第129話-1 彼女は南都に仲間と旅立つ
翌日の昼過ぎ、遠征に向かうメンバー……リリアルの魔術師全てと薬師二名、そして鍛冶師の老土夫の総勢十六人は王都に向け四台の兎馬車で出発した。
一旦王都で不足している資材やニースに輸送する物資の搬入を行う必要がある為、王都で一泊することになっているからだ。それに、彼女の姉もそこで合流する。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
そういえば、彼女は久しぶりに『魔剣』から新しい魔術を習得していた。
『人狼』対策の一環でもある。
「新しい魔術を覚えようと思うの」
『まあ、ちっと髪も長くなってるし、いいんじゃねえの?』
ルーンで出会った魔物のアンデッドは、簡単に倒せるものではなかった。姉が調子に乗って魔力全開で討伐したことがうまくかみ合ったに過ぎない。
「相手が魔力を用いる魔物なら、今までの戦い方を変えなければならないわよね」
『そうだな。例えば、詠唱の有無にかかわらず魔力の発動するタイプでも苦手な攻撃ってのはある』
「例えば」
『睡眠・催眠系や錯覚を起こさせるもの。それに麻痺なんかも有利だな。毒で代用できなくもないが、魔力が高いものは効きにくいし解毒も作用する』
『魔剣』曰く、魔力を圧縮し叩きつける術式に効果があるというのだ。
『体の内部に魔力が伝わって痺れる感じだな。弱ければ即死、魔力の量を加減すれば麻痺に近い能力、知能が低い魔物なら錯乱する可能性もある』
「発動の条件は?」
『結界に近いか。単純に言って魔力の圧縮した塊を手のひらないしつま先に集約して叩き込むだけなんだけどな』
「……姉さんに向いてそうな術式ね」
『魔力量でゴリ押しすることも可能だが、収束率を上げてピンポイントで放てば……針や釘で突き刺したような効果がある。物理的に外殻が硬い種類の魔物や甲冑・魔導鎧なんかにも効果がある。勿論、建物内部に貫通させることもできるから、「壁貫」もできるぞ』
壁貫とは、壁越しに見えない敵に対して攻撃する戦い方で、よほどの剛力でなければ不可能な技ではある。魔力量の少ないものでも、ピンポイントで抜けるのであれば……
『暗殺なんてチョロいもんだ』
「接触する方が魔力の制御も打撃力も高いのよね」
『まあな。針で突き刺すか、手のひらで背中をバンと叩くのかで痛みが違うだろ? そいう遣い方のバリエーションがあるな』
収束率を高めるには距離があるのは拡散してしまい効果が逓減することになるので、接触に近い方が効果があるのだという。反対に……
『お前の姉ちゃんとか癖毛のガキとかなら、巨大蠅叩きみたいにベシっと魔物を叩き潰したり、ハンマーで殴りつけるような扱い方もできるな。城塞の門や城壁もいけるんじゃねえの?』
隠蔽で接近し、手を添えた状態で『衝撃』を発動すれば、石壁が崩れ落ち、門が破砕されるだろというのだ。
「船底なら大破するわね」
『橋だって簡単に落とせるんじゃねえの。高いダンジョンだって一瞬で崩落するだろうさ。ほんと、ただの魔力ゴリ押しでも恐ろしいんだぜ』
身体強化を超えた強い打撃を発生させる『衝撃』が何人か扱えるだけで、魔物の動きを一瞬止めたり、戦列を遠距離から崩すことも可能だろう。弓では穿てない甲冑も、魔力で叩き伏せるなら問題ないだろう。
『とにかく、お前が習熟してから、器用な奴からやらせてみてだな。あの癖毛と姉は教えんなよ。城が崩壊したり、山が砕け散っても知らねえぞ』
彼女はその通りだと思いつつ、魔装フレイルで姉が無双する可能性も一瞬頭をよぎるのである。ミスリルで魔力をのせられる武具に『衝撃』をのせると恐らく大変なことになる。叩きつけられた側も叩きつけた武器もだ。
――― そんな新たな武器を彼女は手に入れた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
荷物は魔法袋に主に納めたので荷馬車には申し訳程度の荷物、それも破損しにくく盗まれても損害にならないものを選択。狭い馬車に御者を入れて四人以上乗るので、余り沢山見せ筋荷物を置くこともできません。
「2m×1mに荷車に四人って大変だよね」
「なら、遠慮して馬車で来てもらえるかしら」
「ううん、全然平気。女の子ばっかりで楽しいと思うよ☆」
兎馬車に乗りたくてうずうずしている姉が本気で鬱陶しい。さて、問題の配車は……
一号車 老土夫 癖毛 茶目栗毛 青目蒼髪 (男兎馬車!)
二号車 藍目水髪 黒目黒髪 赤毛娘 赤目蒼髪
三号車 薬師娘二人 碧目栗毛 姉 赤目銀髪
四号車 灰目赤毛 碧目赤毛 伯姪 彼女
姉は無口系と薬師の子に任せた! 相手をしたくないという気持ちが駄々漏れなのは仕方がないだろう。最悪一号車にぶち込むという判断もある。
日が出て早々、四台の兎馬車は王都を後にする。今日の目的地はカンパニア。王都に近い交易都市のひとつである。
シャンパー伯領は百年戦争の始まる以前、『シャンパー大市』という交易の中心地域だった歴史がある。現在は内海から外海にいたる海運が発達し、また百年戦争の影響もあって経済的には地盤沈下しているのだが。
「カンパニアでは年に2回、七月と十一月に市が立つのよ。とは言っても今では常設のお店もあるから、昔ほどではないみたいね」
大市が開催されるということで人の交流が多く起こる場所であったことから、裁判所が設置されていたこともある。口コミによる伝播を狙ったものだろう。
「ワインの産地で、それを買うために地元の特産品を売りに来た行商人が集まってきたのが始まりらしいわ。北の方じゃ、ワイン買うしかないもんね」
王国内では大概ワインは作られているのだが、連合王国や帝国の多くの地域ではワインとは作る物ではなく「買う」ものなのである。一時代をになったシャンパー大市も交易路が変わり、今では往時の勢いはない。とはいえ、この街も王都に物資を運びこむ重要な場所なのだ。
二百年ほど前、シャンパー伯家から国王が誕生した際に、カンパニアは王家の領地となっている。シャンパー伯はそれ以前は国王に対抗するほどの勢力を誇り、大市の存在もあり戦争を好まない君主が続いた。その時代、国王を輩出するにふさわしい家であったと言えようか。
「カンパニアは泊まるだけなんでしょ」
「ええ。姉さんは商会の仕事を少しするみたいだけれど、私たちは特になにも……ないはずよ」
今回は使用人見習いも経験している薬師二人がいるので、黒目黒髪と赤目蒼髪の二人は侍女役はせずにすむようである。とはいえ、一応、冒険者ギルドに立ち寄り、情報収集はしようと思うのである。依頼票を確認する程度だが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます