輪馬車なら、可能かな」


 王家の皆様は魔力大であるし、魔力の操作も高度に練達しているので恐らく問題なく操れるだろう。


「改良したら二輪馬車……お願いできないかな。騎乗だとどうしても速度に限界がるからね。あれば相応の力になる」


 二輪馬車というと、古代の戦車がそうである。御者と戦士が乗り馬に牽かせてすれ違いざまに長柄の武器で攻撃するような戦い方だ。そういう事ではないとは思うが。


「いずれ、王家に献上させていただきますわ」

「そうだね。是非お願いしたい。その場合、王太子と王妃用の二台だね。馬車の架装は王家側で行うから、土台の二輪馬車だけお願いするね」


 確かに、王家に相応しい架装を老土夫ができるとも思えない。恐らく、天蓋やゆったりとしたソファのような座席が用意されるのだろう。それから、拘束具がないと馬車から飛び出してしまうかもしれないので、座席に体を固定する器具は必要となるだろう。


「できれば、魔装布のフードとマントも欲しいかな。飛来物でもあると危険だし、狙撃に対抗する為にも天蓋は魔装布が欲しいからね」


 馬車の最大のメリットは、その車体自体が遮蔽物として機能することにある。勿論、移動する個室として作られており、王家の大型馬車になるとサロンのような構造でお茶もお酒も楽しめる。勿論、軽食くらいは提供もできるのだ。


『魔法袋があれば、兎馬車でも同じことできるだろ?』

「雰囲気が全然違うわよ。乗り心地がいくら良くても荷馬車なのだから。でも、その方が旅らしい気がするわ。王家の馬車の中では、王宮と何も変わらないように思えるもの」


 と考えていると、王太子がその考えに合わせるように……


「個人の乗り物って感じの二輪馬車なら、どこまでも行ける気がするからね。王太子の身分を忘れてドライブしたい気もするんだ」


 気分転換の為に爆走する二輪魔装馬車……王家の紋章の入った暴走馬車が彼女の脳内に浮かぶのであった。


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