第161話-1 彼女は王太子と南都を離れる
「……ドラゴン討伐ですか……」
「うん、リリアル男爵やメリッサ嬢にもだいぶ手伝って貰ったけどね。おかげで南都は無傷で済んだし、統治するうえでの問題点も浮き彫りになったから災い転じてなんとやら……かな?」
腹黒王子はサボア公爵よりも何歳か年下だが、貫禄は既に大きく差を付けられている。意図的に国王陛下や王妃様に課題を与えられ、王太子としての実務を積み重ねてきた腹黒王子と、帽子と公爵は軽い方が良いとばかりに祀り上げられてきた公爵閣下では年齢通りの差とはならない。
「公爵領でも不審な魔獣の襲撃が繰り返されておりました。幸い、男爵とその配下の冒険者たちの助けを借り、解決することができましたが、帝国からの工作は今後も続くでしょう」
「その通りだね。それで公爵、今回、メリッサ嬢は王国騎士への叙爵を予定しているからね。ドラゴン討伐に貢献して只の傭兵と言うわけにはいかないから。とは言え、彼女も公爵との傭兵契約を大事にしているから、三年間は従騎士扱いで傭兵を認めるけれど、その後は、ノーブルに所領を与えて正式に騎士として任ずるからね。その間に何とかしてもらえるかな」
隣に越してきます、白鳥王子です……と言うあいさつに来たわけではなく、王国の藩屏となるならちゃんとやらないとケツを蹴り上げるぞ!!と脅しに来た腹黒王子なのである。
「……ご配慮いたみ入ります。実は、先代のニース辺境伯と顧問契約を結び、領内の防衛体制を再構築することになっております」
「そうだね。それに、トレノの貴族どもにも釘を刺さないとね。なに、自分の直属の兵士が集まれば……あいつらも大人しく公爵の命令を聞くようになるよ。その事に気が付くのが少々遅かった気もするけれど、ギリギリ間に合いそうだね。何より、私が南都に出向いて背中を守ってあげるから、存分にやればいいよ」
どうやら法国にいる間に、サボア公爵領の動向に関しては情報を取っていたようである。放置できないと思い釘を刺しに来るつもりは元々あったのだが、ドラゴンと魔獣の襲撃の件が重なり丁度良いと足を運んだと言うことのようだ。
「公爵が気が付いてくれてよかった。王国軍が進駐するのも外聞が悪いからね。帝国や法国の手がトレノに伸びているから、早めに抑える事を勧めるよ。先ずは、こちら側の民を味方につけるところからだね。裸の王様にならないようにね」
「……ご配慮いたみ入ります。必ずや立て直して御覧に入れます」
部屋の中にいる公爵の側近たちの顔がみるみる青ざめる。王太子が直接話をしに来たという事は、国王陛下も当然知り得ている。そこに、帝国や法国の手先となっている貴族を排除しろと命ぜられたのだから、従うか反旗を翻すか早急に決めなければならないと考えているのだろう。
「では、また近々会おう。次は王都で……かな」
次が王都へ呼び出し……という事のようである。最後に……と王太子は言葉を区切りこういった。
「メリッサ嬢は私の友人であり、王国の騎士だ。くれぐれも粗略に扱わぬように心してもらえるかな」
という事で、魔熊使いはただの傭兵ではなく、騎士として扱われるようにサボア公領内では立場を改められたのである。
公爵とは昼食をともにし、午後早い時間に魔熊使いを『魔狼に襲われた村』まで送り届けさせるのを確認し、二人は南都へと馬車で戻る事にした。
「そういえば、『タラスクス』って名前のドラゴンだったんだけどね、あのドラゴンって『タラス』って街の傍に現れたからそう名付けられたんだ。それで、場所なんだけれど……『ビジョン』の少し南にある街で、長く教皇領の庇護を受けている街なのさ。怪しいだろ?」
ビジョンには人身売買組織の拠点と反王国の組織の拠点があると言われていたことを彼女は思い出した。
「法国戦争で追い返すまで、百年戦争最中は王国の内海沿いは法国……教皇領であった時期があったからね。ニース辺境伯領と南都の間はサボア公国以外も不安定な部分があるんだ。南都の腑抜け具合から察してもらえると思うけれど、王国の南側が平和ボケしている面がある。今回はたまたま王太子がいる時期にドラゴンが街を襲ったけれど……いや、南都の騎士団では対応できないと踏んで私を害そうとした……と言ったところだと思う」
グランドツアー中であり、ニース領から船で移動していることはある程度情報が漏れ伝わっていただろう。船で遡る最中に襲えればよし、間に合わなければ南都を襲わせ王太子殿下が出てきたところで襲わせる……といったシナリオを考えた者がいる。それが、教皇領の指導者層か反王国に与するものなのかはハッキリとしないが、この場で万が一のことがあれば……王国は大混乱となったであろうことは疑問の余地がない。
「君たちの存在を計算できなかったことは、彼の者たちにとって大誤算だったろうね。だから、その件も含めて賞したいわけだよ」
とはいえ……孤児が何人も騎士となるのは問題ないのだろうか。
「何を言っているんだい。君の御先祖様も『孤児』から男爵に叙せられたのではないかな。功績のあるものを遇するのは当然だろう」
そういえば……両親を同時に亡くした孤児が男爵家の初代当主であったことを彼女はうっかり失念していた。
『だぜ。親は無くとも子は育ってな。親が立派だからって、子供も同じようになるわけじゃねぇからな。だから、孤児でも騎士に取り立てるって姿勢は……王家に続く者を集めるきっかけになるだろうってことだ』
またもや利用されるという事なのかもしれないが、リリアルの子たちが報われ、孤児が差別の目で見られなくなるならそれでも良いかと思わないでもない。
――― その後、リリアルの騎士を『孤児騎士』(こじき・し)と蔑んで呼ぶ名門貴族の子弟が現れるのだが……身をもってその強さを示されることになるのは別のお話。
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