第157話-1 彼女は王太子と南都でドラゴンと会敵する
『タラスクス』は小型のドラゴンだが……それでも小屋ほどの大きさがあり、毒を吐き鋭い爪と丈夫な背板と毒の尾をもつ鰐のような姿の魔物である。ハッキリ言って……過去最大の危機と言えるだろう。ヒロインにとっては。
『どうすんだよ』
「先ずは偵察からよ」
いま彼女は王太子とその側近と共に馬で南都の南、ドラゴンの目撃情報のもたらされた場所に向かっている。王太子とその側近に加え、南都騎士団の幹部とその従者数名も加わったかなりの規模の集団である。
既に南都には住民に退避命令が出されており、川から離れて高所もしくは堅牢な建物に避難するように命ぜられている。西岸の大聖堂か街の北部にある代官の城館背後の丘に避難誘導されているとみられる。
「リッサ、あなたはドラゴンと対峙したことはあるのかしら?」
「ない。あったら生きていない……」
「……そうよね……」
それが一般的な見識だろう。ドラゴンとの遭遇=『死』ということだ。
先頭を南都騎士団の副団長と王太子、その背後をそれぞれの部下=全員貴族の子弟が固め、最後尾を彼女と魔熊使いが追走する。勿論、駆足である。魔熊使いを除き、軽装の鎧を着用しているのだが、彼女は常の装備である。王太子の側近たちは彼女の恐ろしさをよく見知っているが、辺境騎士団は美少女二人を王太子の侍女か妾と勘違いしている風がある。確かに、館に泊り朝晩食事を共にしているので、そうとられてもおかしくない。特に、魔熊使いは王太子と並んでも釣り合うほどの年齢に美貌だ。彼女は……少々幼く見えるので侍女とでも思われているかもしれない。
「何かしら……不快な印象なのだけれど」
『主がお力を示せばその視線も変わるでしょう』
気配を隠蔽したまま、馬の背後を追走する虎サイズの『猫』が念話でフォローする。流石に馬に猫を乗せていると絡まれかねない。とは言え、一部の辺境騎士団員は昨日の冒険者ギルドでの一件を知っており、恐らく子熊を抱えている方が件の『魔獣使い』であると察しているようなのだ。
南都から南に降ること二十分、数人の騎乗した者が川沿いの街道で川面を監視している場に出くわす。どうやら、知らせを受け確認に出向いた辺境騎士団の先遣隊のようだ。王太子と副騎士団長を確認すると指揮官らしき騎士が慌てて近寄ってきた。
「様子はどうだ」
「はい、時折水面に顔を出しながら川をさかのぼっております。このままいくと二時間程度で南都に達するのではないかと思われます」
距離としては5㎞ほどであり、人の脚よりやや遅い程度の速度である。川の流れに逆らう分、時間が掛かるようである。
「早朝、川で漁をしている近隣の者が騎士団に通報し発見されております。船も航行を止めているので近づく者もおりませんのでどのような反応をするかは不明です。何分、水中におりますので、近寄ることも困難です」
船で近づいて刺激を与えて興奮させても厄介だろう。それに、先ず、船ごと襲われれば助からない。
「対応方法は?」
「現在、南都に備えられている弓銃と攻城用のバリスタを手配しております。南都の南側に陣を張り、そこに誘い込んで攻撃することを想定しております」
水上の敵を攻撃するのに剣や槍では心もとない。船を出して槍でつついて挑発し、射線の前におびき出して……という事だろうか。並の弓銃では難しそうだが、バリスタならダメージを与えられるかもしれない。
『あれは射程が300mくらいだ。水面に浮かぶ鰐に命中させるのはかなり無理があると思うぞ』
『魔剣』の指摘に彼女も同意するが、言葉に出せば「ならお前が何とかしろ」と言われることが見えているので、彼女は沈黙を以て答えとする。藪蛇は勘弁してもらいたい。それに、彼女の仕事ではない。
タラスクスはリヴァイアタンの子とも言われ、『魔剣』曰く、もっと南の内海の近くの城塞の傍で確認されていたという。
『タラスって街だったから、『タラスクス』って名前なんだよ。多分、海生の鰐が川に迷い込んで魔物化した物なんじゃねぇかな。鰐なら大きさ的にもそれほどおかしくはないぞ』
