第159話-2 彼女は南都のコロシアムで『聖歌』を唱える
魔熊使いにリリアル生も朝から夕方近くまで魔物討伐で大忙しであった。素材採取組の藍目水髪と碧目栗毛を帯同しなかったことは良かったと彼女は思っている。とは言え、二人だけお留守番と言うのはかわいそうである。
「このままシャベリに戻りたいわね」
「それは困るな男爵。今日は祝勝会をせねばなるまい。主賓の一人が欠席するというのは認められないな」
何やら勝手なことを言っている身分ある男性がいる。
「殿下、今日のところは被害の確認や魔物の処理で騎士団の皆様も大変ではないでしょうか。私たちは一旦、滞在しているシャベリの宿に戻るつもりです」
「この時間では暗くなってしまうだろう。明日、改めてとはいかないのかな」
リリアル生は絶対王太子と同席する食事などは落ち着かないだろうし、彼女も同席するのは遠慮したい。
「殿下は殿下のお仕事を。我々は我々のすべきことを為そうかと思います。王都に戻るにあたって南都は必ず通りますので、その際、またお話を伺うということで、本日はひとまず戻らせていただきます」
「おおそうか。王都には皆共に戻ろうぞ!」
どうやら、王太子殿下はドラゴン討伐の凱旋の供にリリアル学院生を同行させたいようである。人数的にツアーに同行した側近たちでは魔物の死体の運搬含めて不備がありそうであるからリリアルの関係者に色々作業をさせたいという事なのだろう。大変迷惑である。
「殿下は、王都にタラスクスの亡骸を持ち帰るおつもりなのでしょうか」
「ああ。幸い、魔法袋もあるので収納して帰るつもりだ。運送業者をリリアルの生徒たちにさせるつもりは無いぞ。安心しろ」
とはいえ、供に加えたいというのは本音なのだろうか。
「一先ず、先触れを一人シャベリに戻します。その上で、折角ですのでサボア公爵ともお会いください。今回の討伐のお話をされるのも一興でしょうし、王太子領を立て直すにしても公爵との関係は大切になるのではないでしょうか」
「それに、メリッサの当面の雇い主でもあるからな。分かった、明日はシャベリに向かうとしようか。私も先触れを出すことにしよう」
王太子はもののついでに公爵と会う事にした。次期国王として上から目線で問題ないのだろうか。いきなり「明日行くからね」と初めて会う保護国とはいえ隣国の君主なのだが。
『公国ってのは実質国王だが、教皇からの承認を得ていない在地の君主って扱いだからな。本来、一地方伯に過ぎなかったルーテシア伯が周辺を斬り従えて教皇から『王国国王』と認められた結果だ。血筋的なものもあるが、ある程度の君主たちはどこかで大帝の血が入っているからな』
『大帝』とは古の帝国崩壊後、西の帝国を建国した偉大な武人の事であり、今の王国・神国・法国・帝国の領土をまとめた広大な地域を一代でまとめ上げた偉人である。その子供たちに領地を分割したことから今の国が成立している。勿論、中身は入れ替わっているのだが、血は流れているのだ。
『王』に任じられるのはこの『大帝』の血脈に連なる者であり、それが繋がらない場合、『公爵』の治める『公国』となる。
因みに、帝国に『公国』が沢山あるのは、国王ではなく皇帝の臣下ということで伯爵程度の規模でも『公爵』を名乗れるからではないかと彼女は思っている。
『帝国は相続がちょっと変わっているからな。貴族の男系子孫は爵位を均等に相続するとかだったんじゃねぇかな』
「……代を重ねるごとにインフレが凄まじいわね」
領地もない公爵伯爵だらけになりそうなのだがどうなのだろうか。勿論、王国でも複数の爵位を持つ貴族は存在するし、子供たちに分け与える事もある。長男は公爵位を持つが、次男は伯爵位を継がせて分家扱いする場合などだ。
「さて、ドラゴンの吐いた毒の息を中和して回らないとね」
『おう、魔力水を霧状にしてまくとかか?』
「ええ、いい訓練になるわ」
『アンデッドに対する防壁とかか』
「備えあれば患いなしなのよ」
魔力水は魔力から精製した水であり、魔力を帯びた物質はアンデッドに対してダメージを与える効果がある。魔力水を噴霧することで、アンデッドの集団の前進を押しとどめる事や、襲撃された民を守ることができるかもしれない。
