第158話-2 彼女はリリアル生たちとコロシアムの前でドラゴンと対峙する
「あれが使えるかしら」
『わからねぇな。そもそもドラゴンって毒で死ぬのか?』
「アコナ」の毒を今回使用することは、予め予定していた。魔熊や魔狼には使うまでもなかったが、討伐組には全員持たせてある装備だ。
「リリアル生、アコナの使用を解禁します。各自武具に纏わせて攻撃を実施しなさい。騎士団は動きを止めるまで一旦退避で!」
「……騎士団、リリアルと交代。怪我人を後送しろ!!」
王太子の号令で、騎士団の怪我人たちが包囲から離されていく。死にかかっている者はいないようだが、動けなくなっている騎士はかなりの数に上るようだ。
「弓手は観客席から角度を付けて狙撃。魔力マシマシでお願い」
「了解!!」
バリスタより威力は低いものの、発射速度は圧倒的に高い赤目銀髪が高い位置からの弓の射撃を試みる。その間、間合いの長いスピアを持っ二人が前後を囲むようにタラスクスと対峙し、油球に火をつけた火球を黒目黒髪が次々に投射する。
かなりの数の油球を受け、タラスクは体表を焼かれ嫌そうな顔をするものの、決定的なダメージには至らない。長い間合いの出入りを繰り返しながら「アコナ」の毒を塗布した槍先で六本の脚に傷をつけていくが、タラスクの動きは余り鈍っていないようだ。
「はあぁぁぁ☆」
魔力を通したメイスの頂点のスパイクでタラスクスの前足を刺突する赤毛娘。大きさからいえば縫い針が刺さった程度のダメージだが、前足に大きな裂傷が生まれる。力任せに突き刺した後、魔力を通して切裂いた効果のようだ。ついでに、深く入った傷故か、毒の効果が出ているようで傷ついた足が痺れたように動きが鈍っている。
「これで……どぅ!だぁ!」
結界の階段を駆け上がり、身体強化に魔力をマシマシにしたバルディッシュで高所から回転しながら落下する効果を加えた斬撃を彼女が魔物の尾に向け叩きつける。
『GwAooooo!!!!』
ブツンとばかりに、尾の付け根辺りからばっくりと裂け目が生まれ、尾を振り回す事も出来なくなったようである。そのだらんと力なく垂れさがる尾に魔熊がしがみつき、ギリギリとその裂け目が広がっていく。
『トカゲみたいに尻尾がちょん切れるかもしれねぇな』
「ドラゴンの尾がトカゲみたいに切り離されるなら、それは既にドラゴンではないでしょう。弱者の生存戦略を持つドラゴンなんておかしいもの」
尻尾が引きちぎられる痛みに怒り狂う魔物だが、その隙に、槍やメイスで容赦なく攻撃され、更に動きが鈍くなってくる。
「殿下、そろそろ交代を!」
「あ、ああ承知した。騎士団、槍を揃えて囲め!!」
数が三分の二ほどに減った騎士が、槍を揃えてタラスクスを囲む。その穂先を隙を見て魔物に突き刺すのだが、やはり表皮で弾かれてしまうように見える。騎士団の攻撃によるダメージは入らない。
「殿下、射撃用意完了です!!」
「騎士団距離を取って牽制、射撃は各自の判断に任せる!!」
コロシアムは直径100m程の円形の施設であり、二階席まである構造物である。その二階にバリスタを設置し、動きの鈍ったタラスクスを狙い撃ち止めを刺すことが作戦のうちなのだ。
『発射!!』
掛け声とともに四基のバリスタから2m程の槍サイズの矢がタラスクスに放たれる。タラスクスの足元に一本、また一本と突き刺さるが、体をかすめるのが精々で命中する事は無かった。
赤目銀髪も同じように狙うのだが、背板に弾かれ先ほどのように上手く当てることができていない。
「ど、毒の息!!!」
タラスクスが毒の息を吐き、騎士たちの動きが停止する。勿論、不意打ちではなく距離も取っているので、急いで毒の息の範囲から離脱するも、完全にノーダメージと言うわけにはいかないようだ。
魔力を纏った数人の騎士とリリアル生だけが包囲を継続する。
王太子が少々焦ったような空気を纏い彼女に話しかけてくる。
「この魔物の討伐……どう見る?」
「魔物相手に打撃を与えるには魔力持ちの騎士が不足していると思われます。魔銀製の槍もしくはハルバードを装備した魔騎士が数人必要です」
「……それは今は無理だ。他に対案はないか」
あるにはあるが、少々恥ずかしくもある。
「私が魔力付与するための魔術を唱えて、魔力を持たない騎士たちにも一時的に魔力纏いの効果を短い時間ですが与えることができます」
「……どのようにしてだ」
「魔力を込めた声で聖歌を唱えることで、このコロシアム程度の範囲であれば効果を付与することができるのです」
王太子は「頼む」といい、再び毒の息の効果が薄れたタラスクスの周囲を騎士たちが囲むように指示を出す。
『今なら、あの時よりもずっと効果が期待できるだろうぜ』
彼女は黙って頷き、リリアル生たちを騎士たちを支援する指示を出すと、聖歌を唱える準備を始めたのである。
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