第157話-2 彼女は王太子と南都でドラゴンと会敵する

『それで、どうするよ』

「先ずは一当たりしてみるわ」

『……好きだなお前……』


『魔剣』の言い分に、いささか抵抗を感じるが、彼女自身は特に不安を感じる事は無い。魔装衣で魔力を通せば、毒の息程度弾いてしまうので問題ないのだ。魔熊使いは王太子と同行してもらう事にし、彼女は単身、『水馬』を用いて川の中の魔物に向かう。


 南都の先で二つの川が合流し一気に流量が増えるため、川の流れは速い。とは言うものの、アメンボよろしく水の上に浮くだけでなく、改良型の水馬は船型の形をしており魔力を後方に流すことで推進力を発生させることができるので、浮かぶことに徹した初期型よりは流れをうまくとらえやすい。


「この流れのおかげで進撃速度が落ちて助かっているのよね」

『そうだろうな。実際、川を船で遡行できるのは小舟でなければ南都が北限みたいだし、こいつもそこまでちょっと足を延ばしたってところじゃねぇの?』


 パンデミック中にうすうす出かける老害並みに迷惑な行動である。いいから、ジッとしておけと思わないでもない。


 行動は書物で知る鰐に似ており、水面から目と鼻だけ出して背中を少し出す程度なのだが……突起が大きいので目立っているのは御愛嬌だ。


 彼女はタラスクスの背後に回り込み、流れに逆らうように並行して尾の動く半径の少し外を移動する。目がチラチラとこちらを見ているようである。


『タラスクスの好物ってのは人間の子供らしいぞ』

「それって、子供を脅しつける親のセリフでしょう。『悪い子のところには**が来ますよ』みたいなことなのではないかしら」

『……お前、絶対そういう時信じなかっただろ?』

「むしろ、あえて犯してくるかどうか検証したものよ」

『可愛くねぇのは昔からか』

「そういうのは姉の担当。私ではないわ」


 姉は大人から見ればどのようにみられるかを理解し、その好意を最大限に受けられるように振舞うことが得意であった。つまり、脅かされて大人が期待する怖がり方をするのである。本心では全く怖がることはないのだが。


『あの娘が怖いのは借金取りくらいのもんだろう』

「いいえ、借金取りが頭を下げて『返さなくて結構です。むしろこのお金も使って下さい』って言うように仕向けるタイプよ。大概なのよね姉さんは」


 目の前に小型とは言え伝説のドラゴン系の魔物がいるにもかかわらず、関心は姉の過去の話であったりするのは、いささか平常心過ぎるのではないかと思うのだがどうだろうか。まあ、いいのだが。


 タラスクスは目を動かしつつ彼女の動きを確認し、さり気に尾を振り回しているのだが、身じろぎする程度で攻撃してくる意図はなさそうなのだ。本当に散歩程度なのだろうか。


『おい、西側のコロシアムってあそこだよな。そろそろこの辺で陸に上がらせねぇと南都に辿り着いちまうだろう』

「仕方がないわね。少々挑発してみようかしら」


 彼女は水馬を加速させると、魔剣を装備し魔力による刃の拡張を行う。そして、タラスクスの前に回り込みすれ違いざまに鼻先を『魔剣』の切っ先で強か叩いた。身体強化に魔力纏いのよる刃の拡張で数十センチほどの切り傷がタラスクスの左の上顎あたりに出来上がる。


『Guwoooooo』


 怒りに目の色を変えたタラスクスは反転し、彼女の後を追いかけ始める。並の船なら追いつかれるほどのタラスクスの泳ぐ速度だが、ギャロップほどの速度で水面を滑走する彼女の動きには到底追いつくことができない。


 目の前をこれ見よがしに移動する彼女を怒りの眼差しで追いかけるタラスクス。とりあえず、陸に上がることは出来そうである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★





 陸に上がる直前、空へと跳躍し、水馬を両手で触れて魔法袋に収納し着地する。身体強化マシマシでコロセウムに向け全力疾走する彼女。準備ができていようがいまいが、とりあえずコロセウムに誘い込むことが先決だ。


 陸に上がったタラスクスは跛行しながらかなりの速度で前進する。馬の全力疾走並であろう。流石魔物である。


『瞬間の動きなら蛇も鰐も早いが、持続できねぇ。魔物ゆえの底なし体力だな』

「魔物って基本脳筋だから嫌いではないわ。誘いに乗せるのが簡単で扱いやすいわよね」

『そりゃ、王妃様や腹黒殿下にお前の姉ちゃんと比べりゃ、魔物なんて可愛いもんだ』

「宮中伯も入れておいてもらえるかしら。リュソン閣下も相当よね」

『最近出番がないから忘れてたな。あいつ元気かな』


 余計なフラグを立てるなと彼女は言いたい。





 タラスクスに追いかけられる彼女の姿を見て、遠くで悲鳴が聞える。陸にドラゴンが現れてパニックが発生しているようである。


「毒の息は吐かないのかしらね」

『あれは溜がいるんだろう。走っている最中には無理なんじゃねぇか』


 なるほど、対峙した場合は毒の息を吐きだす可能性がある。散々吐き出させてから包囲して騎士団に討ち取らせなければ被害が大きくなりそうだと彼女は思うのである。


『おいおい、それじゃくたびれ儲けじゃねえか』

「馬鹿を言わないで。腹黒殿下に大きな貸しが作れるわ。それに、ニース商会の南都支店は最重要な支店なの。王国の南側の経済が崩壊しかねないわよ南都が壊滅すれば。ニース辺境伯領や王都周辺だって不安定になるわ」

『つまり……』

「結局、今頑張らないと、私の仕事がさらに増えるから嫌なのよ!!」


 その気持ちよくわかると、元宮廷魔術師である『魔剣』は理解するのである。大体、面倒な仕事程放っておくと高利貸しの借金みたいに利子が利子を生んでどんどん仕事が増えてしまうのである。


『お前の判断は正しい。だが、ドラゴン単独でってのはどうなんだろうな』

「大丈夫、ほら、あそこに兎馬車が見えるじゃない。援軍到着よ」


 恐らくは全力で飛ばしてきたのであろうリリアルの生徒たちが小さな兎馬車に鈴生りに乗っているのが見えたのである。


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