第126話-2 彼女は『兎馬車』を試乗する
ニ十分ほど街道を魔力を用いて兎馬車を進める。速度は多頭の四輪馬車並の速度で、馬で移動するよりも早いかもしれない。
「猪村まで学院から三十分もあればついちゃいますね」
「なら、王都はそれより少しかかるくらいだね。めちゃくちゃ早いね」
「兎馬なのにね」
「兎馬ですけどね」
あはは! と楽しそうで何よりだ。帰り道は、赤毛娘、碧目栗毛、藍目水髪の三人が交互に御者をこなす。魔力の少ない碧目栗毛には少々厳しいかと思ったものの本人は……
「多分大丈夫です。兎馬さんが休憩する時に休憩すれば半日くらいなら大丈夫だと思います」
とのことだった。遠征で長距離乗る場合は数人で交代しつつであるし、王都近郊なら魔力を使って移動する時間は一時間程度で済むだろうから、魔力切れの心配はない。
「御者の間は自分の身を守るために、魔装布のマントで自衛する必要もありそうね」
「それ以前に、先に魔物や敵を見つければいいだけだけどね」
御者は一番狙われる存在なので、万が一も考えてという事は必要だろう。数台で移動するなら中央に魔力の使えない御者を配置し、先頭と最後尾にある程度魔力量のある魔術師の御者を配置するのが賢明だろうと彼女は考えていた。
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何人かで交代で魔装馬車の試乗を行い、先ほど気が付いた追加の荷台の改修を老土夫に説明する。
「なるほどの。では、遠征用に仕上げる物はその用途に改修するとしよう。確かに、何日も移動するのに床に座るのは若者でも大変じゃろうな」
老土夫はすっかり忘れているようだが、自分も水晶採取の遠征に参加する事になっているので、自分の為でもあるのだが。
「実際、五人乗車で全力走行してみた結果はどうだった?」
癖毛も製造にかかわっており、テスト走行も行っているので気になるのだろう。彼女は「問題ないと思うが、数日は走らせ続けて見なければ分からない」と答えた。
兎馬が何日も連続して走るとも思えないという事もある。最初の遠征でいきなりではあるが、余裕をもって行動することになるだろう。
「とはいえ、普通の馬車の速度で歩く程度でもかなりの走破力を発揮するじゃろうな。二輪は四輪より小回りが利く」
「向かう水晶の取れる場所は山の中なのよね」
「そうさな。鉱山そのものに入るか、露出している場所で丹念に採取するか。最初は採取、だめなら鉱山に入るか。許可ももらえたのなら、両方試みるのも悪くない」
老土夫と癖毛が二人残るという選択もあるのだという。野鍛冶程度のことは残った孤児出身の鍛冶師でも問題ないという事なので、それはそれで構わないのだという。採取から採掘になれば学院生総出というわけにもいかないだろう。
今回の兎馬の旅には、魔術師の一期生以外に、兎馬の御者と採取・行商の訓練を兼ねて、リリアルの施療院で活動する既卒の薬師見習いの中で希望者を募ることにしている。
魔力が無くてもある程度魔物と対峙しなければならないだろうし、兎馬車で延々と移動するのは行商の希望がない場合意味がない。
行商=ニース商家への所属という事になるので、商業のことも学ぶ意欲が必要であり、そうすると、今のメンバーの中で候補は限られてくるだろう。
魔力がゼロではないが魔術師になれるほどでもないものの、ある程度使えるようになればポーション作成まではできそうな二人。使用人としての適性も高かったのだが、本人たちの希望で薬師としてリリアルに来てもらったメンバー。
「あの二人を今回、御者見習い兼薬師として連れて行こうと思うのだけれど、どうかしら?」
伯姪は薬師一期で自分と同じ年齢の二人を適切なのではないかと答える。
「薬師のモデルケースとして二人を育成……って感じね」
「希望にもよるけれど、今回、一人だけ希望するのなら取りやめにするつもり。魔術師メンバーは遠征も討伐もある程度慣れているから、薬師で学院と施療院しか経験がない子一人だと、心理的に負担でしょうからね」
二人いれば付け合えることもあるし、分かち合うこともできるが、ただ一人の薬師では個人差なのかどうかも分からないので、負荷がどの程度なのか判断できない可能性もある。孤立することもあり得る。
「あの二人は仲良しだから、どちらかが希望すれば二人とも参加になる気がするけどね」
「それもそうね。では、話をしてみましょうか」
という事で、彼女と伯姪は薬師の二人を呼び、遠征に参加しないかと打診してみる事になった。
初めて学院長室に入る二人はかなり緊張していた。悪い話ではなく、見習い薬師の二人に提案があるという事を前置きし話を始める。
「二人とも、施療院での活動にリリアルの後輩薬師の指導の補助にはとても感謝しているわ」
「……恐れ入ります」
「妹たちみたいなもんですから、当然なことをしているまでです」
二人は年相応に無難な答えをするが、本心である事はこの二年の間の二人を見れば理解できることだ。
「それで、話というのはあなたたちが希望するのであれば、素材採取の遠征に参加することを考えています」
「……遠征……ですか」
彼女は二人に、水晶を採取する為に王都をしばらく離れる事。リリアル専用の魔装馬車の運用試験を兼ねて兎馬車で魔術師組全員と老土夫が参加することを説明する。
「でも薬師の私たちでは、あまり役に立たないと思います」
「いいえ。素材採取は恐らく二人の方が魔術師組より上手なはずよ。それに、これからは薬師の子たちもリリアルの遠征には参加してもらう機会が増えると思うの」
「どういう意味でしょうか?」
兎馬車に兎馬の世話ができる薬師の育成。将来的にはリリアルの関係者が王国内に移住し、薬師や行商、養鶏や薬草園の運営、場合によっては廃村の復興を目指す集団移住も検討していることを説明する。
「魔力が少しあるなら、魔装馬車の御者としても有望なのよ」
「でも、私たちは……」
「大丈夫、全然少なくてもうまく馬車の方で対応してくれるから。私でも問題ないから安心しなさい!」
伯姪は魔力の少ない側の意見として二人に説明する。
「兎馬車とポーションの作成で少しでも魔力が増えれば、魔術の発動は出来なくても魔力によるサポート機能のある魔道具や魔装具が使えることになるわ。それは、二人の将来を今以上に豊かなものにしてくれると思うの。遠征はほとんど魔力持ちだけで編成されることになるのだし、私や鍛冶師も同行する大規模なものだから、安心できる旅になるでしょうね」
生まれて物心ついてから王都の孤児院周辺しか知らず、今でもリリアル学院の周辺しか自分たちの世界がない二人にとって、遠征に同行するというのは新世界に向かう船乗りのような気持ちなのかもしれない。
「強制はしないけれど、時期が遅くなればチャンスは減ると思ってちょうだい。今は二人が最有力なのだけれど、後輩が育ってくればその限りではないの。なので、よほどの理由がない限り、今回の遠征は最初で最後のチャンスになるかもしれないわね」
顔を見合わせ何かを確認するように頷き合う二人は、意を決して参加すると声を発する。
「では、明日から早速、兎馬車の運行とポーション作成に専念してもらうことになります。それと、旅装用の衣類を支給することになるので、明日、朝入浴をしてから使用人頭のところに行ってください。手配をしておきます」
「「は、はい!! 頑張ります!!」」
二人は声を揃えると、勢いよく立ち上がり、彼女と伯姪に深々とお辞儀をした。二人にとって、世界を変える遠征になればいいと彼女は思うのである。
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