第159話-1 彼女は南都のコロシアムで『聖歌』を唱える
彼女は魔法袋から魔銀製の竪琴を取り出す。『結界』の応用で周囲に音響効果を高める壁を形成する。勿論、魔力を以て音も増幅する。
「始めるわよ」
今回、王太子旗下の騎士団が『ドラゴン』を退治したという実績がとても大切になるだろう。彼の王子は容姿端麗にして頭脳明晰だけでなく、『勇者』としても存在するのであると。その存在が王国を更に安定させ、南都の王太子領の改革にもプラスに作用する。
『とか言って、これ以上面倒ごとを押し付けられるのが嫌なんだろお前』
「……黙りなさい」
正直言えば、ドラゴン退治をして南都を救ったなんてことになれば……また陞爵もしくは余計な肩書を増やされる可能性がある。リリアル男爵と学院長だけでも多忙なのに、更に南都に関わらされるようなことは避けたい。
なにより、腹黒王太子に貸しを作り、周りの側近や南都騎士団にもそれなりに恩恵を与えることができれば、彼女やニース商会の仕事もやりやすくなるだろうという打算でもある。
タラスクスを包囲する一角に陣取り、彼女は竪琴を奏で始める。『聖歌』は同じ音律の繰り返しなので、とても楽ちんである。
『♪♪♪立ち上がれ いざ 主のつわもの♪♪♪ 』
その曲は神の戦士を勇気づける曲であり、『勇気』と『魔力纏い(弱)』を魔力の伝わる範囲=音の聞こえる範囲に効果を示すものである。
『おお、これで彼らの武具でもドラゴンにダメージを与えられることになります』
『猫』の指摘の通り、魔力による簡易結界をもつタラスクスの外皮を魔力を纏わない武具で傷つけることはできなかった故、彼女はこの『聖歌』を選択したのである。
『♪♪♪御旗は高く 見よ 上がれり♪♪♪ 』
自分たちの体の周りに魔力の纏いつきを感じ、魔力を持たない多くの騎士たちは大いに意気が上がる。勿論『勇気』の効果でもある。
「騎士団前進!!」
騎士団長が檄を飛ばし、騎士団は数人ずつの組み合わせで一団となり槍を構えて突進する。
『♪♪♪仇の息の根 絶やすまでは♪♪♪ 』
ウイングド・スピアは本来馬上槍であるのだが、この場合、十分に魔物の体を貫くことができるようであり、背中に傷をつけることができないが、前後の脚や脇腹にチクチクと槍が刺さり、体を振り回し毒のブレスを吐き出し尾を振り回すものの、魔力纏いの効果により毒でダメージを与えることができなくなっているようである。
リリアルの生徒たちは騎士が傷つけばポーションで傷をいやし、タラスクスの不意の攻撃には結界を展開し、また、気を散らせるためにも油球による火炎攻撃を繰り返しつつ、川に戻れないように退路を遮断している。
王太子と側近たちも、治癒魔術の使い手が騎士たちを癒しつつ、王太子は身体強化のバフ掛けを動きの鈍る騎士に直接付与しているようである。
『あれって、多分自身にもできるんだろうな』
『王太子殿下は騎士としてもかなりの手練れだと聞いています。とは言え腕前を見せる機会はほぼないとのことですが、あの術を見る限り先の辺境伯様に匹敵するでしょう。全盛期のです』
王太子……腹黒なだけでなく脳筋ジジマッチョクラスの騎士とは……リリアル必要ないのではないかしらと彼女は思うのである。
『Wohooo!!』
白銀の魔熊がタラスクスの頭に噛みつき、爪で目をえぐる様に攻撃する。そのまま頭を抱え込み、動きを大いに鈍らせる。
騎士たちの繰り出す槍の穂先で生みだされる傷は一つ一つは小さいものの、脚を脇腹を首筋を容赦なく突かれ、更に魔熊に圧し掛かられることでどんどんとタラスクスの動きが鈍くなる。
「ええぇぇいぃぃぃ☆」
ブラブラしているタラスクスの尻尾を赤毛娘の魔力を通したメイスのフィンがザクリと切裂き、引きちぎられた尾が完全に切り離される。
既に痛みも麻痺しているのか、邪魔な垂れ下がった尾がなくなり動きやすくなったのか傷つき動きの鈍くなった片方の前足以外の五本の脚を器用に動かし、コロセウムの出口に向けタラスクスは突進しようとする。
「殿下、そろそろ決めてしまいましょう。これをどうぞ」
彼女は王太子にバルディッシュを渡し、「使えるわよね?」とばかりに視線を送る。王太子は頷くとバルディッシュを受け取り、魔力を体に流しあっという間にゲートとタラスクスの間に回り込んだ。
『援護援護!!』
「勿論するわよ」
タラスクスの前面に一瞬だけ結界を展開し、その動きを止める。その隙を見逃す王太子ではない。
「はあぁぁぁぁ!!」
大きく振りかぶったバルデッシュの刃がタラスクスにしがみついている魔熊を避けながらその頭部に何度も振り下ろされる。魔力の量は母妹同様大変恵まれている王太子殿下である。その斬撃は容易に魔物の頭部を砕き、脳を粉砕する。
タラスクスは激しく体を痙攣させるとやがて動きを止めた。脳を破壊しても心臓が動いている限り再生しかねない。王太子はバルディッシュを魔物の胴体の下に差し込みひっくり返した後、胸の心臓のあるであろう辺りをその切っ先で突き倒していく。
やがて痙攣も収まり、タラスクスは完全に死んだと思われる。
『念のために腹割いて心臓を取り出しておくことをお勧めするぞ。アンデッド化したら困るからな』
「それはその通りね。では、南都に騎士団の皆さんにお願いしましょう。ええ、リリアル生はあくまでもサポートですもの。問題ないわ」
王太子の活躍で何となくいい雰囲気となり、騎士たちが王太子をほめたたえ歓声を挙げているのを横目に、彼女はこれ以上の仕事はしないように心に誓うのである。
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