「屋内なら言う事無いわね。拡散されにくいもの」
『魔力付与と魔力水の生成の中間形態だな。覚えて損はないだろうさ』
彼女は学院生たちと毒の息で汚染された土地を魔力水の噴霧で浄化する事にした。
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コロシアムの中から始まり、毒の息がまかれた周辺は草木が枯れ土が死滅しているように変化している。
「……これどうするんですか?」
黒目黒髪の質問、それは皆が思っている事でもある。
「薬草畑に魔力水を使って水をまいたわよね。ドラゴンの通り道で変色している場所は同じことを。その周囲に関しては魔力水を精製させてから……さらに魔力だけ込めて霧状に……こう、展開してちょうだい」
手のひらに生成した魔力水を更に魔力を込めブワッと霧状に変化させて見せる。
「おお! これは良い感じですね。臭い場所とか消毒できそうです」
「腐敗臭のする場所の浄化に有効……」
「自分自身の洗浄にも使えるかもな。気分も良くなるし」
赤毛娘、赤目銀髪、青目蒼髪が自分でも試してみて口々に感想を述べる。
「では、分担して素早く終わらせましょうか。私は上陸した場所からコロシアムに戻るルートで始めるので、皆さんはコロシアム組と川に向かう組に別れてそれぞれ浄化を開始してください」
「「「はい!(わかった)」」」
早く終わらせないと、暗くなってしまうので彼女は早急に処置を始める事にした。
川までの数百メートル、タラスクスを足止めし牽制した場所は激しく汚染されているように思える。数ヵ所ではあるが、時間が掛かりそうだ。
『さっさと終わらせたいもんだな』
「先ずは上陸した場所からね」
大きな体を引きずるように移動したその後は、微妙に波のような跡があり、魔力を流して体の動きを補助していたかのように見受けられる。
『流石最下位クラスとは言えドラゴンか』
「普通の魔物とは魔力の使い方が違うようね」
『じゃねぇとあの大きな体を支えて素早く何時間も移動できないからな。普通の鰐は浮かんでいる時間や日向ぼっこで体温上げている時間がすごく長いんだぜ』
トカゲなどが岩の上で日光浴している姿がみられるが、気温の低い時間に体温を効率よく上げて動きを素早くするための工夫でもある。ドラゴンがそんなことで体温を維持するわけもなく、体を大きくすることで体温と魔力の溜まる効率を良くしているというのが現段階での仮説だ。
『だから、大きくて丸い胴を持つドラゴンほど魔力の集約率が高くて強力と言えるだろうな』
「どこかにいるのかしらね。王国にいない事を祈るわ」
『連合王国が本場だからな。あっちの山奥にはそれなりにいるんじゃねぇかな。良く知らんが。王国では蛇型とかそれに羽がついてるのが精々だな』
「十分会いたくないわね」
魔力水の霧を噴霧しつつ、彼女と『魔剣』はまだ見ぬ巨大なドラゴンの事を考え話をする。
『でもだな、お前が万が一ドラゴンを討伐するとするじゃねぇか』
「……とても嫌な想像をするのね。そういうのは王子様とか騎士団長がするのではないかしら?」
『いや、王太子はともかく、騎士団長魔力あんまねぇからブレスで即死するんじゃねぇか。それに、王太子以外男児の直系いないからまず出さねぇよ』
今回の討伐は、ある意味王太子の勇み足であり、国王陛下の下であれば許可は降りない内容だっただろう。
『まあいいか。そんで、ドラゴン退治をした騎士ってのはだな……大体聖人に認定されるな。時間はかかるから死後だろうけどな』
「……縁起でもないわね。死んでから石像でも作られるのなら意味ないと思うのだけれど。生きている間でも……あまりいい気はしないわね」
面倒ごとがさらにいっそう増やされるのであれば、それはそれで大迷惑なのだ。
「先生! もう少しで浄化完了します!」
コロシアムの方からこちらに向かってくる赤毛娘たちの姿を確認し「この子たちもドラゴン討伐に連れて行くなんて、あってはならないでしょうね」と思うのである。ドラゴンなんて見間違いよ、今回のタラスクスは鰐の魔物に過ぎないのですもの……そう彼女は思いこむことにした。
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