第五幕『メリッサ』
第151話-1 彼女は『魔熊』を探して山に入る
ギルドでは特に何の情報も手に入れることができなかった彼女たちは、一先ず「熊討伐」の依頼を受けた村に向かう事にした。1台に五人乗るのはなかなか大変な気もするが、少女四人と茶目栗毛なのでそれほどでもない。
「『魔熊』はどう探すんですか?」
赤毛娘の問いに彼女ではなく、赤目銀髪が答える。
「恐らく魔熊は魔力を発しているので、魔力の走査で発見できるはず。でも、その前に、熊が襲ってくる……」
「それじゃあ、その熊を片っ端からやっつけるんですか」
「ええ。熊の肉と毛皮取り放題よ。依頼料が見込めない分、素材買取で取り返さないと遠征が赤字になるわ」
「……世知辛いです院長先生……」
「独立採算で頑張るわよ」
生まれが貧乏貴族風な子爵家故に、彼女はどうしても根がケチ臭いのである。
村に近づくとソワソワとした雰囲気である。今回は依頼を受けているわけではないので、そのまま山裾に向かい兎馬車を進める。村の中でいくつか半壊した建物が見て取れる……熊に襲われたのかもしれないが、関われば負けである。
「……いいんでしょうか」
「問題ない。今回は依頼ではない」
「そうね。関われば八つ当たりや言いがかりをつけられかねないもの。危険は指摘しているはずなので、対応する選択をしなかった本人の自己責任。もしくは、領主の責任ね。私たちの責任ではないわ」
王家と王都と王国の民を守るために仕事をすることは吝かではないが、ここがサボア公国であることを考えると、彼女たちは冒険者としてふるまうべきなのだ。
「死人は出ていなさそうで良かったよね!」
「でも、家が壊れちゃって大変じゃない」
「……住めるだけまし。生きてるだけでまし」
狼のように群れで襲われたわけではなく、少数グループで暴れた感じだろうか。道端に死体が転がっているわけでも、家畜が喰いちら……散らかされている。放牧地の柵は散々に破壊され、家畜の死体が散見されるが、あれは後程熊が取りに来るものだから、触るとさらに襲われることになるので放置が賢明だ。
柵の周りの様子を確認に来ている村人がこちらをジッと見ているが、関わらず森へと侵入する。
「いけるところまで兎馬車で移動。周囲の索敵を厳にしましょう」
「「「はい!」」」
熊たちは兎馬車が森に入ったことをすでに認知していると思われる。とはいえ、追いかけられないだろう距離を置いて確認しているだろう。熊は犬の数倍の嗅覚を持つと言われている。臭いだけで彼女たちの存在を確認することも可能だろう。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
山道の行き止まりに兎馬車を止め、そこからは徒歩で進むことにする。
「一旦、尾根まで上がって斜面に熊がいるかどうかの確認をします。獣道がその途中に有れば少し進んで様子を見ます」
人間の進む道は動物も歩きやすいので利用していることもある。そこから水場や巣穴の場所まで獣道ができていることがある。とは言え、熊が村の家畜を襲うのであるから、あまり奥まった場所に群れがあるとも思えないのである。
「山国に通じる街道と並行して移動しましょうか」
「なぜですか?」
山国は帝国の元領土であり、現在も関係が深い。魔物使いが移動するのであれば山国からやって来ると考えるのが当然であり、その経路上を魔熊も移動していると考えるのが自然だ。
「山の中を『魔熊』を率いて移動してくる中で、熊の集団を作り上げてサボア領まで現れたのではないかと思うわ」
この尾根道は山国とサボア領をつなぐ街道と並行している。裏街道、猟師や山で仕事をする者にとっては散歩道のようなものなのだろう。ただの山なのだが。
『動物のフンだな』
鹿や猪のようなものなら小さい塊なのだが……
「でっかい」
「……これは熊……」
「何だか、肉食べてるって臭さです」
思いのほか熊のフンは大きく、臭い。尾根沿いを探すのは凡そ間違えではなさそうである。
「半日と経っていませんね。この先にいるかもしれません」
「……でも、夜に村を襲って今は寝てるんじゃないの?」
「……熊は夜から明け方に行動する。でも『魔熊』は知らない」
魔物の場合、獣とは違う生活をしている可能性がある。とはいえ、ゴブリンも夜行性であるので元々夜行性の熊と同じであるかもしれない。
「昼寝をしているところを魔力走査で探して『魔熊』を討伐すれば仕事は終わり?」
「概ねそうね。見つかれば……なのだけれど」
彼女の中である考えが持ち上がってくる。
『楽しようと思ってるだろ』
「ふふ、今日は山でキャンプを楽しみましょうか」
彼女の思わぬ発言に、学院生全員が驚く。何を言い出したのだろうという顔である。
「熊は『魔熊』に率いられて今晩も村を襲うでしょう。その場合、この山道を戻って村に向かうわね」
その経路上で結界を展開したまま皆でキャンプをする。彼女であれば、半日程度は四面結界程度問題なく展開できるし、接近してくれば魔物なら魔力で感知できる。
「わざと襲われて、『魔熊』を討伐するつもりですか」
「その通り。熊は普通に魔力纏いで斬撃力を強化すれば問題なく討伐できるでしょうし、魔熊はその後でも構わないわ。私も試してみたいことがあるの」
バルディッシュの使い方を検討したいのだ。とは言え、気になることがある。
『魔熊はともかく、魔物使いはどうするんだよ。魔物より強いんじゃねえの?』
「ある程度倒せば、逃げ出すでしょう。それに、一朝一夕に魔物を育てることは出来ないでしょうから、しばらくは現れないわ。その間に、公爵家の騎士団なりサボアの冒険者を育てなおせば済むことですもの。やりすぎれば、村人も安心しきって言う事聞かなくなるでしょうから、魔物使いは放置でも構わないわ」
『それもそうだな。楽しみは取っておくのも悪くねぇ』
生徒たちは兎馬車を止めた場所まで戻ると、茶目栗毛は川で魚釣りに、赤目銀髪と赤毛娘は山菜とキノコ狩りに出かける。そして、彼女と黒目黒髪は……
「魔力走査の練習をしましょう。幸い、リリアル生が三人山の中にいるわね。その存在を感知してみてちょうだい」
「は、はい」
黒目黒髪は目を閉じ、自らの魔力を薄く広げ、更に網目状に伸ばしていく。彼女の魔力量の多さからいえば、山全体を覆うことができるだろう。王都ほどの広さが可能だ。
しばらくすると、よく見知った三つの魔力を感じることができたのだが……
「先生……三人以外にも……誰かいます。とても弱い魔力ですけど……もしかして隠蔽しているかもしれません」
彼女も同じように魔力走査を行う。見知ったものと異なる四つ目の魔力は山の尾根の方から感じられる。恐らく、魔物使いが様子を見に来たのだろうと推測する。
「敵の首魁が現れたのよ。熊が昼寝をしている間に、自ら偵察……ではないかしら」
「じゃあ、ここで待つことにして正解ですね」
「ええ。待伏せでもしていたのかもしれないわね。こちらは英気を養って今晩に備える事にしましょう」
石を組み、魔法袋から鉄板を出すと、ソテーする準備を始める。今日の夕食は明るいうちに川魚と山菜のソテー、タタルソース添えとなりそうだ。
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