第156話-1 彼女は『魔熊使い』と王太子の誘いに乗る

「どうかな、お口に合えば幸いなんだけどね」

「……とても美味しいです」

「王国の料理、とても美味しい」

「はは、メリッサ嬢は帝国の出身だったかな」

「マロ人は国を持たないから、帝国出身とは言えない」


 結論……南都の迎賓館に宿泊中である。


 王太子殿下御一行はグランドツアーの帰り道で、法国からニース領を経由し船で移動してきたようで、ジジマッチョ達とは南都の南にあるマルセの港で偶然会ったのだそうだ。


「男爵の姉上とその夫君とも食事をしたよ。なかなか話せる人物だね。これから、南都周辺の王太子領の立て直しに子爵家と共に協力してもらう事になるだろうから、心強いね」


 彼女は疑問に思う。実家の子爵家は王都の都市計画を担う一族であり、王太子領の運営は太子側近たちが行うのではないのだろうかと。それに、姉夫婦が協力するという事はニース商会絡みなのだろうか。


「少し先の話になると思うけれど、この後王都に戻ってから、陛下と宰相、それとブルグント公、ニース辺境伯と王国の南側の立て直しに関して意見を擦り合わせる事になる。男爵も気が付いているだろうけれど、ニース領からブルグント領の間の王領……王太子領が非常に脆弱となっている。それに、神国と帝国が内海と法国を経由してリンクしているのだけれど、この先、いまの状態が続くとは思えないからね」

「……どういうことでしょうか」


 王太子曰く、グランドツアーで帝国・法国の王国周辺地域を巡ってきたのだが、現在の段階で、連合王国と神国は外海での海賊行為と、ランドル地方の実効支配を巡って激しく対立している。


「神国と帝国はいま同君連合となっているのは知ってるだろ?」


 先代の皇帝と神国の女王が婚姻を結び生まれた子供が今の皇帝である。帝国皇帝にして神国国王を兼ねる御神子教の熱心な信者。そこに、法国の教皇が加わり、原神子教徒の連合王国に対して経済的にも軍事的にも政治的にも干渉している。


「内海経由で軍事行動を行っているから、王国のすぐそばに神国の強力な軍が法国から大山脈を超える街道を整備して移動している。船で移動する時間の半分、約四十日で軍が展開できる」

「そのこともご自身でお調べになられたのですか」

「簡単なことだよ。王国の王太子など格下だとばかりに調子に乗った貴族どもが夜会でペラペラ話してくれる。商人たちも同様だ。君も気付いているだろう? 嵐の前の静けさ、王国は連合王国だけでなく帝国・神国とも緊張状態にある」


 ニース領の周辺がきな臭いという事は姉からも聞いている。実際、王太子領の中心の南都の空気は弛緩し、領内の問題を自分たちで解決できず、王都に仕事を依頼して恥じ入ることもない。代官も恐らく、自分の取り分を増やすことだけに熱心なのだろう。為政者としての意識の低いただの徴税官に過ぎない。


「聞くところによると、ルーンも自由都市の看板を実質降ろさざるを得なくなるような事のきっかけを君たちが作ったとか……相変わらずだと思ったよ」

「指名依頼のついでです。姉が大乗り気で動いていたので、私の力ではありませんわ」

「……アリーは意外と行動力があるみたい」

「仕事だからしょうがないのよ。見て見ぬふりは出来ないわ」

「それは特別なことだと思う。普通は見ないふりをする」

「メリッサ嬢の言う通りだね。それに、南都もそう感じるだろう。このままでは、ブルグント公領からニース辺境伯領の間が不安定なままになる。王都にとっても王国南部の経済が安定することは、ランドル周辺の連合王国と帝国の干渉に対抗する為の必要条件でもある」


 王太子殿下は、王位を継ぐ前に、この南都周辺の立て直しを側近たちと共に行うことが次の主な政務なのだそうだ。


「騎士団も再編することになるだろうし、周辺の農村の建て直しや南都内の都市計画の見直しもするつもりだ。王都圏で実行したことは全てのレベルで南都圏でも実行する。それに、冒険者の質も糾さねばならないだろう」


