第150話-1 彼女はサボア公爵前の見習女中を魔術師にスカウトする

「先ほどの約束通り、また会いましたね。公爵様からはあなた方二人に魔力があるという事をお知らせし、王都の傍にある学院で住込みの教育を受けていただきたいと考えています。少なくとも三年は家に戻ることができませんが、その間、読み書き計算に侍女としての礼儀作法の教育、さらに魔術師として公爵家に仕えることができるだけの力を身に着けてもらえると思います。

 お二人の意思にもよりますので、ここで決断してもらいたいのですが、どうでしょう」

「二人とも素晴らしい才能を持っていると聞いた。男爵の学院では王都の孤児の中から才能のある者を見出して魔術師として、また薬師や貴族に仕える使用人を育てているという。王国の王妃様肝いりの学院であるから、生半可な者は入学することができない。公爵家に仕えるのであれば、その才能を生かせる場で

仕えて欲しいのだ」


 二人は思わぬ申し出に瘧にかかったかのように震えている。


「二人は何歳?」

「……じゅ、十四歳です……」

「十三歳です!」


 伯姪は「一番小さい子は八歳で入学したよ」と声を掛ける。


「今日、朝一番で騎士の人を叩きのめしちゃった子だけどね」

「……あの赤毛の少女か。今十歳であったな」


 赤毛娘はかなり幼いころから学院で三つ四つ年上の同期と魔術師になる練習をしている。彼女たちは全く問題ないのである。


「それに、魔術師は……お給金高いよ」

「ほ、本当ですか?」

「でも、魔物と戦う事もあるわね。荒事に関わることもあるわ。それでも、誰でも望めばなることのできる存在ではないわね。その力を自分の物にするかどうか、自分の住む世界を変えることができるかどうかは……あなたたち次第ね。さあ、どうする? 延々と洗い物をし続けるか、魔術を身に着けて自分の住む世界を変えるか。決めなさい」


 二人は一瞬戸惑ったものの「勉強させてください」「あ、あああたしもです!」と答えるのであった。





 二人は深々と頭を下げて公爵の前を退出する。


「さて、お茶をいただきながら、解説を頼む」

「承知いたしました。魔力の持つ者だけに聞こえる『声』で話しかけたのでございます」

「……私は聞えなかったが」

『そりゃ、結界展開したからな。俺の声は聞こえなかったろうさ』


 公爵はギョッとしたが、「なるほどこの声か」と納得する。『魔剣』の存在自体は説明しないが、簡単に『魔道具による声』と説明した。


「なるほど、これなら二千人と『一人ひとり王都では面談したのです』……大変な労力だな……」


 二千人と言うと、このサボアの領都に住む住人全てと言った規模になるだろうか、公爵は少々顔が引き攣ったようである。


「さて、彼の者をどうするかは委ねてよいのかな」

「今朝の二人のようにできるかどうかは分かりかねますが、貴重なポーションや魔術を用いた活動が出来る者には必ず育てます。実際、魔物討伐に躊躇なく参加できるものは半数ほどです。結界を展開したり、魔物の位置を魔力から探知したりすることができるだけで、討伐にはかなり有効であると思います。

全員が全員、騎士より強くなるわけではないので、そこはご理解ください」


 とはいえ、魔力持ちが身体強化と魔力付与による斬撃強化などすれば、簡単に金属の鎧を切断するだろうし、気配隠蔽があれば人知れず魔物や犯罪者に接近する事も出来る。


「閣下の身の回りに置けば、確実に安全を高める事でしょうし、公爵家の家名を高める力ともなるでしょう」

「なるほど。我が公爵家にもリリアルを育てよ……という事だな」

「その通りだ公爵。そなた個人に忠節を誓う存在を、身分の高低に囚われず、男女を問わず冒険者や傭兵……年老いた騎士たちからも学ぶべきことを学び、公国の支柱とすべきであろうな」

「……はっ、叔父上様の言葉を真摯に受止め、サボア公国の礎となる者たちを育てることを誓いたいと思います」


 若き孤児の公爵閣下は、自らが頼む存在を育てていくことをここに始める事になる。とは言え、即戦力の老騎士たちが来るまでは今まで通りの毎日を秘かに続けるべきだろう。トレノの貴族どもや領都の使用人たちも自分たちの身を可愛く思っているのであるから、あまりに急激な変化は望ましくない。


 魔物討伐や自らが領内を回り問題点を把握するところ辺りから……変えていくべきなのであろう。余り急激に変化させると、公爵閣下を弑することを考える者たちも現れるとも限らないのだから。



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