第126話-1 彼女は『兎馬車』を試乗する
姉と会話した数日後、荷車を改造した『兎馬車』の試作第一号が完成し、テスト走行を彼女が実施することになった。
二輪の馬車、王国では『シャリオ』と呼ばれるそれは、古の帝国時代は競技場で『戦車レース』に使われた『チャリオット』に似ている。
「……これに試乗するのが今日の私の仕事なわけね」
「院長ほどの魔術の腕前があれば、事故が起こっても何とかなるじゃろ」
老土夫も武器でないので槍投げだ。いや、投槍だ。今日のところは学院手前の街路で練習することになっている。今は丁度鍛冶工房の前なのだ。
「強度は問題ないんでしょうね」
「荷車本体はトネリコで粘りのある材質、車軸は中をくり抜いて芯金を入れて強度を出しているので、ただの木軸よりはしっかりしているはずだ。余り重たいものをのせると折れる前にたわんで車軸が回転しなくなるだろうがな」
車輪の受けにも金属の輪を嵌め、獣脂を入れる事で回転抵抗を減らすなど、凝った作りだ。荷車は市販品を買い込んで工房で金属部分を加工し追加した物なので、消耗品は購入できるのだという。
「最初は魔力を通さずに、その後、魔力を通しながら速度を上げてみてくれ。その場合、街道に出てある程度走ってもらえるか」
「了解したわ」
彼女は至って真面目な顔で老土夫の言に頷く。老土夫も当然、完成後試乗しているものの、自分の評価だけでは十分ではないと考えている。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
兎馬車の御者台に座った彼女が、パシッと手綱を叩き兎馬は前に進み始める。小さな荷車とはいえ、スムーズに前に動き始めるのは車軸に工夫があるからだろう。動き始めの抵抗が小さい。
『お、車輪の大きさの割に安定感があるな』
二輪馬車の場合、車輪が車体の中央にある。また、四輪よりも大きな車輪があるので車体の前後の動きが大きく基本的に乗り心地が良くない。チャリオットのように車輪の大きさ=車体のような場合はそうでもないが、2mの長さの中央に1m程の直径の車輪があるのであれば、御者の座る場所が前後に動いてもおかしくない。
『そうでもないでしょう。車輪を中央にシーソーのようになりますが、兎馬と肩掛けの牽綱(ハモ)と荷車の受けが固定されているので、ある程度動きが緩やかです。速度が上がらなければでしょうが』
速度を上げる……彼女は魔力を車輪と車軸に通す。これは手元の手綱が魔装綱でできており、そのまま車体にも同じ綱で車軸まで魔力が伝わるよう細工されている。車軸を通し車輪にも魔力が伝わることで、少ない魔力で結界に似た車輪周りの魔術が展開する。
『お、回転が滑らかになったな。速度を上げて見ろよ』
手綱を動かし兎馬に合図を送る。後ろが軽くなった兎馬は元気よく前へと加速し始める。本来なら速度の増加に比例して激しく振動したり、小さな路面の凹凸も拾って跳ね上がったりするのだが……
『滑らかですね。船で川を移動するような……心持です』
『魔力はどんな感じだ』
「ほとんど、そうね気配隠蔽程度の消費だと思うわ」
兎馬車は街道を爆走していき、はっと気が付いた彼女は慌てて学院に向けてきた道を戻るのである。
「どうだい、魔装馬車の効果は」
「私の魔力では問題なかったのですが、少ない人でも対応可能かどうか、人を変えて試乗してみたいのですが」
魔力の多いものはある意味少なく、魔装馬車の使い手となるには役不足だ。本来の意味で、その人にはこの程度の役ではもったいないという本来の意味での役不足である。
孤児院で残っている女性で魔力を少々有する程度のものでもある程度、使いこなせなければ、意味がない。
「じゃあ、次は私じゃない? 魔力少なめだからね」
「……同行してもいいかしら」
「ええ。途中で魔力不足でリタイアするかもだから、当然ね!」
伯姪は出会ったこと比べると魔力は増えているが、中クラスに届かない程度である。それでも、孤児院から来たばかりの魔力の少ない子よりは随分と多いのだが。
「じゃあ『ちょっと待ってください。人数、少し載せた方が良いですよね!』
……そうね。いいわ、何人か乗りなさい」
赤毛娘に黒目黒髪、碧目栗毛と藍目水髪……全員女子なのだが。
「では、出発!」
皆、荷台の縁や隣の子につかまり、ゆっくりと馬車が動き出すのにもおっかなびっくりだ。
「やっぱりこの人数だと狭いねー」
「うん、荷物とか考えると三人くらいかな」
遠征時は魔法袋も多用するので人と個人装備の武具くらいで問題ないだろうが、クッション代わりにマントをたたんで下に敷くなど、工夫がいるかもしれない。
「多少座れる高さの台が欲しいわね」
「床にじかに座るのは長い時間は無理かもですね。長椅子みたいなもので、ちょっと柔らかい座面のものが良いですね」
やはり長時間この床のような板の上に座るのは疲れるだろう。
「荷台の四隅に箱型のスペースを設けて、中は収納、上は座面にするのはどうかな?」
碧目栗毛がアイデアを出す。確かに、そのくらい離れていれば、中央に荷物をおいて、後部は見張、前部は御者のサポートと役割分担できるだろう。
「四隅に柱を建てて幌を掛ければ、柱が背もたれになるかもです」
「それいいね」
赤毛娘の提案に誰かが乗っかる。なかなかいい関係なのではないかと彼女は思う。自分の子供の頃にはなかった関係性だ。
結果として、四隅の収納は馬車の荷台枠より少し低めとして、その段差が腰当てになるように調整することになる。その段差と座面の部分にマントを当ててクッション代わりにすることで長い時間でも疲れにくい場所にする事になったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます