第156話-2 彼女は『魔熊使い』と王太子の誘いに乗る
それぞれ一人づつという事で部屋を用意してもらったようなのだが、彼女は『王国語が不自由なので同室で』と魔熊使いを使用人部屋を使わせるように手配をした。メインベッドルームの他にベッドルームのある部屋を用意させたのである。
王家の場合、侍女が高位貴族の娘である場合も少なくないため、サブのベッドルームも並の宿のスイート並である事は言うまでもない。王家の迎賓館であるのだから当然だろう。
「……」
「……大丈夫、私も緊張しているから」
「男爵でも?」
「私はもともと子爵家の次女で、商人の妻を目指していたから貴族の生活はそれほど詳しくないのよ。王女殿下の護衛の侍女を務めたことがあるくらいで、大した事は無いの」
「……それは大したこと。普通は王太子殿下と食事を共にすることはない。高位貴族でも名誉なこと」
仕事を押し付ける為に飯を食わせてやったくらいの感覚だと彼女は思っている。
「でも、アリーが南都に来ることが増えるのは嬉しい。王都は遠いから、会う機会が無くなってしまうのは寂しい……」
「ふふ、姉がノーブルに住むようになれば、きっとしょっちゅうあなたに会いに行くでしょうね。あなた、姉が好きなタイプだと思うわ」
「アリーのお姉さんに会うのも楽しみ。きっと……いい人……」
姉はどちらかと言うと、い(た)い人なのだが魔熊使い程魅力のある美女であれば、失望させることなく付き合えるだろう。姉は、自分の関心のない人に
酷く無関心だからである。小さくなる魔熊だけで多分相当のお気に入り確定だろうが。
「あなたが王国で一緒の側にいてくれることを心から望むわ」
「……そう……そうあればいい……ね……」
マロ人の生き方に会わないかもしれないが、里長の命令で遠く離れた山の中を移動して村を襲わせる人生より、守る『モノ』のある人生の方が幸せなのではないだろうか。少なくとも、彼女は魔熊使いと同じ側にいたいと思っている。
『お前にとってのリリアルがそうであるように、リッサにとって王国が居場所になると良いよな』
『魔剣』の居場所は長い間……子爵家の書庫の一番下の棚であったから、居たい場所というのは身に染みてわかるのかもしれない。
「流石、書棚に何百年もいた魔術師様は言葉の重みが違うわね」
『何とでも言え。でも、その通りじゃねぇか?』
彼女は黙って頷いた。
翌朝、『朝食でも一緒にどうだい?』と王太子殿下のお誘いを受け、シャベリに戻る前にテーブルを囲むことにする。勿論、魔熊使いも同席する。卵を使った南都らしい料理が並ぶ。
「今日はサボア領に戻るんだろ?」
「リリアルの学院生を残していますし、彼女の仮住まいの場所も確認したいのでそのつもりです」
「流石に、何頭もの魔獣を南都で飼うわけにもいかないから、残念だけどサボア公爵の傭兵は一番いいのかな。でも、ノーブル伯爵領になったら、移ってもらうのも考えて欲しいね」
「アリーのお姉さんの領地なら……いい」
「それまでに、サボア領に馴染んで動きたくなくなるかもしれないじゃない?先ずは、今の仕事を完遂することでしょうね」
「もちろん。手は抜かない……」
とはいえ、リリアル学院の特別講師として任ずることを考えると、山岳での実地研修や魔熊との演習を組み込んだりすることも考えたいところだ。
「母や妹が南都に来る際は、メリッサも顔を出して欲しいね。勿論、その時はアリーたちリリアル生が南都まで護衛するから、君たちの交流にもなるね」
王女殿下がともかく……王妃様のお相手は正直荷が重い。なぜなら、彼女の姉をグレードアップさせたお茶目さんだからである。無茶ぶりもひどい……
「学院生も侍女の教育を受けているみたいだから、その子たちにとっても良い経験になるんじゃないかな。魔術師としても一人前になれば、王家に仕える侍女としても問題なくなるだろうしね」
孤児出身侍女と言う身分は少々リリアル生にとっては肩身の狭い思いをさせる事になりかねないが、魔術師として一人前であれば身分的には貴族並となるので問題がなくなる。むしろ、血筋ではなく実力で勝ち取った地位であるから
尊敬されるのだ。
「君がその昔、騎士団や近衛騎士の代表と対戦して勝利してから、女性や身分の低い者に対して見下す風潮も影を潜め始めているしね。いい傾向だと思うよ。けれど、王都周辺だけのことなんだ。この辺りでは、昔のままだよ。だから私自身で変えたいんだ。でないと、今は良くてもこの先には余りよい未来が無いと思うのさ」
腹黒王子が珍しく真面目な調子で話をする。
その話を続けようとしていると、俄かに街の様子が騒がしくなっていることに気が付く。王太子の従者の一人が急ぎ入室してくる。
「何事か」
「は、はい。南都の近郊に、ど、ドラゴンが現れました!!」
「……なに?……確かなのか……」
従者の言に彼女たちも驚く。
『ドラゴンねぇ? 魔物多すぎじゃねえかぁ』
「あなた心当たりあるのかしら」
『まあな』
ドラゴンとは本来、蛇身の魔物、つまりは聖典に記載されている楽園から人の祖先が追い出されるきっかけを作った『蛇』の姿をした悪魔の派生である。巨大な蛇がやがて有翼の蛇として描かれるようになり、手足が生えて……四つ足なのに何故か悪魔と同じ蝙蝠の羽を備え描かれるようになった……そう描かれるようになったのであり、本来のそれではない。
南都近郊には古来からドラゴンが住むと言われていたのだという。
『タラスクスだかタラスクとか言う名前で呼ばれている、鰐に似たドラゴンだ。但し、脚は六本で背中には突起のついた亀の甲に似た背板を備え、尾には毒を持ってんだよ』
「……大きさは?」
『6mって聞いている。王都の近郊にいる奴よりはずっと小さい』
彼女はその話に大いに驚いたのだが、「フラグではないかしら」と思わないでもない。いや、必ずそちらのドラゴンとも会敵することになるのだろうと思うと、深く溜息をつく。
王太子は側近に指示を出し、朝食を終える旨を二人に告げる。このまま会食は終了となるのだろう。
「二人とも申し訳ないね。この機会はまた改めて」
「いいえ、私たちもお手伝いすることにいたします。いいわよね」
「……勿論だけど……セブロは水の上は苦手」
熊は泳ぎは達者だが、水中で戦う事が得意……と言うわけではない。
「ええ、陸の上だけで十分よ。殿下、至急シャベリの宿に滞在中のリリアル生に使いの者を出していただきたいのですが?」
「……間に合うのかな?」
「ええ、とっておきの馬車がありますので、二時間はかからないと思いますわ」
王太子殿下は「それはありがたい」と言い、従僕の一人にシャベリへ使いに出るように側近の中でも『妖精騎士』の戦う姿を見たことがある者を遣わすことにしたのである。
「大丈夫。君たちの力を知っている者からすれば、私が最も欲する存在は彼らだと知っているからね。安心していい」
孤児だと侮ることが、王太子と南都を一層危険にすると分かっている者を遣いに出したという事なのだと彼女は解釈した。
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