第143話-2 彼女は村人を一喝する

 ギルドでは村が既に『魔狼』を含む狼の群れに襲われ被害が出ていること、更に今晩も再度の襲撃が予想されることを伝える。冒険者に追加の討伐依頼を出し、可能であれば夕方までに村へ送り出して欲しいと伝えるが、恐らく冒険者は誰も現れないだろう。


「では、参りましょうか」

「……騎士の衣装に着替えていこうか。門前払いされぬためにな」


 公爵家の城館の入口で冒険者然とした姿では見咎められると考えた前伯の提案に、彼女は頷くことにした。


 ギルドから城館までは数分の距離、門衛に「先のニース辺境伯が火急の用事で罷り越した!」と大音声で馬上から一喝する。迫力に負けた門衛が道を開け、騎乗のまま城館入口まで乗り付ける。


「恐れ入ります、面談のご予定は」


 侍従が鎧姿の前伯に恐れながらと話しかけてくる。馬は、馬番が素早く手綱を受け取ってくれた。


「領内の村が『魔狼』の群れに襲われて難儀をしておる。昨晩も今朝も使者を送ったそうだが、公爵家からは梨のつぶてと聞く。縁あって村に立ち寄ったところ助けを求められて、事情を聴きに来たのだが。公爵は御在所か!!」


 敷地の中に響き渡るひと際大きな声に、扉の向こうがざわざわとしている事が漏れ伝わってくる。


「こちらは、王国騎士にしてリリアル学院の院長を兼ねるリリアル男爵だ。男爵の手のものが怪我人や狼の群れの対応をしてくださっている。領主であるサボア公が何もしないのは貴族としての役割をなにも果たしていないと……王家に伝わるやもしれぬ。大いに恥じるべし!!」


 扉が振るえるほどの大音声は、魔力を込めたものであり、恐らくはシャベリの街はおろか周辺の村まで響き渡っている事だろう。手加減なしである。


 待つこと数分、中から執事らしき男が数人の侍従を連れ現れた。


「辺境伯様、ご無沙汰しております。主は奥にてお待ちしております。こちらは……」

「リリアル男爵だ。同道をお願いしている。儂の孫の義妹でもある」

「……さようでございますか。では、こちらへどうぞ……」


 剣を預かることもなく、二人を奥に導く執事。年齢は彼女の父と同世代であろうか。いくつかの回廊を行き過ぎ、階段を上りかなり奥まったところに案内される。


『対策用って事か。随分と物々しくするじゃねぇか』

「いきなり押しかければ警戒もするでしょう。私だけなら門前払いだったでしょうね。前伯様には感謝しなくてはね」


 大音声が公爵に聞こえ、案内することになったのだろうことは容易に推察できる。

部屋に入ると、公爵は辺境伯を立って出迎える。元は伯爵家同士であり、父親と

同世代の老騎士に敬意を評したと見える。


「ご無沙汰しております叔父上様」

「しばらく見ぬうちに立派に……とは言いにくいな。早速だが、話は聞いているか」

「……は、はい。配下の騎士団に援軍を命じておりますが、何分、急なことゆえ一両日中には……」


 今夜にも村は滅亡するかもしれないというのに、明日や明後日に騎士を派遣して何になるというのだろうか。眠たい事言うなと彼女は内心思っている。


「公爵、リリアル男爵だ。今回、配下の者と共に村の魔物退治の依頼を受けておる。今朝ほども、村に入って怪我人の手当てなどしてくれておる」

「それはありがたい。私からも礼を言わせてもらいたい」


 彼女は一礼し「勿体なきお言葉」と言ったのち……「されど……」とつなげる。


「公爵閣下、村長が公爵家への援軍要請、魔物討伐の願い出を憚っていたことは御存知でしょうか」

「……いや、初めて聞いた」


 彼女は、自治だ特権だと公爵家に要求した手前、相反することになる願いを申し出ることができなくなったと伝える。とは言え、領民を守ってこその貴族であり、貴族としての在り方が問われるのは公爵自身なのである。


「私のような末席の貴族も国王陛下も等しく貴族たるもの騎士なのです。騎士は戦士を束ねる存在であり、戦士は民から税を対価に守るために存在するのではないでしょうか。高貴な身分の閣下と言えど、一つの村を任されるだけの騎士とあるべき姿はそう変わりません」


