第144話-1 彼女はリリアルの護りに急ぎ加わる
彼女たちが村に到着した時点で、日暮れの早い山村は闇に包まれ始めていた。既に、村の中では喧騒が広がりつつあり、狼の出現を知らせる鐘の乱打が聞こえる。
「少々遅くなったかの」
「いいえ、まだ十分間に合います。先行します!!」
彼女は公爵を囲む馬列から離れると、礼拝堂のある広場に突き進んだ。
礼拝堂周りは篝火がたかれ、周囲を明るく照らしているものの、その陰には動き回る何かの気配がしている。
「お、騎士様、公爵様はいかがなさいましたでしょうか」
「そこまで来ている。無理をせず、囲まれないように礼拝堂を背に立ち向かいなさい!」
村人の一人に馬を預け、彼女は鐘楼を見上げる。既に、矢をつがえ、暗闇に向かい放つ赤目銀髪の姿が見える。彼女の到着に気が付くと、鐘楼を駆け下り、彼女の横に降り立つ。
「……援軍来たみたい。みんなのところに向かう?」
「ええ、行きましょう」
気配隠蔽を行い、身体強化した脚で飛ぶように山裾に向かい走り出す二人。家畜小屋は村と放牧地の中間にあり、住居のある場所を抜けたところにある。既に村の中にはかなりの狼が入り込んでいるようなのだが、魔力を持たない狼を捉えるのは難しい。魔狼は魔力を有するため、比較的容易に発見することができるだろう。
家畜小屋の周りには篝火が焚かれ、その周りをかなりの数の狼が囲い込んでいるのが見て取れた。中央に黒目黒髪を配置し、四方に警戒する六人がそこにはいた。
気配隠蔽のまま、赤目銀髪は一匹二匹と射殺すと、気が付いたリリアル生から歓声が上がる。彼女はさらに加速し、バルディッシュを狼の群れに目掛け横薙ぎに振り切る。
数頭の狼が胴を頭を四股を寸断され、断末魔の悲鳴を上げ地面に叩き付けられる。突然の刃の嵐に狼たちは一斉に警戒し激しく唸り始める。
「遅いわよ!!」
「そこは、今きたところと言うべきではないかしら」
「……そんなべきはないですよ先生!」
伯姪の突っ込みに、嬉し気に声を掛ける赤毛娘。既に四半時ほども経った襲撃の間に、彼女たちが討伐したものを含め十数頭の狼が倒れているのだが、同じ程度の数の狼がまだ健在であり、その中に『魔狼』は含まれていない。
「予想より数が多かったみたい。同じくらいが村の中に入ったわ」
「大丈夫。公爵自ら出陣して、礼拝堂周りを固めているから」
そう答えると、礼拝堂の方向から『公爵様万歳!!』というようなコールが聞こえて来る。どうやら、着陣したようだ。
「ねえ、公爵ってどんな感じの人」
「まじめで世間知らずって感じかしら」
「じゃ、あなたと似ているわね!」
いやいや、それはないでしょうと彼女は思う。貴族の娘としては普通だと思うが、商人としては確かに世間知らずの範囲、経験値が不足していると言えるだろう。今年成人したばかりなので当然だが、公爵閣下は二十歳ほどではないだろうか。
「若くして公爵になられたのだから、仕方がないのでしょうね。それに、側近が若い貴族の子弟ばかりで、公爵の師匠のような存在がいないようだったわ」
「……お爺様、張り切りそうね」
「ええ、水を得た魚……そう見て取れたわ」
この討伐に巻き込み、自分の名前を活かして公爵閣下の名声を高めるつもりなのだろう。その先、どこまで付き合うのか、付き合わされるのか心配である。
彼女と赤目銀髪が加わったことで一気に家畜小屋周りの狼を討伐し終えたリリアルメンバーだが、暗い時間に村の中を歩き回り討伐するのは難しいと考え、彼女と茶目栗毛は気配隠蔽を行い村内をうろつく狼の討伐、赤目銀髪は村の山へと向かう通りの家の屋根の上で狼を待ち伏せさせる。
他のメンバーは兎馬車を守りつつ、家畜小屋周辺で狼を倒すことにする。討伐した狼の死体が目に付くと、生きた狼が寄ってこないため、一旦、家畜小屋の中に死体を収容する。
「狼の毛皮……暖かい……」
「まあ、今回は村に寄付だよね」
「熊討伐もまだあるから、まだまだ稼ぐチャンスはあるんじゃない?」
何人かはすっかり忘れていたようだが、『魔狼』以上に恐ろしそうなのが『魔熊』に率いられた熊の群れである。
「小屋くらいぶち壊す力があるでしょう。あれも厄介そうだわ」
まだ狼討伐も終わっていないのだから気が早いのよと、彼女は思ったりする。
彼女と茶目栗毛は道の左右に分かれ、家屋の周りを狼の気配に気を付けて村内をくまなく捜索する。
『おい、魔狼らしきの、いるぞ』
木立の陰、比較的見通しの良い場所に白く輝くような毛を持つ巨大な狼が座り込んでいる。牛ほどもあるだろうか。
『フェンリル……じゃねぇよな』
「神話の狼でしょう。変異種・魔物よ、ただのね」
神話の狼はドラゴン並みに強力な魔物だが、それはあくまでお話の中の存在であり、実際の魔物とは恐らく異なるだろう。とは言え、通常の魔狼よりかなり大きいので、その戦闘力は脅威だろう。
「礼拝堂に向かわないでくれて良かったわね」
『ああ、でも、この魔狼を使役している奴がどこかにいるんじゃねえのか』
魔物使いの存在……『魔狼』が支配する狼の群れであれば、細かい指示を直接せずともある程度は行動に移せるのではないだろうか。
気配隠蔽を用いて近づいた彼女に、その灰銀色の魔狼が気が付いたかのように飛びかかってくる。よほど自身の力に自信があるのだろうか、逃げる気配は毛頭ない。
『貴様カ! 大事ナムレヲ!!』
人語を解する魔物……ゴブリンジェネラル程度の知能という事なのだろうか。
「あら、ご挨拶ね。家畜を襲い、村人を襲うから返り討ちに遭っただけじゃない。森の中で鹿だけ狩っていれば問題なかったでしょう」
『我主ノ命ダ! 黙ッテ我牙二カカリ死ヌガヨイ!!』
言いがかりも甚だしいし、やはり人為的に村を襲っていることが分かった。魔狼のおしゃべりさんに感謝だ。
家と家の間隔がまばらで、恐らくここであれば大きな火災などは起こらないだろう。魔狼の良いところは、ゴブリンのような人型の悪意ある生物と異なり、人家を荒らしたり、獣のように強いと認識すると逃げないところだろうか。
――― つまり、御しやすい。
逃げることもなく、正面からの力押し、ワニの如き大きく切裂けた口を開き、噛みちぎろうと迫ってくるが……
『ほれ、これでどうだ』
彼女の背に隠れていた熱油球をその面に叩きつけ、着火する。
『GYawoooooo!!!!!』
開いた下顎を、バルディッシュで切り飛ばす。下顎がないからくちは開きっパなしと言えるだろうか、そのくちの中に、魔力をしこたま込めたバルディッシュの剣先を突き刺す。
上顎から入った剣先が脳を突き刺し後頭部から飛び出す。彼女は魔狼の顔面を靴底で蹴り飛ばし、バルディッシュを引き抜いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます