第150話-2 彼女はサボア公爵前の見習女中を魔術師にスカウトする

前伯はもう一晩泊まるというので、彼女と伯姪は二人で宿に戻る事にした。ニースの老騎士どもと何から公爵騎士団を変えていくのか相談するのであろう。


「また、リリアル生が増えちゃったわね」

「どの道、数年後にはそうする予定であったのだから、少し前倒しになっただけですもの。問題ないわよ。それに……」

『サボア公国ヤバいからな。やわらかい横っ腹食い破られないようにしないと、帝国に一気に南都まで喰い込まれかねねぇぞ』


『魔剣』の言う通り、地図上ではトレノまで王国の影響下にあるように見えるが、実際は、南都の目と鼻の先まで帝国領にひっくり返る可能性が高まっているのだ。領民と公爵家の分断をシャベリ側で行ってしまえば、トレノを帝国に取り込むことは簡単なことなのだから。元々経済的には帝国領と深く結びついているトレノは、半ば帝国領に組み込まれているのだろう。


『トレノを手に入れたつもりが、シャベリごと帝国に取り込まれている最中って事だもんな』

「ニースの騎士たちの存在を面白くなく思う勢力が……敵確定よ」


 年端もいかぬ子どもの冒険者に叩きのめされる公爵騎士団の中枢に危機感を持たない時点で、帝国に公国を献上する気満々だと思わないのであろうか。


「まあ、魔術師二人が側近の侍女として周りを固めるだけで、公爵閣下の安全も名声も高まるでしょう。大体、公国の割に側近がショボ過ぎなのよ」

「ええ、意図してそう仕向けているのでしょうね。公爵も今回の魔物討伐と御前試合まで気が付かせてもらえなかったのだから」


 トレノが経済的に支配され、それに抗うだけの軍事力もなければ帝国の気分次第ではあっという間に支配下に置かれるだろう。


「あの魚のフライは美味しいから、ぜひ、王国側にいてもらいたいわね」

「……」


 ソースも絶品ではないかしらと彼女は思うのである。





 彼女が宿に戻ると、既に差し入れされている菓子を食べたくてうずうずしている学院生たちが待ち構えていた。食後にデザートとして戴くことにする。


「それと、今回、サボア公爵様から学院に二人の魔術師見習いをお預かりする事になりました。二人とも女性です。いまだ、魔力以外の能力の有無が分からないので何とも言えませんが、洗濯女中をしていた方たちなので、読み書きは苦手かも知れません。二期生となるかたたちなので、皆さんも先輩として手助けをお願いします」

「先生!! 何歳ですか?」


 十三歳と十四歳であることを伝えると、赤毛娘は「やっぱ年上だ!」と残念そうである。彼女より年下というと……館で下働きもさせられない年齢だ。いるわけがない。


「帰りは同行ですか」

「ええ。それに、『魔熊』の討伐依頼は……全員参加にはならないと思うので、待機組と討伐組で別れる事になると思うわ」

「……え……」


 伯姪含めて全員が戸惑う。『魔狼』の討伐ではっきりしたことがある。魔物使いが使嗾して『魔熊』を支配し、熊の群れを操っている。本来、狭い範囲に熊のような動物が集まること自体が異常なのだ。


「狼もそうでしたが、『魔熊』さえ倒せば熊自体は逃げ去っていくでしょう。なので、今回は私を中心に少数のメンバーで『魔熊』のみを討伐するために山に入る事になるでしょう。隠密行動が続くので、魔力の少ない子や討伐経験の少ない子はメンバーから外します」


 待機組メンバーは公爵家で二期生候補の二人の勉強の手助けをしてもらう事になるだろう。また、採取依頼も継続し、ポーションと薬をストックしてもらいたいという面もある。





 翌朝、前伯が伯姪を迎えに来た。何故なら……


「急ぎ、ニース領に帰るぞ」

「いや、リリアルで魔熊討伐に参加するから。その後でしょう」

「いや、お前は別行動だ」


 伯姪はジジマッチョと共にニースの老騎士たちを説得して……コントロールして速やかにサボア領に向かわせるために必要なのだ。


「お爺様では説得できないという事ではないのよね」

「儂の話では半分しか聞かぬものばかりだからの。お前の話なら孫同然でキッチリ聞く。しばらくはニースを離れる事になるじゃろうし、儂だけではほれ、皆が納得せんだろう」

「ああー」


 つまり、昔馴染みの危ない爺どもが余所で迷惑を掛けると誤解される可能性が前伯だけでは危惧されてしまうという事なのだろう。


「ついでに、ソーリーの生臭坊主どもも呼び寄せてだな……」


 最初にサボア領内で活動した後、王家に働きかけて水晶の村の廃修道院を復興させ学舎とする計画も提案しようというのである。


「魔物退治も修道士の育成も出来る者たちがおるから、あの廃院も再利用すればこの辺りの治安も良くなるじゃろ。なにせ、あ奴ら暇を持て余しているからの」


 それは同じ穴の狢ではないかと彼女たち全員が思うが、それは口にしない。


 彼女はそれではと、『魔熊討伐組』を彼女と茶目栗毛、黒目黒髪と赤毛娘に赤目銀髪の五名とし、残りの学院生は宿に残り素材採取と、午後は公爵家で見習いの二人に読み書き計算を教えることにした。適切なのは……藍目水髪と碧目栗毛だろうか。