 周りの側近らしき貴族の子弟らしき者が殺気立つ。とは言え、前伯の手前大きな声を上げることはできない。怖いから。


「今、一人の騎士も公爵家から向かわねば、魔物に襲われるのみならず、領内の郷村全てが閣下の騎士としての在り方に疑念を生じますでしょう」


 願わくば、御自ら我らとともに村に向かうべし……彼女が伝えたいのはこの事なのだ。


「公爵自ら村を守るために向かうとなれば、周りも変わるのではないかな。亡き友の息子とともに、轡を並べ魔物討伐をするのも悪くない。どうじゃ、儂と共に村に向かわぬか。そなたが村に現れたときの村人よ喜ぶ顔を見たいと思わぬか」


 ざわざわと心が騒ぎ立てる様子が見て取れる公爵。側近は、止めたい様なのだが、口に出すことができない。サボア公領内において公爵家が求心力を失いつつあるのは自明であり、それを加速させることは表立って口にできないからだ。


 恐らく、自分たちの家からは「公爵になるべく仕事をさせるな」と言った指示が出ているのであろう。領民と公爵の距離が開くほど、配下の貴族たちはうま味があるからだ。婚姻によって形成された緩衝地としてのサボア公国は、公爵自ら求心力を作り出さねば、周辺から切り取られるか領内で独立的な動きをする郷村や都市、貴族が生まれてくるのは仕方のない事なのだ。


 結果、緩衝地帯としての機能を失い、南都の目と鼻の先に帝国領が現れる可能性もある。公爵にはそろそろ気が付いていただかねば、取り返しのつかないことになるだろう。


「で、では共に参りましょう叔父上様」

「なっ、閣下なりません。供回りも揃えずに魔物狩りに加わるなど」


 慌てた側近が公爵の言葉を遮るように言葉を発するが、彼女が被せるように答える。


「問題ありませんわ。リリアルの手の者と前伯様で閣下をお守りすることは可能です。私は『妖精騎士』と呼ばれるリリアル男爵ですもの」


 公爵はハッとして彼女の顔を見る。美少年のように見えるその容姿は確かに吟遊詩人が歌う麗人の姿である。黒目黒髪に妖精の如きスラリとした姿。腰には古風な片刃剣を佩いている。


「『妖精騎士』とニース前辺境伯様と共に出陣となれば、村のものたちも勇気づけられるであろう。今でられる者だけで構わぬ、一人でも二人でも余について参れ!!」


 まだ少年の面影の残る若き公爵は、鎧を身に着け騎士の姿となる。おっつけ従者たちも軽装の鎧を身に着け、馬の轡を捉え、公爵閣下の旗を持つ者、更に槍持ちを携え、十数人の供回りが公爵の城館前に揃う事になる。


『なんだよ、これで十分対応できるじゃねぇか。何やってんだよここの近侍ども』


『魔剣』が呟くのも無理はない。とは言え、公爵自身が強い意志を示さなかった事も怠慢を則していたのは否めないだろう。


 野営の支度を整える後発の荷駄を待つことなく、公爵と彼女たちは『魔狼』に襲われた村に発つことができた。既に、日は傾きつつあり、暗くなる前に村に到着できるかどうかは微妙なところとなっている。


 松明の用意も成されており、夕闇迫る街道を走る公爵は少々上気した顔をしている。


「男爵は討伐に慣れているのか?」

「冒険者としても、騎士としても王都周辺ではそれなりに経験があります」

「ははっ、ゴブリンジェネラルを単騎で倒すほどの者が、それなりとは恐れ入る」


 公爵は「それほどの……」と感心しているが、彼女自身の経験は十三歳の時のものであり、クラーケン退治当たりの方が個人的には危険度が高かった。


「我が子爵家は、王都を守るための騎士の家系です。王都の民を守るために、魔物を討伐するのは当然です」

「……騎士ならば当然……耳が痛い話だ」


 王も公爵も男爵も、すべからく貴族は「騎士」なのである。その事を忘れ、身分が貴いなどと民を見下すようなものに「騎士」を名乗る資格はない。彼女は公爵が決して悪い人間だとは思えなかったが、少々世間知らずなのだと感じていた。


『ジジイに叩きなおしてもらうのが良いだろう。本人多分その気だぞ』


『魔剣』の呟きに、また巻き込まれそうな予感のする彼女であった。



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