 騎士団の拡充は王都圏の魔物・盗賊被害の低下を伴い、結果、王都圏では冒険者の二極化が進んだ。中間の問題解決能力の低い腕っぷしだけの冒険者の行う護衛依頼が激減し、素材採取か指名依頼に近いものしか王都のギルドには無くなってしまった。


「おかげで、護衛で食える冒険者ばかりの南都は、調査依頼や討伐依頼を引き受ける冒険者がいないので、王都の私たちに依頼が来てしまうわけですね」

「冒険者ができない事なら、騎士団が調査すべきなのだが、所詮南都の騎士団は王都の騎士団とは違う。王国南半分の『近衛』のようなものなのだ」


 何故騎士団が動かないのか、理由を理解することができた。つまり、貴族の次男以下で官吏になれる程度の読み書き計算ができないあぶれ者が南都の騎士団に集められているという事なのだろう。それは、王太子領の為に進んで任務を請け負うとは思われない。


「なので、少々荒療治だが、南都の騎士団には警邏と討伐のポイント制を導入しようかと思う」

「……」

「なんですかそれは?」


 恐らく、傭兵や冒険者のように任務をこなす点数を設定し、必要な点数に達しない騎士はやめさせるか従騎士に降格する……といったことになるのだろう。


「今後は冒険者との連携を視野に入れて、冒険者登録をさせる……など

考えている」

「……冒険者登録する近衛騎士並みの者たちですか……」

「そうだ。任務失敗や放棄に関しては詳細に詮議する。仕事がなくなれば冒険者も質を上げざるを得なくなるだろう。男爵に絡んだようなギリギリ中堅クラスの冒険者のような中途半端なものは王太子領には不要だ」


 魔熊使いはふんふんと頷きつつ食事をすすめるのだが、彼女はだんだん

胃が重くなってきた。


「山賊狩りや盗賊狩りも定期的に行うつもりだ。ギルドに依頼が出る物は先に騎士団が対応することになるだろう」

「本来はそれが筋ですもの。為政者として税を取るばかりで領内の治安を守れないのであれば、それは盗賊と同じでしょう」

「はは、厳しいね。だがその通りだ。代官も騎士団幹部も入れ替えることになる。勿論、私とその側近たちが南都に常駐して仕事をすることになるだろう。ただ、経験のない者ばかりになるので……子爵を含めてベテランの官僚を何人か王都から招かざるを得ない」


 既に青写真が出来上がっている王都の都市計画は、経験のない者でも問題なく進められるだろう。新規の都市計画を王都での経験を生かしたベテランが行う……ということなのだろうか。


「とはいえ、南都は王都の数分の一の規模であるし、そこまで複雑なものは必要ないだろう。問題を洗い出してその対応策を考える際の柱石となってもらえればいいんだ。それに……」


 王太子殿下は『次の代で陞爵してもらって、ノーブル伯爵になってもらおうと思っているからね』と……いう事らしい。


「ノーブルはもともと伯爵領だし鉱山もある。南都とサボア公国にニース辺境伯領のハブに当たる部分にある拠点都市だからね。信用できる王都の子爵家で南都の王太子領の総督も兼ねる事になるから、それなりの人物となると……君の姉上くらいしかいないからね」


 ニース辺境伯は義父、父は王都の都市計画の責任者一族、そして本人は……


「王都の社交界の華。南都なら法国の貴族や商人も拠点を構えいるから、今まで以上に彼女の能力が生きる。そういう意味で、ノーブル女伯として……活躍を期待しているんだ、私の代ではね」


 さて、お忘れかも知れないが、リリアルも最終的には伯爵家となり騎士団を有することが内定している。一つの子爵家から二つの伯爵家が生まれるのは……問題ないのだろうか?


「問題ないね。その後、何代か後に王家から臣籍降下させた王族でも入れて、侯爵くらいにしたいものだよ。五百年もの間忠節を尽くした一族なのだから、王国と共にこれからも歩んでもらいたいね」


 恐らく、南都で王太子殿下の補佐をすることになるという事が王妃様の耳に入れば『息子君をよろしくね~』と有無を言わせず彼女に迫るであろうし、王女殿下は『流石ですアリー☆』と目に星をいっぱい輝かせて疑いもせず納得し応援するに違いない。どの道、リリアルとしては逃げられそうにもないのだ。



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