第151話-2 彼女は『魔熊』を探して山に入る




 今回は小麦粉をまぶしてムニエルにする手間が無かったので、普通に油をひいた鉄板の上で三枚におろした鱒をソテーし、卵とマヨネーズから作ったタタルソースを添えて食べる事にした。キノコや山菜もソテーしている。


「この卵のソースが美味しいんだよ☆」

「……甘酸っぱい感じで美味……」

「なんだか王宮の料理って感じがするね」

「卵をソースに使うのはかなり贅沢ですね。ですが、リリアルで養鶏が軌道に乗れば、よい食材の使い方になりそうです」


 公爵邸で食した二人は勿論、初めて食べる赤目銀髪と黒目黒髪もいつになく言葉数が多くなる。美味しいは正義なのだ☆


『卵自体が貴重品だしな。とはいえ、サイズの小さいのは出荷できないだろうから学院で消費するだろう? 卵単体で使うよりパンに添えたりしても美味いんじゃねぇか』

「それはいい考えね。魚のソテーとパンとタタルね。いい組み合わせだわ」


 それに、野菜のシチューでも付けば御馳走だろう。キャンプ気分を味わいながら、五人は今晩の事について打ち合わせを始める。


「暗くなるまでは仮眠。結界を展開しておくので、安心して休んでいいわ。暗くなり始めたら目を覚まして、弓手は木の上で待機」

「了解」

「四人で二人一組になること。バルディッシュ持ちをメインアタッカーにして、相方はカバーと牽制。熊なら一撃で首を飛ばせるわ。但し、魔熊は魔力を毛皮で受け流す可能性が高いので、魔力纏いによる斬撃強化の効果がないでしょう。油球から着火で火だるまにして、口を開けたなら口内から刺突で脳を破壊する。所詮魔物の中でも獣のうちだから、狼とそれほど変わらないわ。落ち着いて目の前の熊を討伐し続けましょう。魔力切れだけ注意。よろしいかしら」

「「「「はい!(わかった)」」」」


 お腹も満たされた彼らは、夕方まで仮眠をとる事にした。その間も、周囲の状況は変わりつつある。


『魔熊も近寄って来ているな』

「ええ、魔力量が大きいから隠しようがないようね」


『魔剣』同様、尾根伝いにかなりの数の気配が接近してきていることを感じている。

 

『主、私が周辺を一通り確認してまいりましょう』

「そう。姿を認識させないようにして、熊の頭数数えてもらえるかしら」


 『猫』に指示を出し、この場所に熊を集められるかどうか検討をする。


『頭に来れば言う事を聞かなくなるだろうから、挑発してここに集めるのが先だな』

「では……脛斬りと熱油球で牽制してもらいましょう。火傷でもすれば怒り狂って統率が効かなくなるでしょうから」


 結界を展開しつつ、周囲の魔物の気配を確認しているが……思ったよりも魔物の数が多い。ただの獣ではない、魔力を有する魔獣なのだが……


『魔獣の血を引く熊なんだろうな』

「……なるほど。人為的に作られた熊の魔物の群れということね。帝国の干渉確定じゃない」


 最も大きな『魔熊』の魔力の数分の一程度の小さな魔力の個体が数匹。オーガまではいかないだろうがそれでもオークより強力だろう。獣の熊でさえ最強の一角なのであるから、その群れに辺境の山村が襲われるなら一瞬で壊滅する。


 村を破壊した後は、再び山に入り追跡を困難にし別の山村を襲う。狼の群れより移動速度は遅いだろうが、移動の間隔が空くことで警戒する側はさらに消耗することになる。山で熊の群れを兵士が追う? 餌を呉れてやるようなものだろう。


『魔物使い? 魔獣使いがいれば交渉の余地があるかもな』

「どういう意味かしら」


 強制的に従わせているのなら、半魔獣の熊を引き連れているのは手間がかかりすぎている。リーダーの『魔熊』と群れを形成するために手間暇をかけたとみるのが当然だろう。


『仮に、リリアルをけしかけて返り討ちにあったなら、お前ならどうする?交渉の余地があるなら、敵味方入れ替えるのも考えねぇか』


 王国があってのリリアルなのでそれはあり得ないのだが、感覚としては理解できる。手塩にかけた子供たちをみすみす失うのは耐えられないだろう。


「それでも、ある程度は倒さないと相手も話を聞かないわよね」

『だから、削って親玉の魔熊は半殺しで止めるんだ』

「……それって私の仕事よね。味方にできるなら……越した事は無いわね」


 山国から尾根伝いの越境攻撃を哨戒する『魔熊』団がいれば、攻める方は警戒するであろうし、守る方は獣の被害も防げて一石二鳥かもしれない。公爵閣下に引き合わせて交渉する価値はある。


「山奥で熊牧場を経営してもらいましょうか」

『熊の用心棒というのも悪くねえな。もっとも、相手次第だが』


 気配が濃厚となる中、彼女の気持ちは固まりつつあった。





 夕日が尾根を照らし始める頃、既に彼女たちの兎馬車を止めている山道の少々開けた旋回場所のような広場は薄暗さを増している。


「そろそろ仕掛けてくるわ。初手で結界の周りに集る熊の頭部は魔銀の鏃で粉砕してちょうだい」

「わかった」

『主、魔熊が一体、半魔獣が六体、獣の熊が十頭ほどです。距離は200mほどでしょうか』


 哨戒から戻ってきた『猫』の報告。熊は全て獲物にしていいだろう。


「魔熊と半魔獣がいるようね。これは、後回しにします。恐らく、尖兵として普通の熊をけしかけてくると思うので、それは各自の判断で対応。頭を破壊するか、手足を切り飛ばすか。胴体は肉と毛皮と内臓が使えるので傷つけないでもらえるかしら」

「……おみやげ大事……」

「うん、手足切り飛ばして倒れたら頭を潰すって感じでいいかな☆」

「そそそそそうだね……」


 赤目銀髪と赤毛娘は慣れたものだが、バルディッシュで初参加の黒目黒髪はガチガチに固まっている。


「魔熊は私が担当します。半魔獣は殺さない程度に殴り飛ばしてもらえるかしら。脛きりでも構わないわ。魔物使いを説得して味方につけるのに、飼いならした魔獣を殺すのは得策ではないのでね」

「魔物使いを仲間にする……」

「熊と遊び放題☆」


 そうじゃないから。


 勢いよく突進してきた数頭の熊が結界にぶつかりひっくる変える。立ち上がった二頭の熊の頭が魔銀の鏃の攻撃ではじけ飛ぶ。


「やあぁ!!☆」


 自分の背丈の二倍ほどもある茶褐色の熊の頭上まで身体強化をした赤毛娘が跳躍すると、魔銀のメイスヘッドを頭に叩きつけられた熊が頭蓋骨をV字にひしゃげさせズズンと後ろ向きに倒れた。



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