亀や鰐はかなり長く生きることが可能であり、タラスの街での記録が凡そ四百年ほど前の話であるので、魔物化すればその程度は生きていてもおかしくはなさそうである。多分。
『それと、灼熱の糞と言う攻撃もある』
「……どういうことかしら。可燃性の糞……いえ、自然発火する物質を含んだ糞をするという事なのかしら」
『詳しくは知らん。伝聞情報だ』
彼女は魔熊使いと一緒に川面を見ながら「さて、王太子殿下はどう対応するのかしら」と半ば他人事に考えていたのだが……
「リリアル男爵。あなたの意見を聞かせてほしい。あの魔物は討伐可能だろうか?」
可能か否かであれば可能だが、どの程度の損害を覚悟するかにもよる。
「可能か否かで言えば可能でしょうが、損失をどの程度見込むか、どのような手段で対峙するかにもよるのではないでしょうか」
「……詳しく」
彼女は『タラスクス』が海生の鰐が魔物化したものであると仮定し、さらに、過去「タラス」の街で存在が確認されている記録について言及する。
「そのような記録があるとは寡聞にして知らなかった。四百年前の修道士の記録か……」
辺境騎士団員たちも「知らなんだー」くらいのテンションなのだが、王国の南の国防を担う幹部たちとしては情けない反応だろう。王太子の笑顔に意地の悪い影を感じる。残念なことに今後なりそうである。
「タラスからなら300㎞近く離れている。随分と遡ってきたものだな」
タラスクスは森に潜むとも言われている。川を遡行しつつ、夜陰に乗じて川沿いの人や動物を襲ってきたのだろうか。百年戦争の間、その後の法国との戦争が続いた関係で、この地の情報がきちんと集積されていなかったことも長期にわたり魔物が生き残れた理由でもあるだろう。
タラスクスの放置に関しても……王太子領の締め直しの材料にされるのだろうなと彼女は思うのである。
「バリスタの配置場所が南都の南岸であるとすれば、バリスタの射界まで魔物を引きずり出す必要があります。また、水面に潜み分厚い骨質の背板を持つ鰐を更に強化した魔物であろうタラスクスを討伐するのに何発のバリスタを撃ち込まねばならないのかという問題もあります」
簡単に言えば、1発当たるかもしれないが、それが当たった時点でタラスクスはバリスタに向かってくるだろうし次の矢を装填する前に恐らくはバリスタが破壊されかねないということが考えられる。他の手段を考える必要がある。
「とはいえ、毒の息に前足の爪による攻撃……騎士団総勢で討伐に向かっても全滅必至だろう」
「南都の街に上陸させたうえで市街の建物を使い上から射込む、もしくは槍を抱えてタラスクスの背に飛び降りる……などすれば損害は多少軽減されダメージも与えられるかと思いますが?」
「そ、それでは南都が壊滅してしまいます!!」
副団長が悲鳴にも似た声を上げる。それを考えるのはあなたの仕事であって私の仕事ではないと彼女は思うが声には出さない。
「では、一つ、提案がございます」
「……何か策があるのか」
「騎士団の方達のお仕事を奪う形になるので、他に代案が無ければ……となるのですが……」
王太子の問いに答えないわけにはいかないという態で彼女は話ことにする。また巻き込まれるのかと思いながら。
「リリアル学院の者たちの中に、先日ルーン近郊の海上で小型ではありますがクラーケン討伐の経験者がおります。水上を歩くことができる魔道具を有しておりますので、弓と魔術で牽制し、南都に近づく手前で陸におびき寄せる事を考えております」
赤目銀髪に赤目蒼髪・青目蒼髪と彼女は『水馬』を用いてクラーケン討伐を行った。この程度の川の流れであれば、水面であれば十分に魔力を用いてスキーのように移動できるだろう。
「それで、陸に上げた後は?」
「幸い火を吐くという事は無いようですので、至近距離からバリスタに鎖を付けて撃ち込み、陸に固定した後削り倒す……と言うのでは如何でしょうか」
王太子は『しかるべき討伐可能な場所を選定し、バリスタを配備しよう』と周りに命ずる。どうやら、昨日用いたコロシアムに誘引することになりそうである。
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