「えー 何を教えればいいのでしょうか……」

「そうね。アルファベットの読み書きと、1桁の足し算引き算。それに、自分の名前の綴りができるまで教えられたら言うことなしね」

「は、はい! できるだけ教えるように頑張ります!!」


 赤目蒼髪に青目蒼髪は「なんで」という顔なのだが、二人は見習になる子たちからすると隔絶した存在に思える可能性があるので選ばなかったのである。


「あまり凄すぎると差を感じで委縮するから。もう少し育ってからお願いすることになると思うわ。もう少し待っていてちょうだい」

「はい……教える事は沢山ありますもんね。苦手なポーション作成頑張ります」


 今回教授側にした二人はポーション得意である。蒼髪の二人は冒険者よりの仕事が多いので、この機会に薬師・錬金術師の腕も少し磨いても良いだろう。


「後輩に『脳筋』扱いされるのも嫌だもんな」

「そうそう、同じ枠で思われたくないわね」

「……誰とだよ……」


 いい笑顔で躱す赤目蒼髪である。彼女はルーンで侍女役もこなしているので、対人面でも合格点であるが、青目蒼髪は少々冒険者比重が高いので、侍従と商人の勉強も進めねばならないだろう。


「では、みなさん。しばらく別行動となりますが、自分の仕事に責任を持って進めてください」

「「「「はい!!」」」」


 一期生が二期生を指導し、やがて王国の各地にメンバーが散らばっていく。そんな予感をさせるなと彼女は思うのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 シャベリの冒険者ギルドで依頼を確認するが、特に『魔熊』に関しての討伐依頼は存在しない。受付嬢に確認すると少々お待ちくださいと奥へと消えていく。


「……なんだかのんびり……」

「『魔狼』よりよほど強力だと思うけどね」


 『魔熊』の被害が出るまでは依頼が出ないのかもしれないと彼女は思い始めていた。依頼が無くとも、討伐自体を行い、素材を王都にでも持ち込めばそれなりの買取となるだろうと計算する。


『魔熊は魔狼以上に魔力を毛皮で逃がすから、魔力付与系は難しいかも知れねえな』

「口を開けさせるだけよ。同じことの繰り返しで問題ないと思うわ」

『それもそうか。息しないわけにはいかないからな』


 魔力を毛で弾いてしまうのは仕方がない。その代わり、物理的に打撃を与えることができれば問題がない。


「今回、これ、私が装備していいんでしょうか」

「一番身体強化ができるのはあなたですもの。装備してもらいたいわね」


 黒目黒髪はジジマッチョから「持っていけ」とバルディッシュを渡されている。魔力大の彼女が身体強化をして振り回すに相応しいと言えば……相応しい。


「魔力で力を増しておいて、叩きつけるだけだからあまり考えなくていいわ。それで、十分熊程度なら死ぬでしょうし、相手が吹き飛ぶから安心なさい」

「……吹き飛ぶ……安心できないです……」


 常に最後衛の黒目黒髪は自らの手で魔物を討伐したことはほとんどない。辛うじてゴブリン程度だろうか。


「魔装衣も装備して結界も使えれば何も問題ないでしょう。今までは役割を定めて適性の中でパーティーを組んできたけれど、これからは異なる役割も熟していかないと。後輩もできるのだから、相手に会わせられる程度には役割を担ってもらうわよ。みんなにね」

「は、はい!!」


 今まで彼女が一人担ってきたパーティーのバランスを取る仕事を、魔力量の多い黒目黒髪や赤目蒼髪辺りに担当してもらう事になるだろう。二人とも幸い偏りのない能力を有しているので、サブリーダーのような仕事は努める事が出来ると今の段階では判断している。今回は黒目黒髪を試すことになる。


「今回討伐に参加しないメンバーは、次に試すことになるから気持ちは切らさないようにね。経験者の話を聞いたり、状況を想定して常に意識をして行動することも大切なのだから。油断しないようにね」


 彼女は『討伐組』を率いて1台の兎馬車で移動を開始する。ジジマッチョと伯姪は馬車で南都まで送ってもらえることになっている。公爵家の配慮だという。


「じゃあ、しばらく学院を留守にするけれど、お願いね」

「ええ、任されたわ。実家の皆さんによろしくお伝えしてちょうだい」

「あはは、お姉さん多分同行だから、それはあちらにお任せするわよ」


 そういえば、南都で合流してニースに向かうのであったと彼女はいまさらながら自分の姉の存在を思い出したのである。


「姉さんにもあのソースを薦めてみて」

「卵を使うから、ケーキ以外にも利用価値あるわよね。ニースで作って味見をしてもらおうかしら」


 内海の魚が豊富であるニースで姉がフライ&タタル好きになりそうな予感がするのである。



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