第128話-2 彼女はノーブルの調査依頼を引き受ける

 『人狼』の調査に関しては、遠征団全員での参加を行わず、ルーンでのアンデッド討伐に参加した経験者のみを選抜することに当座は確定した。


 老土夫を引率者とし、それ以外の薬師を含むメンバーは素材採取を先行して行うことにしたのだ。


「ということは……お姉ちゃんもルーン経験者だから参加だね☆」


 彼女はすっかり失念していたのだが、確かにガイア城には姉がいたのだ。


「言質取られたわね」

「経験者だけなら姉さんが痛い目を見るだけだから問題ないわ。精々高くポーションを売ってあげることにするわ」

「そんなの自分の分くらい確保していくよ。遠征チームのメンバーじゃないからね。依頼人だから」

「イラっとする人の事ではないのよ?」


 姉は自覚があるのか、ブスっとした顔を作ってみるのだが、まあ、愛嬌のあるブスっとさなのは顔立ちが得をしている。


 さて、兎馬車の準備にあと数日かかるということで、その間に学院を開ける期間の薬師見習い、使用人見習いの子たちのスケジュールを祖母と使用人頭とで確認をしていくことにした。


 とはいえ、既に薬師見習いは四期目が入学しており、施療院での実習や薬草畑での薬草採取など学院内でするべきことはそれなりにある。また、使用人として採用された孤児に、商会での仕事ができるよう帳簿・書類の作成や実際の販売に関しても施療院に並んで設置された商会の店舗で交代で実施しているので、数週間彼女が不在となっても恐らくは問題ないと思われるのだ。





 さて、予備の武器や資材など、整理しながら今回の遠征の期間を確認する。南都まで三ないし四日、そこから依頼を受けたノーブルまで一日。水晶の採取に数日かけるとして、その間に彼女たちは人狼のいると言われる修道院跡を調査する。これも、二、三日で済むだろう。


 実際に人狼を発見した場合は討伐に移行するかどうか、その場合の支払われるべき報酬に関しても王都のギルドで確認しておくべきだろう。


「とはいえ、宿に泊まる前提の移動だから、野営はそれほど考えなくていいのよね」

『不測の事態ってのはあるから、少なくとも数日分の食料なんかは確保しておくべきだろう。それと、人狼相手なら重装魔装鎧も使ってみる価値はあるかもしれないな』


 重装魔装鎧とは、魔銀製の部分を増やしたハーフプレートタイプの鎧で、彼女と伯姪、赤毛娘が装備することになっている。魔力量がある程度あり、前衛で使うタイプだとこの三人が現在のところ対象となる。


 槍を使うということで赤目蒼髪と青目蒼髪が次の候補だろうか。基本は結界で防ぐ魔物の攻撃だが、不意打ちや結界を破壊するほどの打撃が発せられないとも限らないため、ある程度装備を進めていく予定だ。


『重装型なら確実に魔導騎士に勝る戦力となるでしょう。とはいえ、魔導騎士や騎士団には知られない方が良いでしょう』


『猫』の話す通り、騎士団にリリアルが組み込まれて戦争の道具とされかねないことを考えると、リリアル騎士団創設までは部外秘の扱いで進めるべきなのだろうと考えるのである。



『今の時点で、リリアル1個小隊12人で、騎士の中隊程度なら相手ができる気がするけどな』

「隠蔽と魔術を使った先制攻撃が認められるなら何とかなりそうだけれど、正面切ってでは手数が足らないので難しいわね。森や夜間に対峙すればかなり有利でしょうね。それに、騎士より魔物の方が手強いわよ」


 騎士は最終的に「降伏する」という選択肢を持っている。捕まえた相手も金になると思えば無暗に殺す事は無い。その価値観は魔物には通じないし、実際、僅かな間に魔力の無駄遣いをした魔術を使える騎士たちはゴブリンの上位種に殺されたことを忘れるべきではないだろう。


「常に、数的優位を保って、自分たちが有利な状況でだけ戦わなければならないのよ。魔術や装備に頼らずに安全に目標を達成できなければ、いつか大きな損害を受けてリリアルが崩壊してしまうかもしれないもの。それは、全力で避けなければならない……私の課題ね」

『あれだ、知らない間に攻め込まれたり、味方の中に裏切るものがいたり……そういうことを回避するのも大事なんだぜ』


 魔物討伐程度ならそれはないだろうが、先々、そんなことにリリアルが巻き込まれないとも限らない。王国と王家と王都を害するものは、常に外にいるとは限らないからだ。





 旅に出る前日、彼女は薬師の二人を呼び、ある物を渡すことにした。


「遠征の時、あなたたちのポーションをこれに入れて行きましょう」

「これは……魔法袋」

「魔力の消費を考えて一番小さいサイズにしたのだけれど、それなりの容量があるので、割れ物や薬類はこの中で保管してちょうだい」


 彼女は、二人が薬師登録をし、一人前の薬師となったのでその門出に魔法袋を渡すことにしたのだ。


「あなたたちと共に、この魔法袋が役に立つことを願っているわ」


 思えば、彼女も小さな魔法袋を持って独り立ちする道の入口に立った。二人のリリアルの薬師もこの遠征がその最初の一歩となるだろう。彼女達の世界を変える第一歩に。


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